【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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80.パパスの一喝

 

 周囲を見回し、敵モンスターが全滅したことを確認する。ようやくアランは肩の力を抜いた。

 パパスに呼ばれ、振り返る。戦士の顔付きながら、目元をわずかに緩ませた父の顔になっていた。

 

「よくぞ追いついてきた。偉いぞ、アラン」

「ごめん、遅くなっちゃって」

「構わぬ。お前が覚悟を決め、自分の足で歩いてくるまでに要した時間だ。その上無事にここまで来られたのだ、誰も文句は言わぬよ。胸を張るのだ」

 

 パパスはアランに回復魔法をかけると、まだ呪文の温もりが残る手でアランの頭を何度も撫でた。

 

「強くなったな。本当に強くなった。今日このときほど、私は親として誇りに思ったことはない。そして、お前を敢えて危険な環境に残した、この父を許して欲しい」

「お父さん……」

 

 思わず目頭が熱くなって、アランはうつむいた。腕で目元を拭い、さらにもう一度、ぐいっ、と拳で涙を払った。

 

「まだ、胸ははれないよ。ヘンリーがつかまっているんだ。助けないと。ぜったいに!」

「うむ。その言葉、お前の口から聞けて私は嬉しいぞ」

 

 パパスは後ろを振り返る。モンスターの群れと戦ったこの場所は石造りの祭壇だった。その先には奥へと続く通路がある。

 

「おそらくこの先に、ヘンリー王子が囚われている。アラン、お前が先に行くのだ」

「え、僕が先頭に?」

「私はお前の背を守ろう。後ろは父に任せ、お前はただ前を見据えて進むのだ。もうお前は私の力がなくともここのモンスターと十分に渡り合えるだけの力を持っている」

 

 父の言葉に、アランは唇を引き締めて頷いた。

 

 パパスという力強い同行者を加えたアランは、これまで以上に早足で神殿のさらなる奥を目指す。

 現れた通路を先に進むと、再びあの水路が見えてきた。水際に申し訳程度の大きさの船着き場が造られていて、そこに一(しよう)(いかだ)が係留されていた。筏があれば、水路の先まで行くことができる。

 パパスはこの水路の先が怪しいと睨んでいたようだ。

 

 慣れた手つきで係留を解き、備え付けられていた(かい)で水上を進む。流れは非常に緩やかで、粗末な筏でも十分渡ることができた。

 水上から、あの大きく開いた穴の先を目指す。

 穴をくぐると辺りは一気に暗く、湿っぽくなった。岸壁に松明が設えられて一定の明るさは保たれていたが、ただただ寒々しい。

 

「む……!」

 

 パパスが何かを見つける。目を凝らすと、薄暗闇の中にいくつもの牢が並んでいるのがわかった。急ぎ、筏を岸に付ける。

 目的の人物は、そこにいた。

 

「ヘンリー王子!」

「ヘンリー!」

 

 親子の声を聞き、牢の奥で縮こまっていたヘンリーが顔を上げる。泣いていたのか、目が赤くなっていることが乏しい灯りの中でもわかった。

 アランは牢に取り付く。水気を含んだサビが両手についた。牢のカギは頑丈で、その上ひどく複雑な作りだったため、アランのカギの技法を用いても開けることができなかった。

 

「アラン、私に任せるのだ」

 

 パパスは言うなり、鉄格子を掴む。直後、彼の体が一回り大きくなったように見えた。全身にあらん限りの力を込め、カギごと鉄格子をこじ開ける。

 

「ぬ、おおおおおおおっ!」

 

 雄叫びと同時に鉄格子が金属の悲鳴を上げて外れた。役に立たなくなったそれを放り投げ、パパスはヘンリーの元へと駆け寄る。アランも後から付いて牢の中に入る。

 

「王子!」

 

 ヘンリーは一瞬、嬉しそうに顔をほころばせたが、しかしすぐに顔を背けた。全身を恐怖と寒さで震わせながら、虫の鳴く声で彼は言った。

 

「ふん。ずいぶん助けに来るのが遅かったじゃないか。しかもお前たち二人だけで」

「申し訳ありませぬ。国家の一大事ゆえ、堅攻よりも拙速を重視しました」

「国家? 一大事? 笑わせるなよ」

 

 ヘンリーは笑みを浮かべた。その表情の痛々しさにアランは眉をしかめた。

 

「俺だって、自分がやってきたことぐらいわかっているさ。いろんな奴が俺を嫌っているってこともな。だからこうして攫われたんだ」

「王子……」

「戻ったって一緒さ。何にも変わりはしない。ずっとここで考えて、よくわかったよ。自分の立場ってヤツが。王位は弟のデールが継ぐ。その方が国にとっても、みんなにとってもいい。俺はいないほうがいいんだ」

 

 誰とも目を合わさないヘンリー。我慢しきれなくなってアランが口を開こうとした、そのとき――。

 

 パパスの手が、鋭くヘンリーの頬をはたいた。

 

「なっ……! パパス、きさま!」

「いい加減にしないか、王子! あなたは、お父上のお気持ちを考えたことがあるのか!?」

 

 一喝。ヘンリーは押し黙った。唇を噛んでいる。瞳が再び充血し、目尻に涙が溢れてきた。両手でヘンリーの頬をはさみ、パパスは一語一語、噛んで含めるように言った。

 

「あなたは、決していらない子ではない。あなたの父上は、あなたをとても大事に思っている。アランも、そして私もそうだ。だからこそ今、ここにいる」

「…………」

「今はまだわからぬやもしれぬ。だが生きよ。あなたはまだ、いくらでも、何度でも希望を持ってよいのだ。決して、いなくなってよい命ではない!」

 

 静寂が降りた。

 やがてすすり泣きを始めたヘンリーの前からパパスは下がる。

 

「アラン。王子を頼む」

「はい」

 

 ヘンリーの手を取り、パパスとともに牢を出る。

 その直後、通路の奥からモンスターが現れた。一体、二体……さらに増えていく。「気づかれたか」とパパスはつぶやき、剣を抜き放った。

 

「行け、アラン。王子を連れて逃げるのだ。ここは私が食い止める!」

「お父さん!」

「パパス!」

「私は大丈夫だ。さあ、早く行け!」

 

 震えだしたヘンリーの肩を強く抱き、アランはぎゅっと目をつぶった。大きく深呼吸をして、覚悟を決める。

 覚束ない足取りのヘンリーを半ば抱えるようにして、アランは筏に飛び乗った。次第に小さくなる父の姿を横目で捉えながら、アランは必死に櫂を操り、その場を脱出した。

 

 

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