【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
床や壁の照り返しでまばゆい空間に、突如として吹雪が現れる。
雪の女王の手元で凝縮された冷気は、まるで青白い炎のように渦巻いている。
前屈みになった女王の無機質な口元が、あり得ない幅で横に広がる。耳をつんざく金切り声が屋上全体に響き渡った。
「そ、そんな」
ザイルがつぶやく。冷気に当てられ、彼はアランたちの元まで後退した。紫の布で覆われて判然としない表情の代わりに、布の間からのぞく見開かれた目がザイルの心を如実に表していた。
「なるほど、こういうことなの。合点がいったわ」
冷や汗を一筋流しながらベラがつぶやく。
「春風のフルートの強奪、ザイルの逃走、氷の宮殿、そしてこの邪悪な気。すべて雪の女王、いえ、モンスターが関わっていたのね」
「ザイル、だいじょうぶ?」
アランが言う。言葉にできないのか、ザイルは曖昧にうなずくだけだった。
アランは剣を構えた。切っ先は雪の女王に向ける。
「そこで見てて。僕たちがあの人をやっつける。そうすれば、ザイルはゴースさんのところに帰れる」
「アラン、お前」
「だいじょうぶ」
足場を確かめるように、靴底を床にこすりつける。アランは声を張り上げた。
「妖精族のみんなやゴースさん、そしてザイルに酷い目にあわせた。だから、僕は許さない」
「ひゅるる……やれるものなら」
雪の女王の体が一回り大きくなる。彼女は両手を大きく振りかぶった。
「やってごらんなさい!」
身に纏う冷気の炎をもって、雪の女王は突撃してきた。
アランは慌てない。ベラと息の合った動きで、横っ飛びにかわす。少し遅れ、雪の女王の拳が床を打つ。床が凍てつき、小さな氷柱が現れる。雪の女王の両手には獲物を氷付けにする力があるようだ。
ベラがわずかにひるむ。アランは再び「だいじょうぶ!」と叫んだ。
確かに攻撃は怖いけど、そんなに速くない。十分、かわせる!
「チロル、行くよ!」
「なぁおっ!」
アランは床を蹴った。体を起こした雪の女王に向かって剣を叩き付ける。左肩から脇腹までを鋭く裂いた。同時にチロルの爪が連撃となって足元を襲う。
だが雪の女王はわずかに呻いただけで、すぐさま右手で薙ぎ払った。後ろに飛びずさり、アランは雪の女王に与えた痛手を確認する。女王のまとう白い衣服は、表面が薄く切れただけだ。
チロルが唸り声を響かせ、雪の女王の二の腕に噛み付く。細く長くたおやかな見た目に関わらず、まるで岩をかじるような硬質な音が鳴り、白い燐光が弾ける。
「ええい、忌々しい」
女王の手がチロルの顔に向かう。
その直前――。
「――、ルカナン!」
ベラの呪文で、女王の体に淡い光がまとわり付く。動きがさらに鈍くなった女王の腕に、再度、チロルの鋭い牙がめり込んだ。防御力が低下した女王の肉体は、一際強く燐光を撒き散らす。
痛みのためか、
しかし、このままでは雪の女王も終わらない。
「おおぉぉおっ。――、ヒャド!」
「ぎゃんっ!?」
空中にあったチロルの体に、複数の氷塊が殺到する。前脚や脇腹に痛打を受けたチロルは吹き飛ばされ、そのまま床にうずくまった。
「チロル!」
「――、ヒャド!」
再度の呪文。アランは銅の剣で何とかさばくが、頬と二の腕に浅い切り傷を負う。かじかむ痛みが体の芯に響く。だがアランはそれを無視し、チロルのもとに駆けた。
彼女を抱きかかえると、「ふにゅぅ……」という声が返ってくる。アランは急いでホイミを唱え、チロルの傷が癒えきるのを待たずにスカラをかけた。
「だいじょうぶかい?」
「にゃぁお……なぁ……ふぅぅー」
悔しそうに鳴いている。どうやらまだ闘志は萎えていないようだ。ほっと息を吐き、眦を決して雪の女王に向き直る。
手足が異常に細く長く伸びた、まさにモンスターそのものの姿に変貌した雪の女王は、傷跡のようなその口から白い息を吐き出す。
「やるではないですか、人の子。ますます憎らしい。その幼き獣も、何と言う恥知らずか。誇り高い種族でありながら、人間に仕えるなど」
「チロルを馬鹿にするな。僕の大切な友達なんだ」
「友達? はっは、はっははぁっ、友達!? これは驚きですね!」
哄笑が響く。
「ならばその友情もろとも氷漬けにしてくれましょう。人がどれほど脆弱か、その体に刻み込むのです!」