【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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85.空の監獄

 

 階段を上りきると強い日差しが目を刺した。吹き抜ける風が頬をかすめていく。

 周囲は白く美しい柱が何本も建ち並び、作りかけの外壁が至るところで奇妙な彫像のような姿を見せている。

 ここは大神殿の中でもっとも広い拝殿部分になるということだった。

 行き交う奴隷の数も多い。

 アランは髭男の分まで作業を手早く終わらせると、水飲み休憩のふりをしながら辺りを探した。建設途中の外壁を飛び越え、外縁の回廊部分に出る。

 

 そこに、彼はいた。

 

 壁に背を預け、ぼんやりと景色を眺めているヘンリーの姿があった。

 アランと共にここへ連れてこられた彼も、相応に逞しい青年へと成長していた。アランより線は細いが、引き締まった体をしている。子どもの頃は鮮やかな明緑だった髪は、日に焼かれ埃にまみれて少しくすんでいた。周囲を威嚇するばかりだった瞳は、今は諧謔味のある大人の輝きを持つようになっていた。

 とはいえ、彼の明るさが根本から変わってしまったわけではない。

 

「ヘンリー」

 

 声を掛けると、彼は一瞬体を緊張させ、次いで大きく息を吐いた。

 

「なんだ、アランかよ。あのデブかと思ってびっくりしたぜ」

「ごめん。でも気配でわかるかと思った」

「俺ぁ、お前ほど鋭くないの」

 

 そう言ってヘンリーは口を尖らせる。だがアランから見れば、ヘンリーの力は幾度も実戦を重ねてきた戦士と同等まで鍛えられていた。

 ひとえに、この特殊な環境のためである。

 

「で、どうした? 真面目なお前が鍛錬兼ねたお仕事をサボるなんて、らしくないぜ? それともあれか。……また、脱走の話かい?」

 

 最後は声を潜めてつぶやくヘンリー。アランは苦笑して首を横に振った。

 

 事実、この二人はこれまで幾度も脱走を試みている。最初こそ明らかに体格の違う追っ手に簡単に捕まり、きつい鞭の刑に処せられてきた。だがそれでも諦めず手を変え品を変え、時にはたった二人で追っ手と戦闘まで行ったのだ。温室育ちのヘンリーがここまで逞しくなったのは、その積み重ねの賜物だった。

 本来ならこのような反抗的な態度を取れば、独房に一生閉じ込められるか、さもなくば殺されるかされるところだが、働けば人並み以上の力を見せる二人を切り捨てることはできないようで、半ば放し飼いのようになっている。

 無論、神殿の外へ向かう道の監視は厳しくなる一方ではあったが。

 

 ――十年。脱走と捕縛を繰り返してきてわかったことがひとつ。

 ここからの脱出は、『ほぼ不可能』と言えるほど容易ならざるものだということだ。

 脱走する際の準備物の問題もあるし、監視が非常に厳しいということもある。だが何よりの最大の問題は、地理だった。

 

 ヘンリーの隣に腰掛け、アランも外の景色を眺める。

 広大な空と海が広がっていた。どこまでも、どこまでも。

 風は強く、冷たい。空気は乾燥し、降り注ぐ陽光は文字通り肌を焼く。

 

 ――この大神殿は、凄まじく標高の高い山の頂上に造られているのだ。しかも下山する道はほぼないに等しい。

 この場所自体が、巨大な監獄になっているのだ。

 こうして広く澄み渡った世界を見ていると、心がざわめいてくるのを止められない。

 

「お前の父上には、本当に申し訳なかったと思っている」

 

 ふと、ヘンリーが言った。振り返ると、真剣な眼差しで彼がこちらを見ていた。

 

「本当はお前、パパス殿の言葉を信じて母親を探す旅に出たいんじゃないか? 俺があんな目に遭わなければ、今頃お前はこの広い世界のどこかを歩いていたはずさ」

「やめろよ、ヘンリー」

「悪い。この景色見てると、つい感傷的になっちまって。あーあ、しかしお前はいいよなあ。生きる希望があって。俺なんかここを脱走したからって行く当てがないものな。ラインハットじゃ今頃デールの奴が王様になっているだろうし」

「そのときは僕と一緒に来なよ。ヘンリーが一緒なら心強い」

「そうか? んじゃ、そんときは世話になるわ」

 

 笑い合う。この十年でヘンリーの人柄はかなり丸くなっていた。

 今の彼なら、王として名乗りを上げても何ら遜色ないのにな、とアランは思う。

 

「こらっ! お前ら、またさぼっているな! 働け!」

「おっとやべ。見つかっちまった。じゃなアラン! お互いのんびりやろうぜ」

「うん」

 

 親友の背中を見送る。そこへ奴隷監視人が声をかけてきた。

 

「まったくお前たちは、いつもいつも我らを困らせる」

「すみません」

 

 アランは素直に謝った。奴隷監視人は見知った男だった。意味もなく尊大で乱暴な奴隷監視人の中にあって、彼は人並み以上の度量と誠実さを持っていた。

 

「休憩をするなとは言わないが、あまり目立つな。他の奴隷たちまで反抗的になれば、こちらとしても対応を変えねばならんからな」

 

 ふと、彼がため息をつく。

 

「どうかしたんですか?」

「……いや。なあお前、生きていくのがつらいか?」

 

 らしからぬ質問にアランは眉をひそめる。だが監視人の男は首を振った。辺りを見回し、声を潜める。

 

「奴隷の命は短い。体力の限界以上に、心の限界が来るからだ。それがやはり心配でな」

「心配? 誰の?」

「……私の妹がな、ここで仕事をすることになった。奴隷としてだ」

 

 さらに深いため息が漏れる。

 

「マリアという。お前たちと同年代だ。もし姿を見かけることがあれば、気にかけてやってくれ。お前たちと一緒なら、あいつも長生きするかもしれん」

 

 アランが何か答えるより早く、彼は「頼んだぞ」と言い残してその場を後にした。

 まるで許されない罪を犯してしまったかのように。

 

 

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