【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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52.宮殿の探索

 

 柱の陰から通路の奥を見る。深々と冷えた空気が頬を撫でていく。物音はせず、怪しい影もない。

 

「モンスター、いないのかな」

「そんなはずはないと思うけれど。彼らにとってもこの環境は厳しいのかしら」

 

 襲撃を予想して慎重に行動していたアランたちだが、進んでも進んでも一向にモンスターの姿を見ない。だからこそ油断はできない。

 

「こわい気配はする。ずっと」

 

 アランはつぶやいた。周囲を漂う冷気とは明らかに異なる邪気を感じる。宮殿に足を踏み入れてから、その気配は薄まるどころかどんどん濃くなっている。チロルは毛を逆立てて落ち着きなく足元をうろつくようになっていた。

 

 敵はいる。けれど姿が見えない。それは非常に心と体を圧迫するものだった。

 無意識のうちに、アランは額を拭う仕草をする。ベラは言う。

 

「とにかく、襲撃がないのならそれに越したことはないわ。急いでザイルを探しましょう。春風のフルートを取り戻すことが一番の目的なんだから」

「うん」

 

 床の上を滑る。柱に取り付き、気配と音を探る。それを繰り返した。

 最初に落ちた小部屋を出てから、もうずいぶんと奥へと進んでいた。ふと、廊下の突き当たりに差し掛かる前に、アランは近くの柱に取り付いて無理矢理前進を止めた。辺りを見回す。

 

「どうしたの?」

「さっき音が」

 

 耳を澄ます。

 しばらく無音だった。だが、直後。

 絹で地面をこするようなかすかな音がアランたちの耳に届く。ひとつではない、ふたつ。いやもっと。

 チロルが戦闘態勢に入った。アランは剣の柄に手をやり、ベラもまた杖を握る。

 

 今度は天井を伝い、コウモリが飛ぶ音がした。鳴き声はしない。あくまで羽音だけだ。音の様子からすると、複数のコウモリ――あるいはモンスター――が近づいてくる。

 滑る床で立ち回りはできない。固まって迎え撃つしかない。アランとベラは無言で示し合った。

 音が次第に大きくなってきた。アランが銅の剣をゆっくりと抜く。

 

 途端。

 音の一切が、ぱたりと止んだ。

 

 様子を探る。モンスターの影はない。こちらに襲いかかってくるような気配も殺気もない。圧迫感だけが残っていた。

 

「どういう、つもりなのかしら」

 

 ベラが耳元で囁く。

 

「まさかこのまま、私たちを威圧して終わりということ?」

「わからない」

「不気味ね。でも、これは好機だわ。今のうちに先に進みましょう」

「いいの? 音はしなくなったけど、たぶん、近くにいるよ?」

「無駄な戦闘をすることはないわよ。さっきも言ったけど、私たちは春風のフルートを取り返しに来たの。血を流しに来たわけではないわ」

 

 その言葉にアランはうなずいた。もう一度慎重に周囲の様子をうかがってから、ベラとともにその場を離脱する。

 謎の気配は、追ってこなかった。

 

 一目散に宮殿の奥を目指す。突き当たりの壁に体を押し付けるようにして辿り着くと、すぐ脇に上へと続く階段が現れた。宮殿を包む黒雲が建物内に暗い影を落とす。風の流れを頬に感じる。

 

「どうやら屋上に続いているみたいね。アラン、準備はいい?」

「うん」

 

 ベラ、チロルと連れ立ち、アランは階段を駆け上がった。

 登り切ったその先には、不思議で幻想的な光景が広がっていた。

 床が、真昼の湖面のように明るい。

 まるで黒雲の遙か上に輝く太陽の光を地表の氷が吸い込んでいるかのようだった。天と地が逆転しているとさえ思えた。

 

 チロルが恐る恐るといった様子で、前脚を床に付けたり離したりしている。アランも直接手で触ってみたが、違うのは輝きだけで、階下の床と作り自体は同じだった。

 屋上にも関わらず、周辺には壊れた柱の残骸が散乱している。もしかしたら、この宮殿はもっと上の階まであったのかもしれなかった。おかげで滑ってもすがりつく物には事欠かない。

 

 辺りを見回すと、屋上の中心部に屋根付きの祭壇がひとつ建っていた。

 建物の向こう側に、人影があった。

 

「いた……! ザイルよ」

 

 声を押し殺し、ベラが言う。

 アランは目を細める。ここからでは少し距離があって顔付きまではよくわからない。ただ、彼が身にまとっている濃い紫の頭衣は、氷の輝きの中で非常に目立っている。

 祭壇まで近づくためには、邪魔な残骸を避けて迂回する必要がありそうだ。

 

「幸い、まだ気づいていないみたい。逃げられたら厄介だから、そっと近づきましょ」

 

 アランはうなずいた。ここまで苦労を強いられてきた氷の床だが、音を立てずに近づくことを考えると、逆に好都合であった。

 アランたちはザイルに気付かれないように、静かに一歩を踏み出した。

 

 

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