【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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38.ベラのお願い

 

 家に戻ると、サンチョが笑顔で迎えてくれた。

 

「お帰りなさい、坊ちゃん。外は寒かったでしょう」

「へいき。それよりサンチョ。その」

「さじのことなら大丈夫ですよ。私は坊ちゃんのお心遣いだけで、十分満足ですから。さ、これはお礼です。温かいミルクをどうぞ」

 

 ゆったりと湯気の立つコップを受け取り、アランはちびちびとそれを飲んだ。ミルクはぬるめで飲みやすく、体の芯から温かくなっていった。アランはコップをテーブルに置き、床で嬉しそうにミルクを舐めているチロルを見つめながら言った。

 

「サンチョ。お願いがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「地下室におりたいんだけど……」

「はて。地下室、ですか?」

 

 サンチョは首を傾げた。やや怪訝そうに言う。

 

「それは構いませんが、必要なものがあるのなら私に仰ってくだされば取りに行きますよ?」

「ううん。ちがうんだ。僕、地下室におりてみたいんだ。ええと……」

 

 視線を彷徨わせた挙句、アランは苦しい言い訳を試みる。

 

「もしかしたら、地下室にあるかもしれないから。さじ」

「はあ」

 

 生返事をするサンチョ。もっと何か上手い理由はないだろうかとアランは思考を巡らせる。その様子を察したのか、長年パパスに仕えてきた彼はふと息を吐いた。

 

「わかりました。地下室の扉を開けて参りますので、少し待っていてください」

「いいの?」

「特に危険はないでしょうし、坊ちゃんがそこまで仰るのなら。ただ、下はとても冷えますので、できるだけ早く上がってきてくださいね」

「ありがとう、サンチョ!」

 

 サンチョの微笑みにアランは笑顔を返した。しばらくして重い扉が開いた地下室に、アランはチロルと共に降りていく。

 慎ましやかな一軒家の地下室である。その広さは一部屋分で、壁際には壺や荷物が積み上がっていた。サンチョの言う通り、室内はかなり寒い。

 

 松明を壁に立てかける。チロルが部屋の中央に向かって「なぁー」と鳴いた。

 地下室の中央にベラが立っていた。

 

『ありがとう。来てくれたのね。えっと、アラン、でよかったかしら』

「うん。でも、どうやってここまで? 扉はしまっていたと思うけど」

『私の体は、人間界ではあってないようなものだから』

 

 ベラの言葉にアランは首を傾げる。「子どもには少し難しかったかしら」とベラは笑ったが、すぐに真顔に戻った。

 

『こんな話をしている場合じゃないわね。実はねアラン、あなたにお願いがあるの』

「お願い?」

『そう。私と一緒に来てほしいの!』

 

 拳を握りしめるベラにアランは困惑した。いきなり来て欲しいと言われても、どこに、何をしに行くのかさっぱりわからない。けれど、ベラの真剣な様子を感じ、大人しく耳を傾ける。

 

『最初に会った時、私は妖精族だって言ったわよね。いま、私たちの故郷が大変なの。そのせいで、人間界にも影響が出ている。でも私たちだけじゃどうにもならなくて。人間界の人に協力をお願いしようと思って私が来たんだけど、ここじゃ、妖精族の姿を見ることができる人間って限られているらしくて。途方に暮れていたときに、偶然、あなたに出会うことができたの』

「でも、どうして僕に」

『私たちの姿が見えるのは、特別な力を持っている証だって聞いた事がある。あなたが私を見つけてくれて本当に嬉しかった。あなたなら、私たちの村を救えるかも知れない』

 

 アランの足にチロルが顔をこすりつける。アランはチロルを抱き上げ、目を細めた。

 

「困っているひとが、いるんだね?」

『ええ。私たちだけじゃなくて、人間界の人々も困っているはず。いま外、すごく寒いでしょ? 本当なら私たちが春を呼ぶはずなんだけど、それができなくなってる。だからお願い! 私と一緒に来て! そして、私たちの長に会って! ポワン様も、きっとあなたを待ってるはずだわ』

 

 言い終えて、ベラはじっとアランを見た。アランはしばらく考えた後、力強くうなずく。胸元のチロルも「なぁ」と短く鳴く。

 

「わかった。いくよ、僕たち」

『ああ! ありがとうっ』

「そのかわり、みんなから持っていったものはきちんと返してあげてね」

 

 あれ、ベラがやったんでしょ、とアランが言うと、ベラは気まずそうに頬をかいた。

 

『ごめんなさい。私に気付いてもらうにはああするしか思いつかなくて。でも、その必要もなくなったから、もう大丈夫。約束するわ。きちんと返すって』

「よかった」

 

 アランが笑うと、ベラも表情を緩めた。

 

『アラン、あなたは優しいのね。本当に良かったわ。お願いできたのがあなたで』

 

 その花のような笑顔を見ていると、気恥ずかしくなる。

 

 ふと、ベラが指先を天井に向かってかざした。途端、松明の明かりだけだった地下室に眩い光が満ちる。天井の輪郭がぼやけ、遥か彼方まで続く光の階段が現れた。

 ベラがアランの手を引く。

 

『さあ、行きましょう。この先が私たちの故郷――妖精の村よ』

 

 

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