【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
チロルに索敵を任せ、アランは懸命に櫂を漕ぐ。水路はどこかで外に繋がっているかもしれない。とにかく行けるところまで行くつもりだった。
筏の中央で、ヘンリーが膝を抱えている。城での振る舞いからは想像もできないような、落ち込んだ様子だった。
「なあ、アラン」
ぼそりと彼がつぶやく。
「パパスは、お前の父上は、大丈夫だろうか」
アランは無言のまま体を動かす。ヘンリーが振り向いた。
「あれだけの数のモンスターをひとりで相手しているんだ。いくらパパスが強くても」
「僕はお父さんを信じる」
荒い息の中でそれだけを伝えると、ヘンリーは口をつぐんだ。彼は皮肉げな笑みを浮かべた。
「いいよな、お前たちって。本当の親子って感じでさ。俺なんか父上が心配してくれていたのに、いつもつっぱって、迷惑ばっかりかけて。本当はわかっていたんだ。デールが王になりたくないって思っていること。それですごく苦しんでいること。だけど、俺はそれが気に入らなくて、『俺がこんなに嫌われているのに、それで王になれるのに、何でそんなに苦しがっているんだ』って……はは、駄目だ。自分でも意味がわかんね」
「お父さん、言ってたじゃない」
「え?」
「君はまだいくらでも、何度でも希望を持っていいんだ、って。お城に帰って、またやり直せばいいよ。そのために今は逃げなきゃ。僕が君を城まで届ける。だから、そのあと頑張ろう」
再びヘンリーの瞳に涙が浮かび始める。彼は埃で汚れた裾で涙を拭うと立ち上がった。アランの傍らに立ち、櫂に手を添える。
「俺も手伝う。父上に連れられて舟に乗ったことがあるんだ。櫂の扱い方もそのとき習った。自慢じゃないが、なかなかの腕だって褒められたことがあるんだぜ?」
いつもの調子を取り戻してヘンリーが笑う。
アランもうなずいて一緒に櫂を漕ぐ。二人分の力で、筏はさらに速度を上げた。
モンスターの襲撃もなく順調に進んでいたアランたちだが、ふと、その手が止まる。
「行き止まりかよ」
ヘンリーが呻く。
目の前には岸壁が立ちはだかり、水路はそこで途切れていた。よく見ると水中に大きな穴が開いていて、水はそこから流れ出ているようだった。
「どうする? まさか潜って進むなんて言わないよな。俺、泳ぐのは苦手なんだけど」
「ヘンリー、あっち」
アランが指差す先に小さな桟橋があった。神殿内部へ続く通路も見えた。
ヘンリーと協力し、何とか筏の方向を変え桟橋に横付けする。
地面に降り立った瞬間、アランは全身を硬直させた。
「お、おい。どうしたんだアラン」
ヘンリーが狼狽えた声でたずねる。
アランは無意識の内に武器を構えていた。右手はチェーンクロス、左手は銅の剣を。
チロルも足元で声なく全身の毛を逆立てている。立てられた爪が石畳の地面を削った。
ただならぬ雰囲気にヘンリーが息を呑む。アランは言った。
「ヘンリー、気をつけて。とても嫌な気配がする」
「モンスターか?」
「たぶん。でも、今までと全然違う。もの凄く大きくて、冷たくて、嫌な気配……」
まだ相手の姿も見ていないというのに、体から勝手に冷や汗が吹き出す。
するとヘンリーが肩を叩いてきた。
「そんなにやばい相手なら、さっさと逃げてしまおうぜ。だいじょうぶ、俺は逃げ足には自信があるんだ」
「ヘンリー……」
「いざとなったら、俺がおとりになる。お前はその間に逃げればいい」
真剣な表情になったヘンリーにアランは首を振る。
「そんなことできないよ」
「もしものときだって。さ、行こうぜ。どのみちこのままじゃ外に出られないんだ」
周囲を警戒しながら通路を進む。アランはこの場所に見覚えがあった。幸運なことに、出入り口のすぐ近くである。
このまま真っ直ぐ走れば、外に出られるはず――アランとヘンリーはうなずき合い、一気に駆け出した。精緻な文様が刻まれた飾り柱が等間隔に立つ、あの広大な通路広間に出る。出口はもうすぐだった。
だが。
通路に出て十歩も進まないうちに、二人の足は止まってしまう。
アランもヘンリーも、そしてチロルまでも、通路の先を見据えたまま硬直する。
視線の先には――。
「ほっほっほ。ここから逃げ出そうなんて、いけない子たちですね」
全身を血赤のローブで覆う長身のモンスターが、巨大な鎌を持って、アランたちを待ち受けていた。