【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
「旦那様! 坊ちゃん! お帰りなさい!」
「サンチョ! 今戻ったぞ!」
パパスが破顔一笑する。アランも満面の笑みで手を振った。
丸々と太った身体を揺らしながら走ってきたのは、パパスの召使い、サンチョである。口ひげに丸い目が印象的な、とても人当たりの良い男だ。孤高の戦士であるパパスが唯一、従者として認めている人物でもある。サンタローズの家を留守にしている間は、彼が自宅を預かっている。
外見からは想像できないような機敏な動きでサンチョは荷物を受け取った。久しぶりに逢えた嬉しさからか、彼の目にはわずかに涙が浮かんでいる。
「サンチョ、泣いてるの?」
アランが言うと、サンチョの顔はさらに崩れた。
「おお、おお、アラン坊ちゃんっ。大きく、逞しくなられて。このサンチョ感激ですぞ」
「僕は元気だよ。だからサンチョも泣かないで。うれしいことなんだから」
「何とお優しいお言葉。ああ、また涙が」
「お前は涙もろくていけないな、サンチョ」
パパスが苦笑すると、サンチョは涙を拭った。荷物を抱え、先んじて家の中に入っていく。パパスとアランも続いた。
簡素だが手入れと掃除の行き届いた居間。アランは戸口で立ち止まって大きく息を吸い込んだ。草原に吹く風の匂いとも、濃密な森の香りとも違う、懐かしい空気を全身で感じる。
ああ、帰ってきたんだなと思った。
「あら、パパスさんじゃないかい」
ふと、居間の奥からかけられた声に顔を向けた。サンチョに負けないほど恰幅の良い女性が歩いてくる。パパスが驚いた。
「ダンカンのおかみさんじゃないか。お久しぶりですな」
「ええ、ほんとに。サンチョさんにご挨拶するつもりが、パパスさんとも会えるなんて。こりゃ嬉しい驚きだね」
からからとおかみは笑う。それから思い出したように後ろに向けて手招きをする。
大柄な彼女の背後から、ひとりの女の子が顔を出す。
「こんにちは。おじさま」
綺麗で張りのある声で挨拶をする少女。パパスは首をかしげる。
「この子は」
「ああ、そうか。パパスさんは初めてだったっけ。あたしの娘だよ。ビアンカってんだ」
おかみが紹介する。ビアンカは再び頭を下げた。柔らかそうな金髪を三つ編みにした彼女がにっこりと笑う様はとても愛らしかった。全身から元気が溢れ、どことなくお転婆そうでもある。
パパスとサンチョ、それからおかみが談笑に花を咲かせる。父の隣で所在なげに立っていたアランは、ふと裾を引かれて振り返った。ビアンカがすぐそばに立っている。
「ね。おとなたちのお話が長そうだから、向こうに行かない?」
「う、うん」
「行きましょ!」
言うが早いか、ビアンカはアランの手を引いて二階へと上がっていく。階段板を踏む足音が賑やかに響いた。
二階はパパスの書斎もかねた寝室だった。壁際の棚には隙間なく本が収まっている。
部屋の中央に設えられた二脚の椅子にアランとビアンカは座る。背の低い二人にとっては、ほとんどよじ登る作業となった。
さっそく、と言わんばかりにビアンカが口を開く。
「まずは名前ね。わたし、ビアンカ。あなたはアランでしょ?」
「え? 僕のこと知っているの?」
「うん。でも、おぼえてないのもしかたないよね。前に会ったときは、アランとっても小さかったもの。知ってる? わたしはあなたよりも二歳もおねえさんなのよ!」
自慢げに胸を張られた。アランが今六歳だから、ビアンカは八歳ということになる。アランは感心してビアンカの横顔を見つめた。
アランの態度に気をよくしたのか、ビアンカは身を乗り出す。
「そうだ! ご本読んであげる。ちょっと待っててね」
裾が翻るのも構わず椅子から飛び降りる。小走りに本棚に近づき、そこから一番薄い本を引っ張り出してきて机の上に広げた。腕まくりをして気合い十分のビアンカはさっそく本文に目を通す。
「えーと。…………? …………?」
「ビアンカ?」
「え、ええっと」
読めない。かろうじてひらがなの部分だけは拾い読みできていたが、それ以外はさっぱりのようだった。首を傾げ、眉根を寄せて、結局十ページもめくらないうちにビアンカはさじを投げてしまった。
「だめだわ。このご本、むずかしすぎるもの」
「そうだね。でもすごいや。僕はまだ、文字がぜんぜん読めないから」
「だってわたしはおねえさんだから。えっへん」
再び胸を張る。顔を見合わせ、ふたりして声に出して笑った。
「ビアンカー、そろそろ宿に戻るよ!」
階下から呼ぶ声にビアンカが「はーい」と答える。丁寧に本をしまってから、ビアンカはアランを振り返った。
「しばらくはサンタローズにいるから、またお話ししようね。アラン」
「うん。またね、ビアンカ」
手を振り合う。軽やかな音を立ててビアンカは一階へと下りていった。