【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
みな、同じ姿勢のまま固まっていた。
アランとザイルは自分の武器を突きだしたまま、ベラは杖を握ったまま、そしてチロルは主たちの顔を見上げたまま。
ただ荒い息だけが彼らの間で
「や……」
アランの両腕からゆっくりと力が抜けていく。
「やった……?」
「あーっ、ちくしょうっ。終わったぁ!」
ザイルが半ば自棄になって叫び、仰向けに倒れる。ベラもまた膝から崩れ落ちた。
「つ、疲れたぁ。あ痛、いたた」
「ベラ、だいじょうぶ?」
アランが駆け寄りホイミをかける。額の傷口はゆっくりとふさがり、アランは彼女の血を拭った。ありがと、とベラが微笑む。
「やったわね、アラン」
「うん。雪の女王はもういないんだ」
「ええ。ザイルも、お疲れさま。それと、ありがとう」
「な、何だよいきなり」
ベラから礼を言われ、ザイルがうろたえる。
「あなたがいなければ、私たちはきっと雪の女王に勝てなかったわ。力を貸してくれたことに感謝しているの。それにこれまでのこと、やっぱり謝らないといけないし、ね」
ふん、とザイルは寝返りを打ち、ベラに背を向けた。ベラはアランと顔を見合わせ、困ったように肩をすくめた。
「おい、見てみろよ」
誤魔化すようにザイルは言う。
「空が、元に戻ってきたぜ」
アランたちは上空を見上げる。黒い膜は取り払われ、眩い日の光が降り注ぐ。反対に床は輝きを失い、本来の床面が陽光を柔らかく受け止めるようになっていた。
地面を覆っていた氷が、ゆっくりと溶け始めたのだ。
「やっぱり、宮殿の氷は雪の女王の仕業だったんだね」
「そうね。さあ、アラン。まだ大事な仕事が残っているわ。春風のフルートを」
アランはうなずく。するとザイルが立ち上がり、「こっちだぜ」と祭壇の中を案内してくれた。
祭壇は、アランの家の地下室ほどの広さがあった。祭壇の奥に大きな箱が置かれている。ドワーフ製のものらしい重厚な箱から、薄く黒煙が上がっていた。
ベラが警戒して構えを取ると、ザイルが「大丈夫だ」と手を振った。
「雪の女王が箱にかけていた封印が解けているんだよ」
ザイルが説明する。春風のフルートをザイルから受け取った雪の女王は、すぐさまこの箱の中に入れ、封印を施した。どこかに運び込むつもりだったらしい。
「危ないところだったわね」とベラが言った。
黒煙が完全に消え去ったのを見届けてから、ベラが箱に近づく。ゆっくりと蓋を開けた。
途端に柔らかな光が溢れ出てくる。まるで太陽を閉じ込めたように、光は部屋全体を包んでいく。心地良い温かさが体に染みた。
ベラが、箱の中に慎重に手を入れる。
彼女の手に握られて出てきたのは、桜の枝のような形をした、一本の楽器だった。その美しさにアランたちの口から自然とため息が漏れる。
「間違いない。これこそ春風のフルートだわ」
「すごい。やったね、ベラ」
「ええ。これでようやく世界に春を呼ぶことができる。みんなのおかげよ」
ベラは胸元に春風のフルートを抱く。彼女の目元には薄らと涙が浮かんでいた。
アランの隣で頬を掻いていたザイルが、ふと背を向ける。
「俺ができるのはここまでだ。後はお前たちで上手くやってくれよ」
手を振る。ベラが慌てた。
「待ちなさいよ。せめて妖精の村までは一緒に行きましょう」
「やだよ。お前らは違うかもしれないけど、俺はまだ、妖精を完全に信用したわけじゃないんだ」
「まだそんなこと言って」
「嫌ったら嫌だ。それによ。急いで帰らないと、さ」
急に落ち着きをなくすザイルにアランは首を傾げる。
「帰らないと、なに?」
「……爺ちゃんに、怒られる。きっと、すっげー怒られる」
うわぁやばい、とザイルは両手で頭を抱えた。
「ああっ、こうしちゃいられない! 早く帰って謝らなきゃ!」
「ちょっと、ザイルってば!」
「じゃあなお前ら! ちょっとの間だったけど、お前らに会えて良かったぜ!」
ぶんぶんと手を振り、瞬く間に駆け去っていく。その後ろ姿に向かってベラが「ちゃんとポワン様のところにも行くのよー!」と声をかけると、彼は手だけを振って応えた。
ベラが苦笑する。
「ちゃんとわかってんのかしらね、あの子」
「きっと照れてるんだよ」
「そうね。ザイルはもう大丈夫、かな」
微笑む。
ベラが手を差し出してきた。
「さ、帰りましょう。村では英雄をお待ちかねよ」
「そんな。僕は」
「いいからいいから。さ、出発!」
上機嫌な姉代わりの妖精に引っ張られ、アランは歩き出した。例によってチロルが抗議するようになおなおと鳴く。
彼らの頭上で、空は抜けるように深く爽やかに広がっていた。