【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
埃が立ち上る。倉庫の扉は外と直接繋がっていて、風と陽光が差しこんできた。
見慣れぬ男たちが慌ただしく押し入ってくる。彼らは顔の下半分を白い布で隠している。
「馬鹿野郎。大きな音を立てやがって」
「だってよ兄貴、ここのカギぼろぼろだったんだぜ? 蹴破った方が早かったって」
「お前ら黙って仕事しろ」
小声で会話をする男たち。五人いる。いずれも筋骨隆々とした、薄汚れた男たちだ。
ヘンリーに視線を送ると、彼は全身を緊張させたままだった。ただ恐怖に震えている様子はない。城の者が少々荒っぽい手段で連れ戻しにきたとでも考えているのだろうか。
アランは静かに警戒感を強めた。嫌な感じがする。隣でチロルが牙を剥いて威嚇し始めたことが、疑いを確信に変えた。
「……どっちだ?」
「右。お出かけの最中ってとこか、こりゃちょうどいい」
「情報はまあ、正しかったわけだ。この分だと報酬も望めるな。おい、やるぞ」
男たちに殺気がみなぎる。
「ヘンリー、逃げて!」
アランは叫ぶ。ヘンリーは動かない。何が何だかわからないという顔をしていた。
侵入者たちが動き出す。機敏だった。アランの前に二人の男が立ち、残り全員がヘンリーに殺到する。
王子が大柄な男に肩をつかまれ、腹に拳が突き立てられる様子を見た。
アランは迷いなく銅の剣を抜き放った。傍らの相棒に声を掛ける。
「ヘンリーを助ける、行くよ。チロル!」
「何だこのガキ、いっちょまえに武器を持ってやがる」
男のひとりが嘲笑した。しかしその隣に立った男は一切笑わなかった。横目で仲間たちがヘンリーを担ぎ出す様子を確認し、懐に手をやる。
「ずらかるぞ。目的は果たした」
「え? 兄貴?」
「こいつの相手はするな。ガキの喧嘩じゃ済まなくなる」
言うと同時に、持っていた白い玉を地面に投げつける。途端に灰色の煙が部屋に充満した。視界が極端に悪くなる。男たちの姿を見失った直後、扉が閉まる音を聞いた。
特殊な材料で調合されたものなのか、煙は重く身体に絡みつく。一息でも吸い込むと、肺の中全体が溶けた鉛を流し込まれたかのように痛んだ。
けっ、けっ……と痛々しい空咳を繰り返すチロルをたぐり寄せ、胸元に抱く。自らも外套の切れ端で口元を覆い、涙を浮かべながらじっと耐えた。
やがて煙が地面へと落ちてくる。汚い絨毯のように床に広がった。
朦朧としながらも、アランは倉庫の扉を開けた。新鮮な空気を肺一杯に吸い込み、混濁する意識をはっきりさせる。
目の前に城の堀があった。荷下ろしのための簡易桟橋がある。船の姿はないが、流れが緩やかな堀の中にあって、不自然な波紋がわずかに残っていた。
堀に沿って走る。いた。黄土色の幕を船の上にかぶせ、船頭がひとりで操っている中型の荷船が、ちょうどラインハット城の跳ね橋の真下を通るところだった。
アランは決断した。
「チロル。あの人たちの後を追って。どっちに行ったか、それだけわかればいいから。僕はお父さんを呼んでくる」
「にゃぐる!」
「いいかい。無茶はしないで、必ず戻ってくるんだよ」
両手で顔を撫で、チロルを送り出した。地を這うように疾駆する彼女の姿を確認して、アランは踵を返す。
倉庫に戻り、隠し梯子に取り付いて、ヘンリーの部屋まで転がり込んだ。その勢いのまま扉を開けると、ちょうど部屋の前まで来ていたパパスと鉢合わせた。
肩で息をする息子の姿を見るなり、パパスはこう言った。
「ヘンリー王子に何かあったのか? さきほど階下から振動と、わずかな殺気を感じたぞ」
すでに戦士に顔付きになっていたパパスに、アランは全てを話した。ヘンリーの子分になって隠し梯子を教えてもらったこと、見知らぬ男たちが侵入してきてヘンリーを攫っていったこと、自分が彼を救えなかったこと――。
「……何てことだ!」
彼はヘンリーの部屋に入ると、隠し梯子を使って外に出た。晴天の下、静かに風を読んでいたパパスは、追いついたアランに対しこう告げた。
「よいかアラン。このことはまだ誰にも話してはならぬ」
「どうして? みんなに助けてもらったほうがいいよ、ぜったい!」
「私もそう思う。だが、おそらくそれは難しい」
眉をしかめるアラン。パパスは首を振った。
「お前にはまだ理解しがたいだろうが、ヘンリー王子について、皆の心が必ずしも一枚岩ではないということだ」
「……?」
「説明している暇はない。我らで王子を助けるぞ。いけるか」
「うん」
力強くうなずくアラン。いつもなら笑みを浮かべて「良し」と言ってくれるはずの父だったが、このときはアランと目線を合わせ、厳しい表情で念を押してきた。
「お前は戦士として力をつけてきた。その上で言う。よいか、此度の件、父は王子救出を最優先にする。もしお前がはぐれたとしても、父の助力はないものと思え。無理だと思ったらすぐに引き返すのだ。その判断は、お前に任せよう」
子どもながら、父が重大な決意を持って語りかけているのだということがアランにはわかった。大きく深呼吸をして、眦を決し、うなずく。
「わかりました」
「戻ったらまた剣の稽古をつけよう。今度はもっと実戦的にな」
ぐしゃ、とパパスに頭を撫でられた。
二人は走り出す。
「征くぞ、アラン。ついて来い!」
「はい!」