【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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81.脱出に向けて

 

 チロルに索敵を任せ、アランは懸命に櫂を漕ぐ。水路はどこかで外に繋がっているかもしれない。とにかく行けるところまで行くつもりだった。

 筏の中央で、ヘンリーが膝を抱えている。城での振る舞いからは想像もできないような、落ち込んだ様子だった。

 

「なあ、アラン」

 

 ぼそりと彼がつぶやく。

 

「パパスは、お前の父上は、大丈夫だろうか」

 

 アランは無言のまま体を動かす。ヘンリーが振り向いた。

 

「あれだけの数のモンスターをひとりで相手しているんだ。いくらパパスが強くても」

「僕はお父さんを信じる」

 

 荒い息の中でそれだけを伝えると、ヘンリーは口をつぐんだ。彼は皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「いいよな、お前たちって。本当の親子って感じでさ。俺なんか父上が心配してくれていたのに、いつもつっぱって、迷惑ばっかりかけて。本当はわかっていたんだ。デールが王になりたくないって思っていること。それですごく苦しんでいること。だけど、俺はそれが気に入らなくて、『俺がこんなに嫌われているのに、それで王になれるのに、何でそんなに苦しがっているんだ』って……はは、駄目だ。自分でも意味がわかんね」

「お父さん、言ってたじゃない」

「え?」

「君はまだいくらでも、何度でも希望を持っていいんだ、って。お城に帰って、またやり直せばいいよ。そのために今は逃げなきゃ。僕が君を城まで届ける。だから、そのあと頑張ろう」

 

 再びヘンリーの瞳に涙が浮かび始める。彼は埃で汚れた裾で涙を拭うと立ち上がった。アランの傍らに立ち、櫂に手を添える。

 

「俺も手伝う。父上に連れられて舟に乗ったことがあるんだ。櫂の扱い方もそのとき習った。自慢じゃないが、なかなかの腕だって褒められたことがあるんだぜ?」

 

 いつもの調子を取り戻してヘンリーが笑う。

 アランもうなずいて一緒に櫂を漕ぐ。二人分の力で、筏はさらに速度を上げた。

 

 モンスターの襲撃もなく順調に進んでいたアランたちだが、ふと、その手が止まる。

 

「行き止まりかよ」

 

 ヘンリーが呻く。

 目の前には岸壁が立ちはだかり、水路はそこで途切れていた。よく見ると水中に大きな穴が開いていて、水はそこから流れ出ているようだった。

 

「どうする? まさか潜って進むなんて言わないよな。俺、泳ぐのは苦手なんだけど」

「ヘンリー、あっち」

 

 アランが指差す先に小さな桟橋があった。神殿内部へ続く通路も見えた。

 ヘンリーと協力し、何とか筏の方向を変え桟橋に横付けする。

 地面に降り立った瞬間、アランは全身を硬直させた。

 

「お、おい。どうしたんだアラン」

 

 ヘンリーが狼狽えた声でたずねる。

 アランは無意識の内に武器を構えていた。右手はチェーンクロス、左手は銅の剣を。

 チロルも足元で声なく全身の毛を逆立てている。立てられた爪が石畳の地面を削った。

 ただならぬ雰囲気にヘンリーが息を呑む。アランは言った。

 

「ヘンリー、気をつけて。とても嫌な気配がする」

「モンスターか?」

「たぶん。でも、今までと全然違う。もの凄く大きくて、冷たくて、嫌な気配……」

 

 まだ相手の姿も見ていないというのに、体から勝手に冷や汗が吹き出す。

 するとヘンリーが肩を叩いてきた。

 

「そんなにやばい相手なら、さっさと逃げてしまおうぜ。だいじょうぶ、俺は逃げ足には自信があるんだ」

「ヘンリー……」

「いざとなったら、俺がおとりになる。お前はその間に逃げればいい」

 

 真剣な表情になったヘンリーにアランは首を振る。

 

「そんなことできないよ」

「もしものときだって。さ、行こうぜ。どのみちこのままじゃ外に出られないんだ」

 

 周囲を警戒しながら通路を進む。アランはこの場所に見覚えがあった。幸運なことに、出入り口のすぐ近くである。

 このまま真っ直ぐ走れば、外に出られるはず――アランとヘンリーはうなずき合い、一気に駆け出した。精緻な文様が刻まれた飾り柱が等間隔に立つ、あの広大な通路広間に出る。出口はもうすぐだった。

 

 だが。

 通路に出て十歩も進まないうちに、二人の足は止まってしまう。

 アランもヘンリーも、そしてチロルまでも、通路の先を見据えたまま硬直する。

 視線の先には――。

 

「ほっほっほ。ここから逃げ出そうなんて、いけない子たちですね」

 

 全身を血赤のローブで覆う長身のモンスターが、巨大な鎌を持って、アランたちを待ち受けていた。

 

 

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