【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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47.カギの技法

 

「もしかしてこれが、『カギの技法』?」

 

 困惑したアランはつぶやく。(さざなみ)ひとつ立てず、まるで鏡のようだ。水中では不思議な光が煌めいていて、ゆったりと循環している。

 隣に立ち、ベラが宝箱を覗き込む。彼女は何かに気付いた。

 

「呪文の力を感じる。ただの水じゃないわ。それにこの感覚は……間違いない。この水には妖精族の力がかけられている。多分、記憶の呪文よ」

「どういうこと?」

 

 ベラが大きく肩をすくめる。その顔には苦笑が浮かんでいる。

 

「どうやら私たちのご先祖様は、ドワーフ族ときちんと共存できていたみたいね。ほら、見てアラン。この宝箱、作りがとてもしっかりしているでしょう? 掛け金のところの細工なんかとても精緻だし。こういうのはドワーフにしかできないわ。そして中身は妖精族がその力を使って作り出したものに間違いない。つまり、これは妖精族とドワーフの合作というわけ」

 

 ちゃぷん、と水に手を浸ける。

 

「これがカギの技法というなら、ある意味納得だわ。万人に技術を伝える術として、これ以上相応しいものはない。まあ、そんなものが洞窟の奥深くに眠っているというところは、ちょっと考えものだけどね。さあ、アラン。この水を飲んで」

 

 いきなり言われ、アランは狼狽えた。

 

「だいじょうぶ、なの?」

「ええ。これを飲めば、水の中に記憶されたカギの技法を身に付けることができるわ。ほら、飲んでごらん」

 

 ベラが両手で水をすくい取り、アランの口元に向けた。恐る恐る、彼女の細い指の上で揺れる水を飲む。口の中に光のひと欠片が転がり込んだ。

 しばらくもごもごと口を動かす。水の冷たさも味もしない、不思議な感じだった。

 

「ん……?」

 

 お腹の辺りに清涼感を覚えた。抜けるような爽快さがやがて全身に広がっていく。頭の天辺から足の先まで駆け抜けた後、一瞬だけ全身の力が抜けた。まるで寝台の中で眠りにつく直前のように、頭の中に霧がかかる。

 

「どう?」

 

 しばらくして、ベラが尋ねてきた。頭を振りながら、アランはこの感覚を素直に表現した。

 

「何だか変な感じ」

「な~お~、な~」

 

 チロルが足元で心配そうに鳴いていた。だいじょうぶ、とアランは笑って彼女の毛並みを撫でた。

 

「じゃあ次はベラの番だね」

「そう、ね。せっかくここまで来たのだし、アランにだけ全部任せるのもお姉さんとして情けないものね」

 

 自分に言い聞かせるようにぶつぶつと漏らすベラ。最後に彼女は「ポワン様、お許しください」と言ってから、カギの技法が込められた水を口に運んだ。

 

 慎重に蓋を閉め、二人は部屋を出る。

 

「さて、これで問題なくカギの技法を身に付けられたけど。アランはまだちょっとピンと来ないみたいだから、どこかで一度試して見ましょうか。おそらく簡単なカギなら開けられるはずよ」

「まさか、人の家に勝手に入るの?」

「やろうと思えばできるけど……する?」

 

 アランはぶんぶんと首を振った。ベラは苦笑した。

 

「アランはそういう子よね。それに大丈夫よ。この技法はもともと簡易な呪文で作られたものだから、万能じゃないの。すべてのカギを開けられるわけじゃないわ。あとは遣い手しだいね」

 

 アランの頭をベラは撫でる。

 

「私は、アランなら本当に使うべき時をきちんと選べる子だと思っているわ」

「ありがとう」

 

 アランは言った。

 本当は「自分が悪い子になったみたいだ」と内心落ち込んでいたのだが、気持ちを切り替える。ベラが一緒に探してくれた技法で、しかも妖精族と人間の世界を元通りにするために必要なものなのだ。

 身につけなければ良かった、なんて言ってはいられない。

 アランの密かな悩みを知ってか知らずか、ベラが再びアランの頭を撫でる。

 

 そのとき、チロルが鳴いた。何かを見つけたようだ。

 カギの技法が保管されていた部屋とは反対側の通路の奥に、重々しい扉が据えられていた。ベラが近づき、簡単に検分する。

 

「ふぅーん。なるほどね」

 

 何故か彼女は感心していた。

 

「ごくごく小さなものだけれど、この扉のカギにも呪文の力がかけられているわね」

「もしかして、カギの技法を使わなきゃダメなところ?」

「そうね。きっとここで試して見ろってことなのよ。さ、アラン。こっちにいらっしゃい」

 

 呼ばれて扉の前に立つ。通路を丸々塞いでいる扉は重厚で、一目見た限りでは子どもがどうにかできる代物には見えない。

 錠前に触れる。カギ自体はどこにでもあるようなありふれた形をしている。洞窟内に漂う細かな粉塵でざらざらした表面をこすり、このカギを開けるにはどうしたらいいだろうと考える。

 

 瞬間、脳裏にぱっと煌めくものがあった。指先が勝手に動き出す。気がつくと、錠前は綺麗に外され、アランの手の中にあった。

 

「すごい」

 

 思わずつぶやく。アランの手の中で、錠前は砂のように砕けて消えていった。

 

「どうだった?」

「体が勝手に動いたよ。これがカギの技法の力なんだね」

「直接体に染みこませたようなものだからね。この先、何かとあなたを助けてくれるはずよ。それに、触れたカギなら何でもかんでも勝手に開いてしまうわけじゃないわ。さっき試して見て、よくわかったでしょ?」

 

 アランはうなずく。どうやったらこのカギが開くだろうと考えたときに初めて体が動いた。カギの技法は使い手が念じて初めて発動するものなのだろう。

 

「さて、それじゃ戻りましょう。前に言った通り、帰りも帰りで気をつけなきゃいけないから、モンスターとの戦闘は慎重にね」

「わかった」

 

 アランはうなずき、ベラとともに元来た道を引き返した。周囲に気を配り、モンスターとの遭遇をできるだけ避け、また戦うことも極力回避した。

 

 が。

 その慎重さがかえって迷走を呼び、気がつくとモンスターの大軍の直中に佇むという羽目になっていた。

 

「ベ、ベラ!? 僕たち何がいけなかったんだろう!?」

「……もしかしたら、逃げ回ったせいでモンスターの網にかかっちゃったのかも」

「ええっ!?」

「あーもう、ここまで来たらもうヤケよ! アラン、地上まで突っ切るわよ!」

「う、うん!」

 

 結局。

 帰りも帰りで全力戦闘を強いられたアランたちは、洞窟を出たときにはすっかり疲弊してしまったのだった。

 

 

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