【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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58.雪の女王戦 3

 

「愚か……愚か、愚か、愚かっ!」

 

 雪の女王が髪を振り乱した。

 

「何という、愚かさ。何という、不快さ。虫酸が走ります、お前たち!」

「別にあんたに好かれようなんて思っていないさ。今はもう、な」

 

 ザイルが啖呵を切る。彼の意気に合わせ、アランもまた剣を女王に突きつける。その横にはチロルが控え、さらに彼らの背後にはかしの杖を胸に抱いたベラが、雪の女王を睨みつけている。

 雪の女王は嘲った。

 

「私の言葉を聞いたとき、泣きそうな瞳で(すが)ってきたのはどこの誰でしょう? まったく忌々しい」

 

 その挑発にいきり立って一歩前へ出ようとしたザイルを、アランが制する。歯を食いしばり眉間にしわを寄せるザイル。だが、飛び出すことだけは自重した。

 

「悪ぃ、アラン」

 

 ザイルがつぶやく。アランは小さく微笑んだ。

 すぐに表情を引き締める。

 雪の女王が三度、飛びかかってきたのだ。

 

 女王は空中で氷呪文ヒャドを唱える。鋭い氷柱が後列にいるベラ目がけて飛んできた。

 

「ベラ!」

「大丈夫!」

 

 彼女はかしの杖を大きく振りかぶる。気合を込め、大声で呪文を詠唱した。杖の先から炎が溢れ、火炎呪文ギラが氷柱を迎え撃つ。

 溶けた氷が蒸気となり、周囲はマヌーサをかけたように視界不良となった。

 霧をかきわけ、握りしめた拳を振りかざしながら雪の女王が突撃してくる。息を呑むベラに向かって、女王は真っ直ぐに拳を突き出してきた。

 

 ベラの喉から息が絞り出される。

 彼女の眉間から紙一枚ほど前に、雪の女王の拳がある。その場からよろめいたベラの額から血が一筋、()(りょう)を伝う。彼女はそのまま膝から崩れ落ちた。

 

 雪の女王は作り物めいたその口元を真一文字に結ぶ。

 真円の目が白く白濁し、雪中から漏れ出したようなかすれた呻き声を吐き出す。

 

「おのれ」

 

 雪の女王は言った。

 

「こしゃくな、小僧だこと」

 

 一言一言、憎しみを込めて漏らした言葉。

 アランは静かに聞いていた。

 雪の女王の傍ら、その横腹に銅の剣を突き立てた状態で。

 

「こうなれば、お前たち全員……」

 

 大きく息を吸う雪の女王。再び冷気が結晶となって口の中に吸い込まれていく。

 アランは叫んだ。

 

「チロル!」

「にゃああああっ!」

 

 渾身の力を込め、雪の女王の肩口から下腹の辺りまで、チロルは両の爪で二度にわたって切り裂いた。硬直する女王。冷気はどんどん濃く、大きくなっていく。アランは自分の意思とは関係なく体が震え出すのに気づいた。外気が異常なまでに下がっている。

 

 雪の女王の手がアランの頭を鷲づかみにする直前、反対側からザイルが短刀を女王の脇腹に突き立てた。万感の想いを込めるように、力強く握り、ひねる。

 苦痛に顔を歪め、雪の女王が天井を向く。

 だが彼女は冷気を溜める動作を止めない。

 ついに氷の息が口から漏れ溢れる。それはアランたちにとって痛恨の一撃となる。

 ――はずだった。

 

「私を、忘れないでほしいわね」

 

 額から薄く血を流しながら、ベラが片膝を立てる。かしの杖を支えにして、彼女は高速で言葉を紡ぎ始める。

 杖の突端が指し示すもの、それは雪の女王の顔面だ。

 不自然に鋭い顎先に向かって、ベラは力強く呪文を放つ。

 

「――。これで、終わり、だぁぁぁっ!」

 

 溢れる熱気、迸る炎。

 ありったけの精神力をこめた火炎呪文ギラ。それは雪の女王の顔面に直撃し、またたく間に全身を熱の虜にした。

 

 アランとザイルが気合いの声を放つ。

 全力を込めて、一歩前へ踏み出す。

 歯を食いしばり、己の武器をさらに深くねじ込む。

 呪文の熱で顔面が焼けそうになるにも関わらず、彼らは叫び続けた。

 

 やがて、そのときが来る。

 雪の女王の口元で凝縮されていた冷気が一気に爆発した。天を向いた女王の口から、とめどなく冷気が溢れ出て白い光の柱を作る。

 まるで噴水が勢い良く吹き上がるように。

 雪の女王の魂までも乗せて、白い光は輝きを強めた。天へと昇り、薄暗さの原因とも言えるであろう上空の黒い膜へとぶつかって、はらはらと落ちてくる。

 

 北の宮殿を覆っていた膜の黒さが、本来の空の色を取り戻していく。

 降り積もる光。

 それはまるで雪のように。そして雪が水となって、やがて消えていくように。

 雪の女王は、細かな燐光となって虚空へと流れていったのである。

 

 

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