【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
その後、アランは遅めの昼食を摂った。
厨房にはマリアも立ったらしい。出された料理は質素ながら懐かしい味がして、アランは満足の息を吐いた。
涙まで、出てきた。
アランはマリアたちに涙を見せまいと、天井を向いて「おいしい」と言った。
食事が終わり、もうしばらく休むようにと言われたが、アランはやんわりと断った。
「ちょっと外の空気を吸ってきます」
そう言って、修道院の庭に出る。
降り注ぐ陽光。とても天気が良い。ここに吹く海風は柔らかいから、ただ歩くだけでも心が洗われる。サンタローズで春を迎えたときのように、全身が安らぎに包まれる。
――ああ。外の世界はこんなにも素晴らしい。
目を細め、修道院の庭から水平線を臨んだ。潮騒の音がささやかに、規則正しく耳を打つ。一度息を吸う度に、心と身体に活力が湧いてくるように思えた。
「うん。もう大丈夫」
つぶやく。アランの意志は固まった。
この修道院はとても居心地が良い。優しく、穏やかで、涙が出るほどあたたかだ。
だからこそ、アランは一歩を踏み出さなければならない。あの老シスターが教えてくれたように、この先の道はアラン自身が決め、アラン自身の足で歩き出さなければならない。
アランの求めるものは、この広い世界のどこかにあるのだから。
ふと、名前を呼ばれる。
振り返ると、近くの木柵の上にヘンリーが腰掛けていた。相変わらず継ぎ接ぎの多い奴隷服姿だったが、綺麗に洗濯されていくぶん小綺麗になっていた。
爽やかな笑顔が光る。
「よっ。もう具合はいいのか?」
「ああ。心配かけてごめん」
「謝るなって。俺の方が樽の中じゃ役立たずだったんだから。謝るのは俺だっつーの」
軽い口調で言う。ヘンリーらしい嫌みのない言葉だった。
軽い身のこなしで柵から降りる。アランの前まで来た。
「さて、と。そろそろ出るのか」
「うん。でもヘンリー。君はやっぱり」
「ああ、言うな言うな。どうせマリアから話を聞いたんだろ。彼女の言った通りだよ。俺はお前の手助けがしたい。マリアを迎えに行くのはそれからだ」
「また格好つけて」
「な、何だよ。悪いかよ」
言葉を詰まらせるヘンリーにアランは苦笑し、首を横に振った。
「ありがとう。君がいれば心強い」
二人で拳を軽く当てる。親愛の証だった。
「じゃあさっさと出発するか。必要なもんは揃えておいたから、取ってくるわ。ついでに世話になった皆にも声をかけてくる」
そう言うとヘンリーは修道院に走った。
しばらくして、シスターたちが出てくる。
「行かれるのですね」
この修道院の院長を務める女性が静かに告げた。アランはうなずく。
「大変、お世話になりました」
「迷える子羊に救いの手を差し伸べるのは当然のこと。ですが、あなたは自ら光り輝く力を持っている。この先、幾多の困難が待ち受けているでしょう。旅に疲れたときはいつでもここを訪れなさい」
「はい。ありがとうございます」
「うぅー。おにいちゃん、もう行っちゃうの? せっかく遊んでもらえると思ったのに!」
シスターの隣で小さな女の子が頬を膨らませた。アランに服を用立ててくれたあの女性の娘である。アランは苦笑した。
「ごめんね。でも、きっとまた一緒に遊ぼう。ね?」
「きっとだよ。約束だよ?」
アランはうなずいた。女の子はにぱっと笑った。
住人からの激励を受け終わると、最後にマリアがアランとヘンリーの前に進み出た。
その細く美しい手で、二人の手を包む。
「お二人とも。どうかお気を付けて。ご無事をずっと祈っております」
「ありがとう、マリア」
「マリアのお祈りがあれば、そうそう死にはしないさ。俺が保証する」
ヘンリーの軽口にマリアは笑った。
今、彼女の表情からぎこちなさは消え、その微笑みからは彼女が本来持っている深い慈愛の心が溢れていた。
「アランさん、ヘンリーさん。これを。兄が持たせてくれたお金です。私が持っていても仕方ありません。どうか、お二人で役立ててください」
袋を受け取る。ずっしりと重かった。これならば当面、金銭面で困ることはないだろう。アランは再び礼を言った。
ふと、ヘンリーが彼女の手を握る。
「マリア」
「はい」
「待っててくれ。必ず、君を迎えに来る」
「……はい」
小さな声ながらも、はっきりとうなずくマリア。アランは微笑み、親友たちから少しだけ距離を取った。シスターたちに向き直る。
「では、そろそろ行きます」
「ええ」
「ここから北に向かえば、オラクルベリーという大きな街に出ます。とても賑やかなところと聞いています。まずはそこを目指されるのが良いでしょう」
シスターの一人が助言してくれた。人捜しをするアランにとってはとても有り難い情報だった。
マリアと言葉を交わし終えたヘンリーが声をかける。
リュックを肩にかけ、アランは修道院の人々に深く頭を下げた。
「ありがとうございました。僕たちは行きます。皆さんのことは決して忘れません」
「あなたたちの行く道に、神のご加護がありますように」
修道院長が静かに祈りの言葉を捧げた。
いつまでも手を振ってくれる彼女らを背に、アランとヘンリーは広大な大地へと歩き出した。