【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
スライムナイトの言葉に従い、アランはひたすら東を目指す。
日がほぼ暮れかけたとき、ついに前方に灯りを見つけた。
勢い込んで走り出そうとした主の服をチロルが引っ張る。
「にゃあっ、にゃあっ!」
「どうしたのチロル――って、これは」
目を凝らして辺りを見回したアランは眉をしかめた。
灯りは前方にある建物からだ。その橙色の光に照らされた地面が、他の草地とは明らかに様子が違っていた。
異臭を放つ毒の沼となっていたのだ。
これではおいそれと近づくことができない。
建物の脇に梯子のようなものが立てかけられている。建物の中にいる人間と協力して梯子を落とし、毒の沼を渡る手段としているのだろう。確かに、野盗の拠点としてはうってつけだ。
この暗闇で地面と毒の沼の境が判別できない。下手をすればまともに足を突っ込んでしまうだろう。
しかし暢気に抜け道を探している暇もない。
見張りは誰もいないようだ。
アランはチロルを呼んで胸に抱き、次いで大きく息を吸い込んだ。
四の五の言っていられない。強行突破あるのみだ。
覚悟を決め、アランは一気に駆け出した。草地の地面が、突如としてどろりとした感触に変わる。直後、全身を針で刺されたような鋭い痛みが走った。うめき声をこらえる。
「なーぉ、なぉん……」
主を心配して鳴くチロルに無理矢理微笑みかけ、勢いを殺すことなく駆け抜ける。そして建物の中へ文字通り転がり込んだ。
急いで自分の両足を見る。奇妙な臭いを放つ煙が薄く立ち上っていたが、靴を溶かすほどではなかった。素足になると皮膚が薄く赤に染まっていたが、特にひどい外傷はなかった。
ホイミをかけると痛みが引いた。アランは靴をはき直し、建物の中へと進む。
出迎えたのは、巨大な地下への階段である。ラインハットの関所と比べると倍以上の幅があった。天井も高い。本当に地下にいるのかと錯覚してしまうほどだ。
地面は研磨された角石で隙間なく埋め尽くされ、広い通路の両脇には精緻な文様が刻まれた飾り柱が立っている。松明は等間隔に並び、その広さと静寂から寒々とした威厳を放っていた。
まさに地下神殿。アランは両腕をさすった。
――気配がする。
――とても、嫌な気配がする。
武器を構えようとして悩む。手は自然と使い慣れた銅の剣に向かっていたが、これまで幾度となく敵を屠ってきた剣にはすでに刃こぼれが現れ始めていた。
一方、スライムナイトから託されたチェーンクロスはまだ新品同様で、その威力は見た目からも十分想像できた。難点は、先ほど手に入れたばかりでまだ馴染んでいないことと、そもそもアランにとって鞭の類の扱いは初めてであったことだ。
悩んだ末、アランは時と場合に応じて使い分けることにした。
銅の剣は使い慣れているし、いざというときの信頼感がある。それに比べチェーンクロスの扱いは自信がないが、銅の剣では不可能な攻撃ができる。扱い方は実戦で慣れていけばいい。
目抜き通りのような石畳を進み、巨大な壁にぽっかりと開けられた半円形の通路を抜けたときである。突然、モンスターの群れが襲いかかってきた。
土器の人形『どうぐうせんし』――。
道具袋に目口が生えた『わらいぶくろ』――。
空飛ぶスライムにたくさんの足が生えた『ホイミスライム』――。
そして見るも無惨な腐臭体をした恐ろしい戦士『がいこつへい』――。
初めて見るモンスターたちの敵意を一身に浴び、アランは全身から冷や汗を出した。
同時に怪訝に思う。彼ら、必要以上に殺気立ってないだろうか?
「にゃあああおっ! ぐるるるっ!」
やれるものならやってみなさい、とばかり強気に吼えるチロルの声で我に返る。銅の剣を構えかけ、思い直した。数が多すぎる。
アランはその手にチェーンクロスを持った。じゃらららっ、と連結した鎖が音を出す。
鎖の一部を手で支えながら、アランは幼なじみの少女を脳裏に思い浮かべた。レヌール城攻略の時、いばらのムチを操っていたビアンカの姿に自らを重ね合わせる。
「チロル」
相棒に声をかけた。
「ここは今までで一番あぶない場所だ。いっしょに、乗り越えていこう」
「なお!」
「よし。じゃあ行くよっ!」
チェーンクロスを振りかざす。同時にモンスターたちも動き出した。
先端の槍が弧を描き、突撃してくるモンスターたちを横薙ぎに打ち据える。
「いっけええええっ!」
激しい戦闘が始まった。