【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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39.妖精の村の長

 

 光が、広がる。

 足元を優しく包む不思議な階段を上りきった先で、ふと、体の重さが消えた。

 冷たい風がアランの頬を駆け抜ける。

 次の瞬間、足の裏が固い地面を踏みしめた。

 

「もう、目を開けていいわよ」

 

 階段を上る間、ずっと手を引いてくれていたベラが言った。まぶしさに目を細めながらアランはゆっくりと瞼を開ける。

 

「うわぁ……」

 

 思わず、声を漏らす。

 

 雲一つない快晴の下に見えたのは、薄く雪化粧をした巨大な樹だった。繁茂した枝葉がまるで上品なドレスのように樹全体を覆い彩っている。ところどころに窓らしき四角いくり抜きが見え、そこから人影が見えた。

 

「あれ、もしかしてお家なの!?」

「ええ。そうよ。この妖精の村の長、ポワン様がいらっしゃる建物」

「すごい! おっきい! きれいだ!」

 

 興奮したアランの声にベラは「ふふっ」と笑った。

 

「こういうところは子どもなんだね」

「でも本当にすごいんだもの」

「ありがとう。ポワン様も喜ぶわ。さ、行きましょう。私たちが到着するのを待っているはずよ」

 

 手を引かれ、歩き出す。その後ろをとことことチロルも付いていく。物珍しさは同じなのか、チロルもまた「なごなご」と鳴きながら辺りを見回していた。

 

 地面から雄々しく張り出した根、その表面に作られた階段を上る。振り返ると、妖精の村の全容を見ることができた。雪の積もった平野に切り株の形をした家々が建っている。その間を、ベラと同じ、耳の長い妖精族が歩いている。

 妖精、というぐらいだから、羽が生えて空を飛ぶのかとアランは思っていたが、こうして見る限りは人間とそう変わらないようだ。誰もがみな優しそうで、あとは何故か女の人が多くて――。

 

 そこでアランは首を傾げた。どことなく、彼女らの表情が沈んでいるように思えたからだ。穏やかな村の空気も、体の芯に響きそうな冷たさをはらんでいる。アランは思い出したように二の腕をさすった。

 

 階段を上りきり、大きな正面扉の前に立つ。レヌール城のものと遜色ない大きさだ。ベラひとりで開けられるのかと思っていると、彼女がその細い腕で少し押すだけで扉は滑らかに奥へと動いた。

 

 幹の中はため息が出るほどの美しさだった。滑らかで透明度のある壁がぐるりと幹の内側を覆っている。建物の外側は樹皮のはずなのに、まるで太陽の光を吸い込む氷のような内装だ。部屋の中には、いくつもの本棚が整然と並んでいる。広い。ビアンカの家の敷地より広いかもしれないとアランは思った。

 円状の壁面に沿い、氷か水晶か、透明な結晶が螺旋階段となって伸びていた。チロルを胸に抱き、アランはしきりに辺りを見回しながらベラの後に続く。途中、何人か妖精族の女性とすれ違い、その度に柔らかな会釈をされてアランは恐縮した。

 

 二階、三階と上がっていき、最上階に昇るとそこは吹き抜けとなっていた。大空と逞しく生い茂る緑に抱かれているような錯覚をアランは抱いた。

 ベラが腰を折る。

 

「ポワン様。人間界の協力者をお連れしました」

「まあ。可愛らしいこと」

 

 穏やかな声だ。

 アランはベラの背中から部屋の奥を見る。何人かの妖精族に守られ、木でできた大きな椅子にひとりの女性がしとやかに座っている。白を基調としたローブに全身をつつみ、大きな髪飾りと豊かな髪、そして何より、すべてを包み込んでしまうような柔らかな笑みがアランの目を惹いた。

 あの方がポワン様よ、とベラが小声で教えてくれる。それから彼女はポワンに言った。

 

「確かに彼はまだ子どもですが、他の人間にはない特別な力を持っています。現に、私が向こうで耳にした噂では、手強いモンスター相手にこれを退けたとか」

「良いのです、ベラ。私は見ていました」

 

 やんわりとポワンが言う。その声の響き自体が楽器のように聞こえて、アランは感心するばかりだった。

 

「アラン、と言いましたね」

 

 ポワンが呼ぶ。はい、と返事をしてアランは彼女の前に進み出た。ポワンはしばらくの間、アランをじっと見つめていた。

 

「なるほど。あなたからは不思議な力を感じます。特にその瞳……特別な力を持っているというのも、うなずける話ですね。ごめんなさい。本当なら、このようなことを頼むのは心苦しいのですが……私たちの願い、聞いてはもらえませんか」

 

 アランは黙って話の続きを待った。ポワンはひとつうなずいてから、言う。

 

「実は、この村の大切な宝物を、とある者に奪われてしまったのです。宝物の名は『春風のフルート』。これがなければ、妖精の村はもとより、人間界に春を呼ぶことができません」

「春が、よべない? じゃあ、サンタローズがずっとさむいままだったのは」

「ええ。『春風のフルート』が使えないためです」

 

 アランは目を見開いた。まさか、春の訪れに妖精の力があったなんて思いもしなかったのだ。大変なことだとアランは思った。

 ポワンの表情に真剣さが宿る。

 

「お願いです。盗まれた『春風のフルート』を取り戻して欲しいのです。この村と、そして人間界に春を呼ぶために」

 

 

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