【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
草むらから現れたモンスターの数は、三。青く小さな身体を震わせながら、アランに対して威嚇の声を上げてくる。アランは口を震わせた。
「ス、スライム!?」
「ピュキィッ!」
甲高い声とともに襲いかかられ、アランは尻餅をついた。彼の頭上を、一匹のスライムが通過していく。体当たりされたのだ。想像以上に俊敏なスライムの動きに、アランは首筋に汗をかく。
これまでモンスターと相対したときは、必ず父の背中が眼前にあった。
だが今は、アランを守り敵を退けるその姿はない。
別の一匹が正面から迫ってきた。アランは唇を噛み、右手の『ひのきの棒』を握り直した。
父の姿を思い出しながら、正眼に構える。
「……来いっ」
アランの声に応じて、スライムが飛び込んできた。アランは目を逸らさず、大きく武器を振り上げる。震える足を叱咤して、一歩前へ踏み出す。
気合いの声とともに、思いきり振り下ろす。
握りの部分に痺れるような衝撃。突撃するスライムの身体を、アランのひのきの棒は完璧に捉える。力が緩み、手放しそうになるのを堪え、最後まで振り抜く。
スライムはそのまま大きく吹き飛ばされた。
「……ィ……」
草むらに落ちたスライムは小さく声を上げ、動かなくなり、やがて煙のように姿を消した。
アランは荒い息をつきながら、自らの手を見る。そこにはまだ、先ほどの感覚が痺れとして残っていた。「やった……!」と、歓喜を込めて拳を作る。
アランは初めて、自分の力だけでモンスターを撃退したのだ。それも、これ以上ないほど会心の一撃で。
だが――勝って兜の緒を締めるには、まだアランは幼すぎた。
「キィィッ」
残った一匹がアランの左腕に噛みついてきた。鋭い痛みとともに、左腕が熱くなる。無我夢中でスライムを引きはがした拍子に、赤い血が宙に舞った。
数歩下がって、アランは小さく呻く。先ほどまでの高揚感は急速にしぼみ、表情にうろたえと驚きが表れる。
仲間と合流したスライムが二匹、真正面から迫ってくる。敵の戦意はまったく衰えていない。身体は小さくても、彼らはモンスターだった。
「これが」
戦い。
父の雄姿を間近で見たときは「何て格好いいんだろう」と思っていた。いつか自分も、と思っていた。
でも、今の自分は――
スライムが迫る。アランは目を閉じ、父の名をつぶやいた。
そのとき。
「おおおおぉぉっ!」
勇ましい、けれど懐かしい雄叫びとともに、風がアランの横を通りすぎた。
目を開ける。眼前に現れた逞しい背中に、アランは歓喜の声を上げた。
「お父さん!」
「下がっていろ、アラン!」
言うが早いか、パパスは愛剣を手にスライムの一匹に斬りかかった。
その動き、まさに疾風迅雷。
スライムは避けることもできずに両断される。
残った一匹がパパスの方を向く。その時にはもう、パパスは次の攻撃動作に入っていた。
返す刃で雑草ごとスライムの身体を薙ぎ払う。悲鳴を上げる間もなくスライムは消滅し、斬り飛ばされた草の葉先が風に流れていく。
恐るべき連続攻撃。
スライムは、パパスの参戦からわずか数秒で全滅した。
安堵と興奮で、アランは肺の中に溜めていた空気を一気に吐き出した。ひのきの棒を握った手で汗を拭う。
父の勇姿に身震いするほど感動すると同時に、自分の非力さを痛感する。
「大丈夫か、アラン」
パパスが近づいてくる。慌てて笑顔を作ろうとして、アランは左腕を押さえた。
「……痛っ」
「待ってろ。すぐに治す。――、ホイミ!」
かざしたパパスの手から、白く温かな光が漏れる。アランの腕の傷がみるみる塞がっていった。
そうだ、とアランは思い出す。パパスは剣技だけではない、回復呪文も使えるのだ。アランはまだ、呪文のひとつも使えない。最初に覚える呪文はこれがいい、とアランは強く思った。
腕の痛みも傷口もすっかり消えてなくなったのを見て取ると、パパスはアランを叱った。
「アランよ。外に出ててはいけないと父さんは言ったはずだな。言いつけはきちんと守らなければいけないぞ」
「ごめんなさい」
素直に頭を下げる。すると何を思ったか、パパスは草むらを見た。
「しかし、たった一人でスライムを倒すとは、正直父さんも驚いた」
「……え?」
「だが今後はひとりで危ないことはしないように。いいな?」
「うん」
「よし。では行くとしよう」
差し出された父の大きな手を握り、アランは笑顔で歩き出した。