【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
太陽を頼りに、北へ向かう。
整備された街道はないが、周囲は背丈の低い草原地帯だ。徒歩の移動はさして苦にならなかった。
「くぅーあああぁっ!」
ヘンリーが大きく背伸びをする。
「やっぱいいよなぁ、外の世界は! 奴隷だった頃はこんなに気持ちいいものだとは全然気づかなかったぜ」
「うん。そうだね」
アランはうなずく。父もこのような道なき道を旅していたのだろうかと、ふと思った。
「確かオラクルベリーって言ってたよな、次の目的地。そんな街がこの辺りにあったんだなあ。昔はそんなでかい街なんてなかったろ、この辺さ」
「あれ、知ってるのヘンリー? この近辺の地理」
「あ? お前知らなかったの?」
唖然とした表情で聞き返される。アランは首を横に振った。
「ここはラインハットからまっすぐ南に降りたところで、お前の故郷からもそう離れちゃいないんだぜ」
「ええっ!?」
「これを見ろよ」
ヘンリーは背嚢から一枚の羊皮紙を取り出した。真新しい世界地図である。修道院を訪れた有名な商人から寄贈されたものを、シスターが厚意で譲ってくれたのだ。
太字で書かれた『ラインハット』という文字から、ヘンリーは指を滑らせる。
「この辺りだ、今俺たちのいるところ。ほれ、ここに大きな橋が描かれるだろ。たぶん、この十年で新しくできたやつだ。城にいたころ俺もよく地図を読んで遊んでたけど、この辺りにオラクルベリーって街があるなんて聞いたことがなかった。橋ができて、人が新しく流れてきたんだろうよ」
「はぁ……」
「おいおい、しっかりしろよ。地図の読解なんて旅人の常識だろ」
呆れたように言われ、アランは気まずげにうなずいた。確かに後先考えずに出てきた感はある。ヘンリーがいてくれて本当に助かった。
「何か、十年前と立場が逆になっちゃったなあ」
「ばっか」
丸めた羊皮紙で頭を小突かれる。
二人は歩き続けた。とにかく陽のある内に街まで出たい。
しばらくすると草原地帯に街の外壁が見え始めた。正門から伸びる街道を見ても、ラインハットほどではないにしても、かなりの大きさがある。
「こりゃ期待できそうだな」
ヘンリーの言葉にうなずき、アランはオラクルベリーの街へと急いだ。
凶悪なモンスターの姿はなく、ここまでは驚くほど平穏な旅路ではあったが、気は抜けない。何せ今は、二人ともほとんど丸腰の状態なのだ。修道院には服や食料、あとは簡易のテントの備えはあったものの、当然ながら武器防具の類はなかった。
オラクルベリーに辿り着くと、そこは修道院とはまた違った煌びやかな世界だった。目抜き通りは人でごった返し、道の両脇には商店が並ぶ。
ただラインハットと異なるのはその『中身』だった。
日中から酒をあおって上機嫌な人もいれば、まるで親を亡くしたように深く落ち込んでいる人もいる。男性の姿が目立っていた。どちらかというと身なりの良い人間が多く目に付く。
店にも特徴がある。日用品の類はほとんど売られていない。あるのは貴金属とか、重厚な武具とか、そういった値が張りそうなものばかりだった。
洒落た酒場のすぐ近くには『銀行』なるものまであった。主に金を預けるところだとヘンリーが教えてくれた。もちろんアランは初めて目にする。
「ははーん」
目抜き通りの様子を見て、ヘンリーが何かに気付いた。
「おいアランよ。ここがどういう街なのかわかったぜ」
「ほんと?」
「おう。ずばり、カジノの街だ!」
カジノ、と首を傾げる。ヘンリーは正面の大きな建物を指差した。
「ほら、あの建物。まだ陽も落ちてないってのにぴっかぴかに光ってるだろ。あれがカジノ場だよ。正面にそう書いてある」
「だからヘンリー、カジノって何さ」
「知らねえの? ……って、そりゃそうか。あのパパス殿がカジノにうつつを抜かすなんて、あり得ないからな。いいかアラン、カジノってのは簡単に言えば『遊ぶ場所』だ。金を積んで、いろんなゲームをして楽しむ。そんでもって運が良けりゃあ一発当たって大儲けができるって寸法だ」
「運が悪かったら?」
「そりゃもう、悲しいくらいにすっからかんになるさ。ここで肩を落としている連中は、みーんなカジノで負けた人間だろうぜ。きっと」
今ひとつ納得出来ない顔でアランは辺りを見回した。一方のヘンリーは興奮した様子でカジノ場を見ている。
「なあアラン。もし時間があるんだったら、少し遊んでいこうぜ」
「何言ってるんだよヘンリー。まずは旅に必要なものを用意しなきゃ。これはマリアから託された大切なお金なんだからね」
「それを言われると痛い。わかったよ、じゃあ俺たちの懐に余裕ができたら寄って行こう」
「またそういうこと言う」
「堅いこと言うな。真面目な話、カジノの景品の中には世には流通していない強力な武具があるらしい。もし手に入れることが出来れば、この後の冒険がずいぶんと楽になるはずさ。他にも冒険者にとって有用な品物がいろいろ置いてあるって聞くし、ちょっと見ておくのも悪くないぜ」
「まあ……そういうことなら。ところでヘンリー」
「あ?」
「ずいぶんカジノに詳しいみたいだけど、何で?」
「秘密だ」
茶目っ気たっぷりにヘンリーは片目を閉じた。