【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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73.嫌われ王子ヘンリー

 

 休憩所を出て、さらに歩く。

 道行く人の多くから、ヘンリー王子の腕白ぶりを嘆く声が聞こえてきた。この広い城でそれだけ名が知られるのは、ある意味凄いことなんじゃないかとアランは思う。

 

 ひとしきり城内を見学し終えたアランは、謁見の間に続く広間まで引き返した。ふと、まだ足を踏み入れていない区画があったことに気がつく。

 ちょうどデール王子と王妃の部屋とは反対側に位置する通路である。

 そちらへ足を向けかけて、思い直した。もうずいぶんと時間が経っている。一度戻った方がいいのではないか。

 

 ところが謁見の間まで戻ってきても、玉座の前にパパスの姿はなかった。

 国王が声をかけてくる。

 

「おお、アラン。戻ったか。どうだ、ラインハット城は」

「はい。とても大きくてびっくりしました。それで、ええと」

 

 困惑して辺りを見回していると、「パパスを探しているのだな」と国王が言った。

 

「入れ違いだったな。そなたの父には、我が子ヘンリーの守り役を頼んでいる。あの武勇に加え清廉潔白でもある男が師となれば、ヘンリーの行状も少しは改善されるかと思ってな」

「そうだったんですか」

「わしからの頼みだ。そなたもヘンリーの友となってくれないか。あやつには不憫な思いをさせてしまっているからのう」

 

 ため息をつく国王。温厚で懐の深いこの人に、ここまで心労をかけるヘンリー王子とはどんな人だろうと思った。

 

 国王の話では、ヘンリー王子の居室は謁見の間から近い場所にあるらしい。さきほどアランが足を踏み入れようとして諦めた場所だ。礼を言い、王子の部屋へと向かう。

 扉を抜け、一本道の廊下へと出る。城の外縁部分にあたり、窓から外の光が入っていた。ただ北側に面しているせいで、日中にも関わらず心なしか薄暗い。

 

 使用人や兵士の姿が見えないがらんとした廊下に、パパスがひとり佇んでいた。珍しく思い悩んだ様子である。

 

「どうしたの、お父さん」

「おお。アランか」

 

 息子の姿を認め、パパスはほっと息をついた。ますます珍しい。「実はな」と父は切り出した。

 

「ヘンリー王子の守り役を陛下から仰せつかったはいいが……どうやら当のヘンリー様にひどく嫌われてしまったようでな」

「え、お父さんが!?」

「おかげで王子の居室にも入れず、こうして廊下に立ち尽くしている有様だ。アラン、すまぬが代わりにヘンリー王子の様子を見てきてくれぬか。話ができるようになれば、なお良いのだが」

「わかった。ちょうど僕も、王子と話がしたいと思っていたし」

「頼む。王子の部屋はこの先だ。一本道だからすぐにわかるだろう。私はここで見張りを続ける。何かあったら呼ぶのだ」

「うん」

 

 チロルを引き連れ、廊下を進んだ。右に折れた通路の突き当たりに木製の扉がある。パパスのいる場所から一本道だ。

 足元には絨毯が敷かれ、入り口の両隣に煌々と松明が灯されていた。アランは妙な寂しさをその扉から感じた。

 人の気配がする。扉を叩いてみたが、返事はない。何度か叩いてようやく「なんだよ」という声が聞こえた。

 

 扉を開ける。

 部屋の内装は、王妃たちの部屋とほとんど同じだった。しかしあちこち傷があり、衣服や食べ物で室内は散らかっている。

 

 くだんの王子は、部屋の中央にある揺り椅子の上であぐらをかいていた。年はアランと同じくらい。深い緑の髪は綺麗に切りそろえられ、身に付けているのはデール同様、空色の服だ。着心地は良さそうなのに、持ち主の扱いが悪いのか裾が汚れてよれよれになっていた。

 身なり以上に気になるのは、彼の表情だ。眉根を寄せ、口元をひん曲げていて、まさに『ふて腐れた』という表現がぴたりと当てはまる。

 

「誰だ、お前」

「え、えっと」

 

 アランはうろたえた。すると何を思ったか、ヘンリーは次々とまくしたて始めた。

 

「あ、わかったぞ。お前、パパスの息子とか言う奴だな」

「あ、うん」

「はっ。お前も父上に言われてほいほいやってきたクチだな。まったく、父上がどんなことを吹き込んだか知らないが、どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしてる」

「いや、そんなつもりは」

「いーや。してる。馬鹿にしてる。そんなのちょっと顔を見ればわかるさ。こいつら嫌々俺に会いにきてるんだなって。どうせお前も同じこと考えてるんだろ」

「そ、そんなことないよ」

「どーだか。ま、その代わり俺だっていろいろやらせてもらってるけどな。俺が何かすると皆あたふたするんだ。いい気味だ」

「お城の中で聞いたけど、やっぱり良くないよ、そんなの」

 

 アランが言うと、ヘンリーの目つきが険しくなった。彼は椅子を降り、アランの前までやってくる。向かい合うとほとんど背が変わらなかった。

 

「パパスも同じこと言ってた。お前も追い出してやろうか」

「追い出してって、君がお父さんを?」

「そうだよ。偉そうなことを言うからだ。俺はあんな奴嫌いだね」

 

 アランは黙った。彼の変化に気づかないヘンリーは、なおもパパスの気に入らないところを列挙していく。

 

「――だから俺はあいつを、って、どうした、お前?」

「……るな」

「え?」

「お父さんを、馬鹿にするな!」

 

 怒鳴った。歯を食いしばって怒りの表情を浮かべる。今度はヘンリーがうろたえた。

 真正面からアランが睨みつけると、ヘンリーは罰が悪そうに視線を逸らした。大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着けながら静かにアランは言う。

 

「僕は君と話がしたいと思ったからここに来た。友達になりたいと思ったんだ」

「……へ?」

「たしかに君のことを悪く言う人は多かったけど、食堂のおばさんや王様は君のことを心配してくれていたよ。だから、きっと悪い人じゃないんだって思ってる」

「そんなこと」

「あるよ。僕もそう信じてる。だからこそ、もう悪口は言わないでほしい」

 

 ヘンリーは口を閉ざした。ちらちらと横目でアランの顔を見る。アランは目を逸らさなかった。

 

「……王子ってやつは」

 

 ぽつりと、ヘンリーは言った。

 

「王子ってやつはな、王様の次に偉いんだ。お前みたいな弱そうな奴と……と、友達になんてなれるか」

「またそんな」

「だから! その代わりにお前を俺の子分にしてやる! それなら文句ないだろう?」

 

 王子の言葉に、アランは怒りも忘れてぽかんとしてしまった。

 

 

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