【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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48.優しい気遣い

 

 重たい足を引きずりながらようやく妖精の村に帰り着く。

 滅多なことではめげないアランも、さすがにこのときばかりは道ばたにへたりこんだ。隣でベラも額に手をやって重いため息をつく。

 

「ごめんなさい、アラン。私のせいで」

「だ、だいじょうぶ。僕はへいきだから」

「さすがにこの状態で北の宮殿へ行くわけにはいかないわね……。今日はもう休みましょ。妖精の村にも宿屋があるの。さ、立てる?」

 

 ベラの手を借り、村の奥へ歩く。その先には、かつて話をしたスライム連れの老人がいた。相変わらず切り株に腰掛け、ゆっくりと会釈をしてくる。アランはおじぎを返した。

 

 ベラに連れられ向かった先は、巨大な切り株の形をした家だった。胸に染みる濃い樹の匂いが室内に満ちている。宿の主の他に、先客がいた。

 アランは思わずつぶやく。

 

「骨の、人?」

「おや、ベラちゃんたちじゃないか。北へ出かけたんじゃなかったのかい?」

 

 からころ、と顎が音を立てながら、大人の男性の声を出す。見た目は骸骨そのものだが、口調と仕草が妙に親しげだった。何故か、なみなみと湯が張られた桶に浸かっている。

 あのひと、ずっと前からここで湯治をしているらしいの――そうベラは教えてくれた。骨だから直接染みていいのかなとアランは思った。

 

 宿を取るベラの姿を後ろで眺めながら、アランは寝台のひとつに腰掛けた。汚れた外衣を脱ぎ、肌着姿になってごろんと仰向けになる。柔らかな羽毛が重たい体を優しく受け止めてくれる。すぐ隣にチロルも上がってきて、くるりと丸くなる。

 そういえば、お父さんと離ればなれになって眠るのは初めてだ――アランは思った。

 胸の奥が、なぜだか急に切なくなった。

 瞼が降りてくる。意識が薄らいでくる。体が眠りに入る間際、アランは懐かしい光景を見た気がした。

 

 

 

「これでよし。アラン、明日に備えて今日はもう……あら?」

 

 ベラが寝台にやってきたときには、アランとチロルはすうすうと寝息を立てていた。骨人と顔を見合わせ、ベラは苦笑する。寝台の傍らに立ち、アランの髪をゆっくりと梳いた。そして隣の寝台で同じく横になろうとしたとき、背中にアランの寝言が届く。

 

「……お父さん……お母さん……」

 

 振り返ると、身を丸めたアランの頬には一筋の涙が流れていた。

 ベラは優しく微笑む。

 

「そっか。いくら勇敢で強くても、まだ小さな子どもだものね」

 

 再びアランの傍らに立ち、彼が起きないようにそっと涙を拭った。

 そのまましばし考え、やがて「うん」とうなずく。

 そっと囁いた。

 

「おやすみ、アラン」

 

 

 

 瞼を開ける。窓から入ってくる陽光に目を細めた。

 掛け布団をのけて、アランは辺りを見回す。見慣れた本棚や窓枠を順に眺め、寝起きの頭のまま首を傾げた。

 

「あれ? 僕は……」

「おお、アラン。目が覚めたか」

「え、お父さん!?」

「どうした、何をそんなに驚いている」

 

 椅子に腰掛け、読書をしていたパパスが怪訝そうな顔を浮かべた。改めて辺りを見回す。そこはどう見ても、故郷サンタローズの自室であった。

 にゃふ~、という気の抜けた声に振り返ると、ちょうどチロルが体を起こすところだった。猫らしい仕草で上半身を伸ばしている。

 可愛い相棒から、どうしたの、と不思議そうな目で見つめられてしまい、アランは大いに戸惑った。

 

『どうやら、あなたのお父さんにも私の姿は見えないようね』

「! ベ――」

 

 声に振り返ったアランに、寝台のすぐ脇に立っていたベラが口元に指を立てる。アランは声をひそめた。

 

「ねえベラ。これはいったい? 僕は妖精の村にいたんじゃ」

『宿屋の人に協力してもらって、夜のうちにこっちに運んで来たのよ。私がそばにいれば妖精の村にはいつでも行けるから、心配しなくていいわ』

「う、うん。でも、どうして?」

『昨日まで戦い尽くしだったからね。今日はちょっと休憩。それにあなたはまだ子どもだもの。たまには家族に甘えることも必要よ』

 

 ベラが片目を閉じる。ようやくアランにも、これが彼女の気遣いなのだとわかり、表情を緩めた。

 

「アラン? 何かあったのか? そんなに嬉しそうな顔をして」

「あ、ううん。何でもない。それよりお父さん。今日は外にいかないの?」

「うむ。少し整理がついたのでな。しばらくは家にいるつもりだ」

「そうなんだ」

『ほらアラン。遊んでって言いなさい』

 

 ベラが脇腹をつつく。アランは恥ずかしそうにもじもじと体を揺すった。もちろん本心では一緒に遊んで欲しい。けれど、アランは自分から父にねだったことはあまりなかった。たとえ強い父が一緒だったとしても、旅には常に危険が伴っていたからだ。

 改めて面と向かって『遊んで』とせがむのは、何だか気恥ずかしかった。

 

 そんな息子の様子を不思議そうに見ていたパパスは、やおら大きくうなずいた。

 

「アランよ。下でサンチョが朝食を用意してくれている。食事を済ませて、支度ができたら父さんに声をかけなさい」

「え? なにかあるの?」

「そろそろお前もたくましくなってきた。今日は父さんと剣の稽古をしよう。以前のようにナイフや木刀ではなく、お前がその手に持っている剣を使って」

「ほんとに!? いいの、お父さん!?」

「うむ。実を言うとな、私も気になっていたのだ。最近、アランがことのほか逞しくなっている様子がな。今日は父さんにその姿を存分に見せてくれ」

「やったー!」

 

 諸手を挙げて喜ぶアラン。主の歓喜に触発されて、チロルもまた寝台の上でぴょんぴょん跳ねていた。

 一歩離れた場所でその様子を眺めていたベラは笑みを漏らした。

 

『そっか。この親子にとっては、これも(れつき)としたふれ合いなんだね。ふふ、よかったね。アラン』

 

 

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