【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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55.真実は裏切り

 

「……。お前、名前は」

「アランだよ」

「そっか。アランってのか」

 

 次の言葉を探しているのか、ザイルは明後日の方向に目を向けている。

 アランは言う。

 

「ねえザイル。春風のフルートのことよりもまず、ゴースさんとお話をしてみたらどうかな」

「爺さんと?」

「とっても心配しているみたいだったよ。それに、ゴースさんはポワンさんのことをよく知っているみたいだった。僕たちの言葉が信じられなくても、ゴースさんのことは信じられるでしょ? 話を聞いてみなよ。春風のフルートは、それからでもいいからさ」

 

 ザイルがちらりとベラを見る。妖精族の彼女は黙って聞いていた。本当ならば今すぐにでも目的の物を奪還したいはずだろうが、アランに任せることにしたようだ。

 しばらく思案していたザイルは、ふと困り顔をした。

 

「でもよぉ。俺が聞いた話だと、妖精族はすっごい悪いことをしてるってことだったぞ? 妖精の村にしろ、妖精族の城にしろ、いっぺん引きずり出して、痛い目に遭わせなきゃ絶対に変わらないって。そのために春風のフルートを奪うんだって」

「ちょっといいかしら、ザイル」

 

 ベラが口を挟む。途端にザイルが顔をしかめるが、彼女は構わなかった。

 

「妖精の村はともかく、何故あなたが妖精族の城のことまで知っているの? これは妖精族だけの秘密になっているはずだけど」

「そういえば、さっきからザイル、誰かから聞いた話だって言っているね」

 

 アランも首を傾げる。口の中で言葉を転がしていたザイルは、やがて気まずそうにつぶやいた。

 

「『雪の女王』様だよ」

「ゆきのじょおう?」

「その人が俺に教えてくれたんだ。妖精族がひどいことをしている、こらしめるためには春風のフルートを奪うのが一番いい方法なんだって」

「何ですって」

 

 ベラが気色ばむ。

 

「じゃあその雪の女王とやらと話をさせなさい。文句を言ってやるわ」

「無茶言うなよ。あの人は、ほとんど人前に姿を現さないんだから」

「でもザイル、僕たちはやっぱり、その人ともお話しなきゃいけないと思うんだ。春風のフルートのことがあるし。もし、その人が納得してくれたら、ザイルも春風のフルート、返してくれるよね?」

「う。うーん、それはぁ……」

 

 アランの言葉に腕を組むザイル。

 そのときである。

 

『なりませんよ。ザイル』

 

 冷ややかな風とともに、声が響く。途端、アランの背筋が震えた。

 

 次の瞬間、いくつもの雪つぶてがどこからともなく現れ、ザイルの背後に集まっていく。それらはやがて白い光を放ちながら、人の形を作っていった。

 

「妖精族や、それに(くみ)する人間の言葉など聞いてはなりません」

 

 そう言って一歩踏み出したのは、全身を白い薄衣で覆った長身の女性だった。服だけでなく、肌まで色が抜けている。前髪で顔はほとんど隠れていて、わずかに口元が見えるだけである。まるでナイフで木の表面に切れ込みを入れたような、鋭く冷たい印象を受けた。

 

「そやつらはお前に危害を加えようとした者たちと同類。殺してしまいなさい。あなたの積年の恨みを見せつけるのです」

「雪の女王様……」

 

 ザイルがつぶやく。(ため)()いを見せる彼を、雪の女王は静かに見下ろす。

 

「私はあなたに真実を話した。妖精族は危険だと。それがわからなかったのですか」

「そ、それはもちろん。ただ、その」

「ただ、何です?」

「こいつらは、そんなに悪い奴に見えないというか」

 

 口ごもる。すると雪の女王は慨嘆した。

 

「情けない。この程度でせっかくの復讐の機会をふいにしおって」

「待ちなさい。さっきから聞いていれば、好き勝手なことを言っているわね」

 

 ベラが一歩前に出た。強い苛立ちが目に浮かんでいる。

 

「妖精族が危険だなんて、言いがかりもいいところだわ。そんな理由で春風のフルートを奪ったなんて許せない。あれは私たちだけでなく、人間たちみんなにも関わることなのよ」

「だから何だと言うのです」

「な、んですって」

 

 絶句するベラに、雪の女王はいかにもつまらなそうに言った。

 

「人間などという矮小でくだらない存在など、妖精族以上に考慮するに値しない。私にとって春風のフルートは害悪でしかない。だから奪った、それだけです」

「……あなた、一体何者なの?」

「ベラ、気をつけて。この人ふつうじゃない」

 

 アランはすでに戦闘態勢に入っていた。ザイルを前にしたときとは明らかに違う。明確な悪意を皮膚で感じていた。チロルもまた、毛を逆立てて威嚇を始めている。

 初めて雪の女王が、忌々しそうに表情を歪めた。

 

「嫌な目をした子。お前がザイルをたぶらかしたのですね」

「ゆ、雪の女王様!」

 

 ザイルがアランたちの前に出る。その声には必死さが滲んでいた。

 

「教えてくれ! 春風のフルートを奪ったのは妖精族を懲らしめるためだったはずでしょ。でも、さっき女王様は」

「邪魔です。下がりなさい。あなたにもう用はありません」

 

 面倒で仕方がない、と言わんばかりだった。ザイルは愕然とする。

 顔を二度、三度と横に振り、彼はうめいた。

 

「じゃあ、じゃあ、今までのことは全部」

「これだから人間は鬱陶しい。さっさと騙されたことを認め、消えるのです」

 

 否定のしようがない言葉だった。立ち尽くすザイルを無視し、雪の女王はアランたちを見下ろした。

 

「妖精。そして人間の子よ。春風のフルートを奪いにきたお前たちを生きて帰すわけにはいきません。ザイルともども、凍りつくがいい」

 

 周囲の冷気が、一気に強まった。

 

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