【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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92.脱出

 

 マリアもどうやら寝入ったようだ。時折うわごとのようにアラン、ヘンリー、そしてヨシュアの名をつぶやく姿が胸に痛い。

 僕も少し休むか――そう思い、アランが目を閉じたときである。

 樽の底に当てていた耳が異音を拾った。それから間もなく、樽が傾く。ヘンリーの眠る方を下に、アランがいる方を上に――。

 

「きゃっ!」

「うお!? マ、マリア!? どうした!?」

 

 転がり込んできたマリアの体を受け止め、ヘンリーは素っ頓狂な声を上げた。アランは両腕を突っ張り、踏みとどまる。警告の声を出した。

 

「ヘンリー、そのままマリアを抱きかかえて!」

「アラン!?」

「恐れていたことが起きた。急流だ!」

 

 そう言った直後、ふわり――と三人の体が軽くなった。足が、床から離れる。

 

「き――」

 

 濁流の音がはっきりと耳に聞こえてきた。

 

「きゃああああああっ!」

 

 マリアの悲鳴と同時に、樽は凄まじい速度で落下していった。周囲が見えない分、その恐怖はどこまでも増幅されていく。

 マリアを腕の中に庇いながら、ヘンリーが必死に身を固めている。

 

 おそらく滝だ。それもかなり巨大な滝――歯を食いしばりながらアランは額に汗を滲ませた。このまま水面に叩き付けられれば、いかに丈夫な樽と言ってもどうなるかわからない。

 もし、運悪く岩場に激突したら――結果は火を見るより明らかだろう。

 

「一か八か……!」

 

 眦を決したアランは大きく息を吸い込んだ。集中力を引き上げ、樽に当てた掌から呪文の力を放出していく。

 

「――、スカラ!」

 

 防御力強化の呪文。本来は魔物の牙から仲間を守るためのそれを、木組みの樽に向けて使う。表面を呪文の輝きが覆う姿を想像しながら、アランはありったけの精神力をつぎ込んだ。

 かすかに流れ込んでくる空気で、漠然と察する。

 

「……来る!」

 

 直後、凄まじい衝撃が三人を襲った。

 

 

 

「マリア、大丈夫か?」

「は、はい。ヘンリーさんこそ、大丈夫ですか?」

「俺は平気だ、このくらい。……あたた」

 

 どうやら体を打ち付けたらしい。やせ我慢をするヘンリーにマリアが布を当てた。

 

 暗闇に慣れた目で、アランは辺りを見回す。ヨシュアが綺麗に整頓して積んでくれていた荷物は、無惨に散らかっていた。水を入れた容器の一部は壊れ、中身が漏れ出ている。

 

「アランさん、お怪我は? ああ、すごい汗」

 

 マリアが側に寄り、額の汗を拭ってきた。礼を言おうとしたが、疲労のためか口がうまく動かなかった。

 しかしとりあえず、無事だ。

 樽も何とか耐えきってくれたようだ。

 

 樽は、大きく、ゆったりとした揺れ方に変わっていた。この感覚には覚えがあった。幼い頃、父に連れられサンタローズへの帰還の途中に乗船した、あの大きな船。

 

「ちょっと外を見てくる」

 

 ヘンリーも同じことを考えたのか、立ち上がって樽の蓋に手をかけた。蓋は樽の側面に取り付けられていて、感覚的には天井を開けるようなものだ。

 蓋を開けると、潮の香りが一気に流れ込んでくる。陽光が差さないところを見ると、今は夜らしい。

 マリアに支えられ、アランも樽の外を見た。

 

 ざざん……ざざん……。

 

 どこか懐かしい潮騒の音がした。

 緩やかにうねる水は樽の表面を柔らかに撫で、空は星と月で彩られている。

 ここは――海だ。

 月光に照らされ、巨大な陰が見える。やや離れたところに、雲をも貫く巨大な山がそびえていた。

 アランも、ヘンリーも、自然と目を瞑り天を向き、波が奏でる音に聞き入った。

 

「……やったな」

「うん。出られたんだ、僕たち。あの空の牢獄から」

 

 目を開け顔を見合わせた二人は、次の瞬間勢い良く互いの手を打ち鳴らした。抱き合う。喜びを爆発させる二人の様子を、マリアは慈愛の微笑みで見つめていた。

 

 その視線が、ふとアランたちから逸れる。

 

「あら……?」

 

 外の景色を見渡した彼女は、怪訝の声を上げた。アランたちの裾を引く。

 

「アランさん、ヘンリーさん。あれは」

 

 マリアが指差した先。

 月の光を落とし込んだかのような大きな円形の輝きが、海面に広がっていた。アランもヘンリーも眉をしかめてその光を凝視する。

 光はゆっくりとこちらに近づいてきていた。

 

「おいおいおい」

 

 ヘンリーが声を出す。勘弁してくれという気持ちが滲み出ていた。アランもまた、その光の正体に気づいた。

 それは魔物の群れが発している光だったのだ。

 十、二十、いやもっとたくさん、下手をすれば百を越える魔物が潮の流れに逆らいこちらに向かってきていた。

 ヘンリーが耳打ちしてくる。

 

「やばいぜアラン。こっちには武器らしい武器がない。櫂もないし、泳いで逃げるわけにもいかねえ。どうする?」

「このまま様子を見よう」

「お、おい!?」

「彼らから敵意を感じない。とにかくじっとしていよう」

 

 真剣な表情でアランは言う。魔物と聞いて怯えた表情を浮かべたマリアは、恐る恐るヘンリーにたずねる。

 

「あの、だいじょうぶ、なんでしょうか?」

「仕方ない。アランがああ言っているんだ。ここは信じて待ちの一手だろうな」

「あ、はい」

 

 あまりにあっさりヘンリーが納得するのでマリアは拍子抜けしたようにつぶやいた。口元を引き上げ、にやりと笑った顔でヘンリーは言う。

 

「大丈夫さマリア。アランはこういうことにかけちゃ百戦錬磨だ。こいつが『敵意がない』と言ったのなら、本当に相手は襲ってこないんだろうよ」

「わかりました。私もアランさんを信じます」

 

 拳を握りしめるマリア。アランは苦笑した。

 

 モンスターの群れに視線を戻す。すでに彼らは樽まで到達していた。あっと言う間に周りを囲まれる。

 一体一体は小さな体だ。かつて地下神殿で見たホイミスライムの体を白く、半透明にしたような姿。それだけ見れば愛嬌のある目口がアランたちを見つめていた。

『しびれくらげ』――それがこの魔物たちの正体であった。

 

 

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