【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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53.ドワーフの少年、ザイル

 

 慎重に柱から柱へ移動する。氷の上を滑ることにもだいぶ慣れた。時間をかけることなく祭壇のところまで辿り着くことに成功する。

 間近で見ると、祭壇は予想以上に大きかった。民家一軒が収まってしまうほどの敷地に頑強な土台が設置されている。祭壇は床から高い位置にあり、十数段の階段で繋がっている。

 

「ザイルは階段に腰掛けているわね。春風のフルートを守る番人にでもなったつもりなのかしら、あの子」

 

 ベラがささやいた。

 物陰からのぞき見ると、ザイルは小柄な体つきをしていた。もしかしたら自分とたいして変わらないかもしれないとアランは思う。

 物音はしない。ザイルはじっと、祭壇のふもとで大人しくしていた。

 

 彼は、何をしているんだろう。こんな寒くて、暗かったりまぶしかったりするところで、何をしようとしているのだろう。何を思って、ずっと空を見上げているのだろう。

 そうだ、そもそも。

 彼はどうして、春風のフルートを奪ったのだろう――。

 

「アラン、これは好機よ」

 

 ベラが身を乗り出し、床を指差す。

 そこは、氷ではなく青白い板敷になっている。

 

「祭壇の周囲は氷が張っていないのよ。これなら滑らない。もし戦闘になったとしても、外と同じように戦えるわ」

「……」

「アラン?」

「ううん。何でも、ないよ」

 

 怪訝そうにしていたベラは、すぐに何かに気づいて口元を緩めた。

 

「ザイルのことを心配しているのね? やっぱりアランは優しい。けど、言うべき事はきちんと言わないと」

「うん」

「よし。準備はいい? 絶対にあの子を逃がしちゃ駄目。一気に勝負をかけるのよ」

 

 ベラの合図とともに、アランは駆け出した。祭壇の外周を回り、ザイルの立つ正面へと躍り出る。

 

 階段に腰掛けて空を見上げていたザイルは、突然の闖入者に心底驚いているようだった。覚束ない仕草で、慌てて立ち上がる。やはり彼は小柄だった。まだ子どもと言っても差し支えない。頭部全体を濃い紫の布で覆い、不釣り合いなほど大きな革製の手袋と長靴を履いていた。

 

 アランは目を見張る。顔を覆う布の隙間からザイルの瞳が見えた。

 既視感。最初にチロルと出会ったときのような感覚だ。

 彼の目から敵意を感じることができず、自然と、アランの体から緊張が抜ける。

 

「お、お前ら、いきなりなんなんだ!」

 

 ザイルが大声で(すい)()する。

 

「久しぶりね、ザイル」

 

 ベラが言う。その視線は、アランに向けるものよりいくぶん、厳しい。

 ザイルは動揺をすぐに収めた。鼻で笑い、腰に手を当てる。

 

「ポワンのところの妖精か。春風のフルートを取り戻しに来たんだろ?」

「わかっているなら話は早いわ。あれは私たちだけじゃなく、人間界にとっても大切なものなの。返しなさい、ザイル」

「はっ! お断りだね」

「ザイル!」

「爺ちゃんをあんな目に遭わせた妖精族の言うことなんか、誰が聞くか!」

 

 ザイルが叫び返すと、ベラは言葉に詰まった。アランの脳裏に、ゴースの穏やかな顔が浮かぶ。

 

「お前たちの、ポワンのせいでどれだけ俺や爺ちゃんが辛い思いをしたかわかるか? わかんないだろ。だからお前たちにも苦労させてやるんだ。もっと困ってしまえばいいさ」

 

 身を乗り出して声を荒げる。

 子どもな上に、頑固なんだから。ザイルに聞こえないようにベラがつぶやく。彼女は眉間に皺を寄せながら、それでも何とか説得を試みる。

 

「ザイル。それは誤解よ。ポワン様はあなたたちを苦労させようと思っていたわけじゃない。むしろ逆。それに、仕方のないことだったの。確かに、結果的に辛い思いをさせてしまったことは事実だわ。でも、だからといって春風のフルートを盗んでいいことにはならないでしょう?」

「何が誤解なもんか! 俺は知ってるんだぞ、ドワーフが目障りだったからポワンは俺たちを追放したんだ。そこにどんな誤解があるっていうんだよ!」

「ポワン様に悪意はないわ。あなたたちのことも思ってくださっている。信じて」

「嘘だ! 結局お前たちは余所者が邪魔なだけなんだ! その証拠に、ずっと、ずぅっと余所者を寄せ付けなかったじゃないか! 今更仲良くしようったって、信じられるか!」

「ザイル、今はそんなことを言い争っている場合じゃないの。春風のフルートがないと――」

「はっ。結局それかよ。やっぱり俺たちのことなんかどうでもいいってことなんだな。聞いた通りだったよ!」

「ザイル……!」

「これはお前らをこらしめるために必要だって教えてもらったんだ。春が来なければずっとこの世界に引きこもってばかりじゃいられなくなるだろ。妖精の村も、『妖精の城』も、いっぺん人間界にでも出てみればいい。そしてたくさん苦労するがいいさ!」

 

 ベラが言葉を切る。目を細め、彼女は声を落とした。

 

「どこで聞いたの? その話」

 

 

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