【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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34.小さな冒険の終わり

 

 翌日――。

 小さな子どもたちがレヌール城のモンスターを退治した、という噂は瞬く間に町中に広がり、アランとビアンカはちょっとした有名人になった。

 もちろん、黙って深夜に抜け出したことについてはビアンカの母親や、何とか風邪から回復したパパスからこっぴどく叱られた。

 それでも、アランとビアンカはまったく後悔していなかった。

 そして――。

 

 

「さあ、約束だわよ。あの猫ちゃんを自由にしてあげて」

 

 町の広場で、例の二人組を前にしながらビアンカは胸を張った。

 堂々とした彼女の態度に、男の子たちは顔を見合わせる。

 

「まさか本当にたいじしてくるなんて」

「そうだよなぁ。うん、わかった。この猫はあんたたちにあげるよ。約束だもんな」

 

 そう言って男の子のひとりが杭につないでいた紐を解き放つ。子猫は男の子に噛みつくでもなく、大人しくアランたちのところへやってきた。

 ビアンカが子猫の頭を撫でる。

 

「よかったね。もういじめられなくてすむよ」

「なぁーご」

「あはは。返事したよ、この子。かわいいなあ」

「うん」

 

 アランは返事をしながら、じっと子猫を見つめていた。目が合うと、優しく微笑みかける。もうだいじょうぶ、そんな思いを込めた。

 

 子猫がアランのもとにやってくる。アランは子猫の頭をゆっくりと撫でた。今度は鳴き声も上げず、子猫は大人しくされるがままになっていた。手を止め、アランが踵を返して歩き出すと、子猫は当然のようにその後ろをついてくる。

 

「あ!」

 

 突然、ビアンカが声を上げた。

 

「そうだわ、アラン。この子に名前をつけてあげなくちゃ」

「名前、かあ」

「そうね。ゲレゲレっていうのはどう?」

 

 アランは子猫を見る。きょとんと首を傾げられた。

 

「あんまり気に入ってないみたい」

「そう? じゃあ、ねえ。アンドレは? これならかっこいいでしょ」

「でも、この子は」

「なぁに、これでもダメ? うぅーん、それじゃあかわいいやつで……チロル!」

「チロル」

 

 アランは子猫を見る。大人しく座ってこちらを見ていた子猫は「なぁご」と鳴いた。アランはビアンカに向き直る。

 

「うん。いいんじゃないかな」

「よし、決定! 猫ちゃん、これからあなたの名前はチロルよ。よろしくね!」

「ごろごろ……」

 

 チロルがビアンカの手をなめる。「あはは、くすぐったいってば」と笑うビアンカをアランは微笑ましげに見つめていた。

 空を見る。太陽は頭上高く上がっていた。そろそろパパスと約束していた時間だ。

 

「行こう、ビアンカ。チロル。そろそろ戻らなきゃ。お父さんがまってる」

「あ、そうね」

 

 笑顔で応じたビアンカは、しかしすぐにうつむいた。

 

「でも、もうお別れなんだね。少し、さびしいな」

「だいじょうぶ。となりまちなんだから、すぐに会えるよ」

「うん。そうだね」

「もしよかったら、チロルはビアンカがあずかって――」

 

 と、そこまでアランが口にしたとき、チロルがビアンカの脇をするりと抜け出した。アランの足元で座り込み、なぁご、と鳴く。まるで抗議しているようだった。

 ビアンカが腰に手を当て苦笑いする。

 

「ダメよ。チロルちゃんはアランといっしょにいたいって言ってるんだから」

「そっか。ごめんね、チロル」

「なぁご……ぐるぐる」

「ふふ。でも私もチロルちゃんには忘れてほしくないから、これをあげるね」

 

 ビアンカは自らのお下げを結っていた二本のリボンを外すと、一本をチロルの首に優しく結びつけた。もう一本をアランへと手渡す。

 

「これ、私のお気に入りなの。大切に持っていて。アランとチロルちゃん、それから私。みんなずっと、ともだちなんだって証だよ」

「うん。わかった。大切にするよ、ビアンカ」

 

 アランはビアンカのリボンを両手で握りしめた。なくさないように、懐にしまう。

 

「さ、行きましょう。お母さんたちにこれ以上怒られちゃったらたまらないもの」

 

 率先して歩き出すビアンカ。すれ違いざま、涙の欠片が宙を舞ったことをアランは見逃さなかった。

 

 その後、ダンカンや町の人たちとの挨拶をすませたパパス、アラン、チロルは、その日のうちにアルカパを後にした。宿が見えなくなるまでずっとビアンカは手を振り続け、アランもそれに応えていた。

 

 

 

 

 このときのアランは知る由もなかった。

 気の強い、しかし誰よりも優しいこの幼なじみと再会するまでに、長い長い時間が必要になることなど――。

 

 

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