【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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ラインハットの悲劇編
61.不思議な旅人


 

 ひんやりとした地下室の空気が、どこか懐かしい。

 人間界に戻ったアランは、改めて妖精の村のことを思い出した。「夢みたいだったな」とつぶやいたとき、天井から舞い降りる小さな欠片を見る。

 手を差し出すと、欠片は吸い込まれるようにアランの掌に収まる。

 それは一枚の桜の花びらであった。地下室の天井から降ってくるなどまずあり得ない、小さな小さな春の便り。

 微笑み、花びらを握りしめる。妖精の村でのことは間違いなく夢じゃない。そう心に刻み込み、アランは晴れやかな気持ちで歩き出した。

 

 ところが地下室を出た途端、血相を変えたサンチョに掴まってしまう。

 

「ああ、坊ちゃん。こんなところにいらっしゃったのですか。お姿が見えないからてっきり先に行かれたかと」

「ど、どうしたのサンチョ」

「ええ。先ほどラインハットの城から使者の方がいらっしゃって。なんでも、国王様が直々に旦那様をお招きしたいとおっしゃられている、と。旦那様も私もずいぶん坊ちゃんを探したのですが。たった今、旦那様は村を出られました」

「ええっ!?」

「急げばまだ間に合うかも知れません」

 

 その言葉を聞き、アランは慌てて家を飛び出した。せっかく父が自分も連れて行くつもりになってくれていたというのに、置いて行かれてはあんまりだ。

 

 息荒く駆け出したアランだったが、すぐに歩を緩めた。

 温かな風と共に目に飛び込んできたのは、枯れ木同然だった桜に花がついている姿だった。ポワンと春風のフルートの力は、本当にこの世界に春を呼ぶものだったんだと実感する。

 

「いけない。お父さんを探さなきゃ」

 

 頬を叩き、再び走り出す。

 広場でたき火をしていた男性がアランに気づいて声をかけてきた。

 

「パパスさんを探しているのかい?」

「うん。急いで追いかけないと、置いて行かれちゃう」

「はて。パパスさんなら教会の方へ行かれたぞ。何でも旅に出る前にお祈りをしていくんだとか」

「え、そうなの?」

 

 男性の指差す方向を見つめ、アランは胸をなで下ろした。それならば急ぐ必要はない。心配してちょっと損したなと思いつつ、男性に礼を言って、今度はゆったりと歩き出した。

 

 教会の前に着くと、若いシスターが何やら落ち着きなく周囲を見回していた。何をしているのか気になりつつ、声をかける。

 

「こんにちは。お父さんは、まだ中にいますか?」

 

 だが返事がない。こちらに気付いていないようだ。

 

「あの、シスターさん」

「ひゃい!? あ、何だ。パパスさんのところのアラン君じゃない」

 

 あからさまに落胆しているのがさすがに引っかかり、アランは尋ねた。

 

「どうかしたの?」

「ううん。別に何でも、ないんだけど。うーん」

 

 言うなり、またきょろきょろと辺りを見回す。

 

「何かさがし物? また何かなくなっているの?」

 

 ベラはもう妖精の村に帰ったはずなのに、とアランは首を傾げる。するとシスターは「そうじゃなくて」と言った。なぜか顔が真っ赤だ。

 彼女は意を決したように言う。

 

「ねえアラン君。ちょっと前に教会の前にいた男の人、知らない?」

「男の人?」

「そう。背が高くて、逞しくて、おまけに凄く格好いい素敵なひとよ。ああ、どこに行かれたのかしら……」

 

 記憶を探る。ひとつだけ思い当たることがあった。

 

 あれはベラに出会う直前、サンチョの『さじ』を探して村中を歩き回っていたときだ。

 ちょうど今、シスターが立っている場所に、ひとりの男性が佇んでいたのだ。身なりこそ冒険者然とした薄汚れたものだったが、身にまとう雰囲気は明らかにただの旅人ではなかった。どこかパパスに似ていると感じたアランは、思わず彼に話しかけた。

 

 シスターにそのことを伝えると、彼女は飛び上がって喜んだ。

 

「そう、その人よ! いつの間にかいなくなっちゃって。どこに行ったか、知らない? ああ、そうじゃないわね、どこに行くつもりだとか、そんなことは話さなかった?」

「僕はちょっとお話ししたぐらいだけど、そういうことは言ってなかったよ。あとは」

「あとは? 何かあるの!?」

「うーん。別にないや」

 

 アランが苦笑すると、シスターは「なぁーんだ」と肩を落とした。よほど期待していたらしい。

 

 アランは再び、あの風変わりな男性のことを思い出した。

 確かにあの人は、シスターが望むような話はしていなかった。そんなに長い時間話をしたわけもないし、内容も世間話とそう変わらなかった。

 強いて言えば、『あのこと』が気になるくらいで――。

 

「あ、いっけない。お買い物頼まれているんだった。あーもう、やっぱり行かなきゃいけないよね……。さっさと済ませちゃわないとっ」

 

 落ち込んだ顔から一転、色々と文句を言いながらシスターは慌てて駆け出していった。

 その後ろ姿を見ながら、アランは懐に手をやった。道具袋に大切に収められている金色の宝石を手に取る。レヌール城でビアンカから友情の証としてもらい受けた、あの綺麗な宝石だ。

 

 男性は、おそらくたまたま袋の中身が見えたのだろうが、この宝石に興味を持った。見せてと言われたときには少々警戒したものの、何度か眺めただけですぐに返してくれたので、そのときは特に何も感じなかった。その後彼は礼を言って立ち去り、それっきりどこに行ったのかもわからない。

 去り際、彼が言った台詞が脳裏に蘇る。

 

『いいかい、坊や。どんなにつらいことがあっても、負けちゃ駄目だよ』

 

「今まで忘れてたけど、ふしぎな旅の人もいるんだな」

 

 アランはつぶやく。

 そして気持ちを切り替え、父に会うために教会の扉を押した。

 

 

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