【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
ラインハット城の堀は城下を流れる川に繋がり、やがては大陸を縦断する巨大な河へと至る。
「ヘンリーを誘拐した者たちはおそらく一度船で河まで漕ぎ出て、そこから自分たちのアジトを目指すのだろう」
そう分析するパパスの後ろを、アランは必死になって走っていた。
言葉通り、パパスは全速力で川沿いを疾駆していた。ついていくのがやっとの上、ひとたび城下町に入ると細く曲がりくねった路地を縫うように移動しなければならず、角を曲がる度に父を見失わないかとアランは肝を冷やした。
だがアランはパパスを呼び止めるのを堪えた。
父は「ついて来い」と言った。ならば自分は持てる力を使って父の背中を追うだけだ。多少の無理、無茶であっても、頑張ってついていかねばならない。
だが、そうやって自分を追い込んだのが逆にいけなかった。
前ばかり見て足元がおろそかになっていたアランは、道に転がっていた小さな木桶に足を取られて転倒した。目の前に星が舞う。
「あっ!」
声を上げたときにはもう遅かった。パパスの姿を見失っていた。
堀から続いていた川は細かく分かれて民家の間を通っている。
回復呪文で擦り傷を癒やした後、アランは路地の奥を覗き込んだ。同じような道がいくつも分岐し、どの道がどこに通じているのかわからない。
無理だと思ったらすぐに引き返すのだ。その判断は、お前に任せよう――。
パパスの言葉が脳裏をよぎり、アランは悩んだ。
「まだ、だいじょうぶ」
自らを鼓舞するようにつぶやくと、川からもっとも近い路地に向かって走り出す。
とにかく街の外に出るんだ。大河まで出れば、視界が開けて何かの手がかりが得られるかも知れない。それにチロルと合流できれば、行き先もわかるはず。
「お父さんに、僕はまだやれることを見せなきゃ。僕はもう、お父さんに助けられっぱなしの子どもじゃない」
走る。ひたすら走る。時折すれ違う街人に外への道を尋ねながら、ようやくアランは堀の水が大河に注ぐ場所まで辿り着くことができた。
河辺に見慣れた後ろ姿がちょこんと座っている。
「チロル!」
「にゃあ!」
遅かったよ、と抗議するようにチロルは勢い良くアランの胸に飛び込んできた。やや硬い毛皮を撫でていると、気持ちがだいぶ軽くなった。
アランは表情を引き締める。
「チロル、ヘンリーやお父さんがどっちに行ったか、わかる?」
すると彼女は髭を揺らし、アランの胸から降りた。尻尾をぴんと立て、先導するように歩き出す。ここからだと東の方向だ。アランは胸をなで下ろした。
「よかった。チロルにはちゃんとわかっているんだね。お願い、みんなのところへ連れて行って」
「にゃふ……ぐるる……」
返ってきたのは戸惑った鳴き声だった。案内したいけど自信はない、そう言っているように聞こえた。
まだ陽が高いうちにと、アランたちは再び行動を開始した。
峻厳な山々、その裾野に広がる広大な平地のただなかにラインハット城とその城下町はある。まさか山越えをするわけにはいかないから、アランたちは山地を迂回する道を取った。幸い、整備された街道があるため歩く分にはさほどの苦労はなかった。
チロルの案内で東へ東へと進んでいくと、次第に街道は石畳から草地になり、やがては完全に途切れてしまう。
その先はまったく目印のない草原だ。雑草がアランの膝上ほどにまで達する場所があり、そこではチロルの姿が完全に埋まってしまう。仕方なく、アランは彼女を胸に抱えて歩くことにした。
途中、空腹を紛らわせるために携帯食をチロルと半分にわけてかじる。
アランの手は、無意識の内に道具袋に伸びていた。
実はラインハットへの道中、パパスから「もしもの時のために」と『キメラの翼』を渡されていたのだ。これがあれば、一瞬でラインハットに――安全な場所に戻ることができる。
いつの間にか、陽は傾き始めていた。このまま夜になってしまえば、さらに進むのは困難になるだろう。身を守るものがない土地での野宿の仕方をアランはまだよく知らない。
携帯食を食べる手が止まった。主の様子にチロルは不安そうに一声鳴き、アランの手を舐めた。
アランは無言のまま、ゆっくりと咀嚼を始める。
そのときだ。
アランとチロルは同時に身構えた。
聞こえたのだ。ぎゃあ、という人の悲鳴を、確かに。
感じたのだ。はっきりとしたモンスターの気配を。
様子を見に行くか。
それとも危険を避けるか。
アランは銅の剣を抜き放った姿勢のまま、その場で様子をうかがった。
「ぐるる」
チロルが唸り出す。同時に、前方の草地ががさがさと鳴る。アランほどの背丈がある雑草の壁から、一体のモンスターが姿を現した。
日暮れの暗さに、剣の煌めきが光る。
「あ……」
アランは声を漏らした。相手もアランたちに気づいたようだ。こちらに近づいてくる。
馬ならぬスライムに騎乗した、隻腕の騎士――。
『また逢いましたね。人の子よ』
変わらず丁寧な口調で、スライムナイトは語りかけてきた。