【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

5 / 227
5.初めての戦い

 

 草むらから現れたモンスターの数は、三。青く小さな身体を震わせながら、アランに対して威嚇の声を上げてくる。アランは口を震わせた。

 

「ス、スライム!?」

「ピュキィッ!」

 

 甲高い声とともに襲いかかられ、アランは尻餅をついた。彼の頭上を、一匹のスライムが通過していく。体当たりされたのだ。想像以上に俊敏なスライムの動きに、アランは首筋に汗をかく。

 

 これまでモンスターと相対したときは、必ず父の背中が眼前にあった。

 だが今は、アランを守り敵を退けるその姿はない。

 

 別の一匹が正面から迫ってきた。アランは唇を噛み、右手の『ひのきの棒』を握り直した。

 父の姿を思い出しながら、正眼に構える。

 

「……来いっ」

 

 アランの声に応じて、スライムが飛び込んできた。アランは目を逸らさず、大きく武器を振り上げる。震える足を叱咤して、一歩前へ踏み出す。

 気合いの声とともに、思いきり振り下ろす。

 握りの部分に痺れるような衝撃。突撃するスライムの身体を、アランのひのきの棒は完璧に捉える。力が緩み、手放しそうになるのを堪え、最後まで振り抜く。

 スライムはそのまま大きく吹き飛ばされた。

 

「……ィ……」

 

 草むらに落ちたスライムは小さく声を上げ、動かなくなり、やがて煙のように姿を消した。

 

 アランは荒い息をつきながら、自らの手を見る。そこにはまだ、先ほどの感覚が痺れとして残っていた。「やった……!」と、歓喜を込めて拳を作る。

 アランは初めて、自分の力だけでモンスターを撃退したのだ。それも、これ以上ないほど会心の一撃で。

 

 だが――勝って兜の緒を締めるには、まだアランは幼すぎた。

 

「キィィッ」

 

 残った一匹がアランの左腕に噛みついてきた。鋭い痛みとともに、左腕が熱くなる。無我夢中でスライムを引きはがした拍子に、赤い血が宙に舞った。

 数歩下がって、アランは小さく呻く。先ほどまでの高揚感は急速にしぼみ、表情にうろたえと驚きが表れる。

 仲間と合流したスライムが二匹、真正面から迫ってくる。敵の戦意はまったく衰えていない。身体は小さくても、彼らはモンスターだった。

 

「これが」

 

 戦い。

 父の雄姿を間近で見たときは「何て格好いいんだろう」と思っていた。いつか自分も、と思っていた。

 でも、今の自分は――

 

 スライムが迫る。アランは目を閉じ、父の名をつぶやいた。

 そのとき。

 

「おおおおぉぉっ!」

 

 勇ましい、けれど懐かしい雄叫びとともに、風がアランの横を通りすぎた。

 目を開ける。眼前に現れた逞しい背中に、アランは歓喜の声を上げた。

 

「お父さん!」

「下がっていろ、アラン!」

 

 言うが早いか、パパスは愛剣を手にスライムの一匹に斬りかかった。

 その動き、まさに疾風迅雷。

 スライムは避けることもできずに両断される。

 残った一匹がパパスの方を向く。その時にはもう、パパスは次の攻撃動作に入っていた。

 返す刃で雑草ごとスライムの身体を薙ぎ払う。悲鳴を上げる間もなくスライムは消滅し、斬り飛ばされた草の葉先が風に流れていく。

 恐るべき連続攻撃。

 スライムは、パパスの参戦からわずか数秒で全滅した。

 

 安堵と興奮で、アランは肺の中に溜めていた空気を一気に吐き出した。ひのきの棒を握った手で汗を拭う。

 父の勇姿に身震いするほど感動すると同時に、自分の非力さを痛感する。

 

「大丈夫か、アラン」

 

 パパスが近づいてくる。慌てて笑顔を作ろうとして、アランは左腕を押さえた。

 

「……痛っ」

「待ってろ。すぐに治す。――、ホイミ!」

 

 かざしたパパスの手から、白く温かな光が漏れる。アランの腕の傷がみるみる塞がっていった。

 そうだ、とアランは思い出す。パパスは剣技だけではない、回復呪文も使えるのだ。アランはまだ、呪文のひとつも使えない。最初に覚える呪文はこれがいい、とアランは強く思った。

 

 腕の痛みも傷口もすっかり消えてなくなったのを見て取ると、パパスはアランを叱った。

 

「アランよ。外に出ててはいけないと父さんは言ったはずだな。言いつけはきちんと守らなければいけないぞ」

「ごめんなさい」

 

 素直に頭を下げる。すると何を思ったか、パパスは草むらを見た。

 

「しかし、たった一人でスライムを倒すとは、正直父さんも驚いた」

「……え?」

「だが今後はひとりで危ないことはしないように。いいな?」

「うん」

「よし。では行くとしよう」

 

 差し出された父の大きな手を握り、アランは笑顔で歩き出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。