【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
「愚か……愚か、愚か、愚かっ!」
雪の女王が髪を振り乱した。
「何という、愚かさ。何という、不快さ。虫酸が走ります、お前たち!」
「別にあんたに好かれようなんて思っていないさ。今はもう、な」
ザイルが啖呵を切る。彼の意気に合わせ、アランもまた剣を女王に突きつける。その横にはチロルが控え、さらに彼らの背後にはかしの杖を胸に抱いたベラが、雪の女王を睨みつけている。
雪の女王は嘲った。
「私の言葉を聞いたとき、泣きそうな瞳で
その挑発にいきり立って一歩前へ出ようとしたザイルを、アランが制する。歯を食いしばり眉間にしわを寄せるザイル。だが、飛び出すことだけは自重した。
「悪ぃ、アラン」
ザイルがつぶやく。アランは小さく微笑んだ。
すぐに表情を引き締める。
雪の女王が三度、飛びかかってきたのだ。
女王は空中で氷呪文ヒャドを唱える。鋭い氷柱が後列にいるベラ目がけて飛んできた。
「ベラ!」
「大丈夫!」
彼女はかしの杖を大きく振りかぶる。気合を込め、大声で呪文を詠唱した。杖の先から炎が溢れ、火炎呪文ギラが氷柱を迎え撃つ。
溶けた氷が蒸気となり、周囲はマヌーサをかけたように視界不良となった。
霧をかきわけ、握りしめた拳を振りかざしながら雪の女王が突撃してくる。息を呑むベラに向かって、女王は真っ直ぐに拳を突き出してきた。
ベラの喉から息が絞り出される。
彼女の眉間から紙一枚ほど前に、雪の女王の拳がある。その場からよろめいたベラの額から血が一筋、
雪の女王は作り物めいたその口元を真一文字に結ぶ。
真円の目が白く白濁し、雪中から漏れ出したようなかすれた呻き声を吐き出す。
「おのれ」
雪の女王は言った。
「こしゃくな、小僧だこと」
一言一言、憎しみを込めて漏らした言葉。
アランは静かに聞いていた。
雪の女王の傍ら、その横腹に銅の剣を突き立てた状態で。
「こうなれば、お前たち全員……」
大きく息を吸う雪の女王。再び冷気が結晶となって口の中に吸い込まれていく。
アランは叫んだ。
「チロル!」
「にゃああああっ!」
渾身の力を込め、雪の女王の肩口から下腹の辺りまで、チロルは両の爪で二度にわたって切り裂いた。硬直する女王。冷気はどんどん濃く、大きくなっていく。アランは自分の意思とは関係なく体が震え出すのに気づいた。外気が異常なまでに下がっている。
雪の女王の手がアランの頭を鷲づかみにする直前、反対側からザイルが短刀を女王の脇腹に突き立てた。万感の想いを込めるように、力強く握り、ひねる。
苦痛に顔を歪め、雪の女王が天井を向く。
だが彼女は冷気を溜める動作を止めない。
ついに氷の息が口から漏れ溢れる。それはアランたちにとって痛恨の一撃となる。
――はずだった。
「私を、忘れないでほしいわね」
額から薄く血を流しながら、ベラが片膝を立てる。かしの杖を支えにして、彼女は高速で言葉を紡ぎ始める。
杖の突端が指し示すもの、それは雪の女王の顔面だ。
不自然に鋭い顎先に向かって、ベラは力強く呪文を放つ。
「――。これで、終わり、だぁぁぁっ!」
溢れる熱気、迸る炎。
ありったけの精神力をこめた火炎呪文ギラ。それは雪の女王の顔面に直撃し、またたく間に全身を熱の虜にした。
アランとザイルが気合いの声を放つ。
全力を込めて、一歩前へ踏み出す。
歯を食いしばり、己の武器をさらに深くねじ込む。
呪文の熱で顔面が焼けそうになるにも関わらず、彼らは叫び続けた。
やがて、そのときが来る。
雪の女王の口元で凝縮されていた冷気が一気に爆発した。天を向いた女王の口から、とめどなく冷気が溢れ出て白い光の柱を作る。
まるで噴水が勢い良く吹き上がるように。
雪の女王の魂までも乗せて、白い光は輝きを強めた。天へと昇り、薄暗さの原因とも言えるであろう上空の黒い膜へとぶつかって、はらはらと落ちてくる。
北の宮殿を覆っていた膜の黒さが、本来の空の色を取り戻していく。
降り積もる光。
それはまるで雪のように。そして雪が水となって、やがて消えていくように。
雪の女王は、細かな燐光となって虚空へと流れていったのである。