【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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93.しびれくらげの群れ

 

 笛を吹き鳴らすような音が聞こえてきた。

 しびれくらげは自らの触手を『バンザイ』をする格好で振り上げる。海面を埋め尽くした彼らが一斉に同じ動作をするのは、見ていて壮観であった。

 

「何て言ってるんだ?」

 

 ヘンリーの問いかけにアランは首を振る。アランとて、魔物の言葉を完全に理解できるわけではない。ただ何となく、彼らの言おうとしていることが掴めるだけだ。

 しびれくらげたちの声にじっと耳を澄ませる。すると隣でヘンリーとマリアが焦りだした。

 

「うお、登って来やがった。マリア、取り敢えず中で隠れてろ」

「は、はい!」

 

 慌てふためく連れ二人を尻目に、アランはしびらくれげを凝視し続けた。彼らの声が、次第に何かを訴えかけてきているように感じられてきたのだ。

 

「……助け?」

「この、このっ。いくら何でも中は駄目だっつの。……あんだって、アラン?」

「この子たち、助けを求めているみたいだ」

 

 辺りを見回す。同じような三角頭が並ぶ中、ひとつだけ海面に力なく漂っている個体を見つけた。よく見れば右目の辺りをざっくりと裂かれ、触手も何本か千切れている。

 傷を受けた同胞にアランが気づいたと知ったのか、しびれくらげは協力してその傷ついた同胞を運ぶ。樽の傍らまで運ばれてきたとき、初めてそのしびれくらげに動きがあった。

 残った触手を力なく振る。「自分に触るな」と言っているように見えた。

 

「この子を助けて欲しいのかい?」

 

 返事の代わりに、笛の鳴き声が高くなる。周囲のしびれくらげの態度を見ていると、どうやら彼はこの集団のリーダー的存在らしい。

 アランは眦を決した。

 

「じっとしてて」

 

 身を乗り出し、その個体に掌をかざす。呪文を唱えた。その途端、個体が暴れ出す。戸惑う他のしびれくらげたち。アランは一喝した。

 

「他の皆が心配しているんだぞ。大人しくしているんだ」

 

 リーダーから鳴き声がした。抗議をしているようにも見える。アランは声の調子を落ち着かせた。

 

「僕は君を癒すだけだ。大丈夫、それ以上は何もしない。約束するよ」

 

 しばらく、見つめ合う。

 アランはゆっくりと呪文の続きを唱えた。

 

「――、ベホイミ」

 

 呪文の光がしびれくらげを覆う。しばらく身もだえしていたしびれくらげの身体から傷がゆっくりと消えていった。触手の何本かが再生していく。

 

 傷の癒え具合をみたアランは、呪文のためにかざした手でしびれくらげの身体をそっと撫でた。水が弾力を持ったようなひんやりとした感覚が掌に広がる。

 アランを一瞥したしびれくらげは、さっと彼の手から離れた。群れの真ん中まで移動し、こちらの様子をうかがう。他のしびれくらげたちは、困ったようにアランを見た。

 

「もう大丈夫だよ。さ、彼と一緒にお行き。僕たちは陸地を目指さないといけないんだ。人里まで移動するから、ここでお別れだ」

 

 なぜか、彼らは離れない。

 あのリーダー格のしびれくらげが、一際高い鳴き声を上げ触手を振り上げた。彼らの身体が一斉に発光を始め、まるで太陽に下から照らされたようになる。

 

 そのとき。

 

「あ、あの! 何が起こったのでしょうか!? 樽が、樽が進み始めました!」

 

 隠れていたマリアが狼狽えた声を上げる。ヘンリーはつぶやいた。

 

「アランよ、これはやっぱり」

「彼らなりのお礼、なんだろうね」

 

 微笑む。

 リーダーのかけ声のもと、何匹ものしびれくらげが集まり、アランたちの乗った樽を動かしていた。まるでどこかへと導くように。

 念のためと、ヘンリーが尋ねる。

 

「大丈夫だよな? こいつらに任せて」

「うん。僕はそう思う。さ、ここは彼らの厚意に甘えて、僕たちは休ませてもらおうよ」

 

 言うなりアランは樽の中に引っ込んだ。正直、スカラの連続使用と今の回復呪文で、身体と精神は思った以上に疲労していたのだ。

 横になるなり早々に寝息を立て始めたアランに、ヘンリーもマリアも目を丸くした。そして互いに顔を見合わせ、呆れたように、あるいは心底感心したように笑うのだった。

 

 しびれくらげの群れは潮流に乗り、予想以上の速さで進む。意外と細やかな神経の持ち主なのか、樽の中で感じる揺れはとても穏やかだった。

 しびれくらげたちの笛の音に似た鳴き声が、心地良く耳に響く。アランは久方ぶりに熟睡した。全身が溶けるような心持ちで、深い深い眠りに入る。

 

 ――夢の中で、パパスの姿を見た。そしてまだ見ぬ母の姿も。

 大丈夫。僕はやるよ。きっと父さんたちの願いを成し遂げてみせるから……。

 そう強く念じると、パパスたちは大きく頷いてくれた。

 

 しびれくらげたちと別れたのは次の日の夜のことだった。夜通し自分たちを運んでくれた彼らに感謝をしながら、アランたちは樽での旅を続ける。

 上手い具合に潮流に乗せてくれたのか、樽の進む速度は快調そのものだった。

 

 ――そして、四日後。

 アランたちを乗せた樽はついに陸地へと辿り着き、その役目を終えた。

 

 

 アラン、ヘンリー、マリアは天空の監獄からの脱出に無事、成功したのである。

 

 

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