【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
デボラの姿は、それから間もなく見つかった。
宿の廊下の奥、裏庭に面した窓枠に彼女は腰掛けていたのだ。
「遅かったじゃない」と言う彼女は、まるでフローラがここに来ることを待っていたように見えた。
息を切らせるフローラと、そのすぐ隣に立っているアランを見て、デボラは「ふぅん」とつぶやく。
「あんた、確かアランだっけ。あんまり気にしてなかったけど、よく見ると小魚みたいに変な顔ね」
「こざ?」
「もう姉さん! アランに失礼でしょう!?」
「おやー、いつの間にかフローラと仲良くなってんだ。しかも、他人にゃだいたい『様』付けのこの子が、呼び捨てときた。あんたなかなかやるねぇ」
デボラの言っていることがよく理解できず、隣で顔を赤くするフローラの態度もいまいちピンと来ないアランは、思ったことを素直に口にした。
「でも僕はデボラとも友達になりたいと思ってるよ?」
「は?」
口をあんぐりと開けて固まるデボラ。直後、彼女は腹を抱えて大笑いし始めた。
「ぷははははっ! 何だいそれ! あんた本気で言ってんの? こりゃ驚いた。ははははっ!」
「姉さん!」
「いやいや、あたしはあんたを気に入ったよ。変な顔の上に変な奴だなんて、すっごく面白い! 特別にあんたを下僕にしてやるから、感謝しなさいよ」
指を突きつけられた。何となく褒められていないことは理解できたアランは、眉間に皺を寄せ首を傾げた。
するとフローラがぽつりとつぶやく。
「姉さん。それじゃあ言っていることがヘンリー様と同じですよ」
「あ!? あたしをあのクソガキと一緒にすんじゃないよ、フローラ!」
途端に激昂するデボラ。アランがフローラを見ると、彼女は曖昧に笑った。フローラにとってもあまりよい思い出ではないらしい。
「とにかく! フローラ、アラン。ついておいで」
「どこに行くの?」
「決まってんじゃない。面白いところ、よ!」
言うなり、彼女は身を翻した。窓から外へひらりと出る。そこから手招きをするので、アランとフローラは顔を見合わせ、仕方なく後についていった。
デボラの言葉は正しかった。
同世代の友人と駆け回るのはアルカパ以来だったが、デボラはこういう遊びにかけては天性の才能を持っているのか、彼女が行くところではアランもフローラも、そしてチロルまでも大いに楽しめた。もっとも、それ以上にはらはらしたりむかむかしたりすることが多かったが。
出店を冷やかし、変わった形をした民家を間近で見ようと庭へ侵入し、路頭で行われていた迫力ある興行に目を輝かせて――そうこうしているうちに、気がつくとアランたちは見知らぬ裏路地へと迷い込んでいた。
「あたしが道を覚えているから、だいじょうぶよ」
とデボラが胸を張るが、フローラは心配そうだった。それに運動が苦手な彼女のこと、だいぶ疲れがたまってきたようで、若干顔色も悪い。
そろそろ戻ろうよ、とアランが提案したときである。
すぐ近くの家から、物が崩れ落ちる音が聞こえてきた。ガラスが割れたような、けたたましい破砕音まで混ざっていた。
直後、音がした家からひとつの影が飛び出してくる。凄まじい速度でこちらに突進し、アランたちの数歩手前で止まった。
鎧が擦れる音が聞こえた。アランたちは目を見開く。
人にしては、異様な姿である。
全身を甲冑で覆っている。使い古していてもなお輝きを失っていない長剣を右手に握る。一方の左腕は肩からごっそり無くなっていて、代わりに大きな盾を
そして、何より。
『彼』がまたがっているのは馬ではなく、巨大なスライムだったのだ。
「ス――」
フローラが青い顔をする。
「『スライムナイト』! 魔物の騎士が、どうしてこんなところに」
「へぇ。こいつがねえ」
怯える妹に比べ、姉は挑戦的な笑みを浮かべる。拳を作って自らの掌に何度も叩き付けていた。まさか素手で相手をするつもりなのか。
うっすらと毛を逆立て、静かに警戒心を露わにするチロルの横で、アランは銅の剣に手をやった。
だが、抜かない。
彼の視線は、馬代わりのスライムがくわえている小さな麻袋に向けられていた。
アランは、そのスライムが戦うことを嫌がっているように見えた。スライム上の騎士からも、同様の気配を感じた。
隻腕のスライムナイトは剣の切っ先をアランたちに向けると、良く通る声で言った。
「人の子よ。怪我をしたくなければ、そこをどきなさい」
口調は丁寧だが、それは紛れもない『警告』であった。