無数の花々が時節を無視して、まったく同じ時期に咲き誇る
未熟な魔法使いの子供たちが通う所──
その入学式に、近隣の国々も含めた多方から魔法使いの卵が
学園の敷地に一歩足を踏み入れれば、外では中々お目にかかれない「ユニコーン」や「グリフォン」、「ファフニール」等の本で
「壮観だねぇー! さすがキンバリーってか」
「ああ、確かにこれは壮観だ」
新入生である長身の少年──ガイ=グリーンウッドが、隣りに立つ同じ新入生のオリバー=ホーンに投げかけた。
オリバーも同意し、足を止めたパレードの世にも珍しい一行を、マジマジと見入る。
が彼らの横で巻き毛の少女──カティ=アールトは、はしゃぐ男子二人とは対照的に悲しげな表情を隊列に向けていた。
今日のような晴れ舞台にはおよそ
「おい、どうした? 魔法生物、好きじゃなかったのかよ?」
「好きだよ。……でも、あれを見て」
少女の視線の先には、獣型の魔法生物に紛れるようにして、鎖につながれた人型のシルエットが
一つは体長十フィート──約三メートルほどの巨人、トロールと呼ばれる亜人種。
そしてもう一つは……人間と変わらない大きさで、頭部からキノコの笠にも似た金の頭髪が生え、鼻の下にイボの様な
等身大の方に気づいたガイが、不審なものでも見るような視線を送りながら、隣りのカティにたずねる。
「デカい方は亜人種のトロールだが……小さい方はなんだ? あんな亜人、見たことねえぞ?」
「私も知らない種族だけど、多分……小人族、ホビットかしら」
そこにオリバーが口をはさむ。
「いや、あの醜いほくろは小鬼族のゴブリンじゃないか?」
「おいッ! お前たちさっきから黙って聞いていれば、人のことをサルだのチンパンだの……あまつさえ、この素敵ぼくろをなんと申した?」
「「「ッ!?」」」
「あ、え、なに? そんなに俺の
突如、亜人と思われる変なほくろの金髪に怒鳴られたことで、カティたち三人は声を失った。
なぜならこの世界では、亜人が言葉を発するなど歴史上でもあり得ないことだったからだ。
「と、トロールが喋った……!?」
「うん、だからその人をナチュラルに人外扱いするのまずやめよう、やめようか、ね」
「ほ、ホビットが喋った……!?」
「トロールでもホビットでもないよ! ゴブリンでもないからね!?」
ガイ、カティに続くオリバーのテンドンを先んじて制したほくろ。
首に着けられた鎖の
「ね、見て、これ。首輪ハメるとかマジ酷くない? 人権侵害ですよマージで、ビックリしちゃった」
「いや、トロールに人権は認められてないだろ」
「だぁら人の事とっ、トロール扱いするんじゃないってんでしょお!? 見て分からないかなぁー、マイ・カテゴリー・イズ・ヒューマン」
ガイの言葉に唾を吹きながら怒るほくろは、自らを人間だと言ってのけた。
「なあ、どう見てもわたくし、お前たちと同じ見目
「う~ん……でも私たちの髪型って、そんな公然わいせつカットしてないし」
「鼻の下に醜いほくろも無いしなぁ」
「言ったぁ! また醜いって言ったよこの人!! 君、主人公なのに口悪くない?」
亜人種に思い入れのあるカティの審美眼を持ってしても、金髪を同じ人間と見るのは難しいようだった。
「お前もなに? 亜人に親しみ持ってるくせに亜人と人間の区別もつかぬのか? ん?」
「そ、それは……」
「いやねぇ
「なんですってこのクソボクロ!」
「あーッ、お前も言っちゃうかー。なんなのそんなに集中攻撃、もしかして俺のほくろが素敵すぎて嫉妬でもしているのかな?」
「なんかもうイラっとくるドヤ顔……! オリバー、ガイ、イボコロリ持ってきて。これ取っちゃおう!?」
ギャーギャーと言い争いに発展する一同の元に、さらなる二つの人影が寄って来る。
「おい、さっきからうるさいぞ。読書の邪魔だ」
「そこ! なにを騒いでいるんですの!」
小柄な眼鏡の少年、ピート=レストンと金髪がロールしている少女、ミシェーラ=マクファーレンだ。
カティたち四人を注意しに来た二人へ向けて、ほくろは言葉を投げかける。
「お、いい所に来た! ちょっと、俺のこと助けてくれる?」
「「あ、亜人が喋った……!?」」
「もういいもういい! その流れ飽きたわ!」
ほくろは心底うんざりした様にに叫ぶ。
「なんっ、何なの君たちー? そろいもそろって人のことをモンスター扱いして……親の顔が見てみたいわ!」
「すごい……こんなの図鑑にも載ってないぞ!?」
「このまったく筋肉のついていないダルいお腹とブヨい手足は労働に向きませんが、人語を解する亜人なんて史上初……一体いくらの値がつくか想像も出来ませんわ!!」
「もうダメだこいつら! 誰かー! 大人の人誰か呼んできてー!!」
身の潔白を訴えてきた金髪ほくろの声に誰も耳を
いい加減
その騒ぎを聞きつけたキンバリーの教師が駆けつけるまでに、そう時間はかからなかった。
「…………」
「いやぁ……まさか本当に人間だったとは」
「でしょー!? 言ったよね俺、だから散々言ったよねぇ!?」
偶然にも亜人の生体に詳しい生徒が来てくれたことで、その見立てにより変な金髪のほくろは人間と証明され、拘束を解かれることとなった。
そして今……ほくろの男こと「メレブ」はこれまで包まれていたオークと同じボロ布を脱ぎ、キンバリー魔法学校の生徒の証である紺色のズボンと灰色のシャツに袖を通し、その上から黒のローブを重ね着ていた。
「しかも、俺たちと同じ新入生とはなぁ」
ガイが独り言のようにつぶやく。
メレブもこの日、彼らと同じくキンバリーの入学式に参加したのだが、何をどう間違われたのか亜人と誤解され、パレードで見世物になっていたのだ。
「まあ、私のこのイケてるスタイルを下々の者たちに見せて回りたい気持ちは、分からんでもないがな」
「ずっと
「ダマらっしゃい、カティ! それと胸も無し!」
「まあまあ、お互い抑えて」
メレブの胸いじりに拳を振り上げた巻き毛の少女を、オリバーがやんわりと制止する。
彼らは再び行進を始めたパレードを横にお互い自己紹介を終え、今はメレブがこの学校に来た経緯を聞いていた。
「私は故郷の村で占い師をしていてな、そこで村の者たちを教え導いていた。そんなある時、私に魔法使いとしての才能があると言われ、わざわざここ──キンバリーにに来たという訳だ」
「占いか……当たるのか?」
ピートが眼鏡を指で押し上げながら、興味本位から質問した。
メレブはとぼけた顔をしながら答える。
「当たるも
「……それ当たることもあれば外れることもあるって意味だろ? 的中率はどのくらいなんだ?」
「…………」
メレブはニヤリと思わせぶりな笑みを浮かべ、指を一本立てる。
「まさか……百パーセント!?」
「十パーセントだ」
「ほとんど外れるってことじゃないか! 当たったとしても偶然だろ!」
「フッ……」
「いや、なんでドヤ顔が出来るんだよ」
ピートのツッコミもどこ吹く風のメレブ。
ミシェーラ──シェラも
「それでよく占いなんて続けていられましたわね」
「ああ。おかげで故郷での私の信頼度は、『この面のどこからでも空けられます』と書いてある切り口のついた袋並みになってしまった」
「絶対に空きませんわね。それってもう信頼されてないということじゃなくて?」
「客は来ず、生活のために借金を重ね……ついに私は故郷を出ることにした」
「それって踏み倒したのでは……」
「まあ待て、私もそこまで無法者ではない。借金は現在も返済中だ。……が、このままでは何十年とかかってしまうだろう」
「どれだけの額を借りたんですの……?」
「そこでキンバリーを卒業すれば、優秀な魔法使いとして引く手
メレブは溜め込むように間を開け
「私は一生、食いっぱぐれ………………………無いッ! 絶対ッ!!」
まるで夢物語を語る子供のような表情で、力強く言い切った。
一切の迷いの無いその決意を聞いたシェラたちは、一斉にため息をつく。
キンバリー魔法学校は卒業するまでの七年の間に、二割の生徒が命を落とすのが通例。
それだけでも
メレブの
と、出し抜けにカティが、その場で足踏みをし始めた。
オリバーたちは少女の突然の行動の意味を解せず、カティ自身も自分が何をしているのか分からない、といった表情を浮かべている。
「ん? ん? どしたー。もしかして、私の
「ち、違っ……なにこれ? 足が勝手に動いて……!」
言い終わる前に、カティは駆け出して行った。
ガイたちは虚を突かれ、棒立ちのまま、遠ざかる彼女の背中を見送る。
その中でいち早く我に返ったオリバーが、走り去る少女の後を追いかけていった。
「おい! 一体どうしちまったんだ、カティの奴!?」
前を走るオリバーを追いながら、ガイが叫ぶ。
シェラとピートも彼らの後に続いていた。
「分からないが、このままじゃ危険なことになる」
オリバーが返す。
走り続けるカティ。
彼女の向かう先には行進中のパレードがあり、その一団の中から抜け出たトロール──メレブと共に繋がれていた個体だ──がいた。
「このままじゃトロールと鉢合わせちまうぞ!」
ガイの言葉通り、カティはオークの前に来ると突然足を止めた。
トロールは暴走しており、列に戻そうと吠える
眼前で展開される巨人の暴力を目の当たりにしたカティは、腰が抜け動けない様子だった。
このままでは彼女自身もワーグと同じ目に合うのは、火を見るより明らかだろう。
「おい、何だアイツ!?」
ピートが叫んだ。
カティを庇うように、トロールの前に一人の少女が躍り出たではないか。
学生服とは違う和装に身を包んだ少女は、俗にいう「サムライ」のいで立ちをしていた。
「彼女……トロールの相手をするつもりか!?」
オリバーの言葉通り、サムライの少女──ナナオ=ヒビヤは腰に
しかし、細身の少女が三倍以上の
「どうしますの!?」
「……みんな、俺の合図に合わせて起風呪文を放ってくれ」
シェラの問いに、オリバーは一つの作戦を提案する。
それは、ガイ、ピート、シェラの三人が放つ風の魔法をオリバーが操作し、
オリバー自身にもこの作戦が成功するかは賭けだったが、他に手はなかった。
四人はうなづき、いざ魔法を撃たんとした時──背後から金髪を揺らしながらゆっくりと、メレブが歩み寄って来た。
「まあ待つがよい、皆の衆。会って間もないお主らでは、収束呪文のタイミングを合わせるのは
「メレブ……だが他に策は」
「あるのだなこれが。そう、この状況でわたくし……新しい呪文を、覚えたよ」
フッと不敵な笑みを浮かべながら、メレブはそう言った。
だが魔法とは、それなりの準備をし、手順と時間をかけて徐々に習得していくものだ。
それをこのほくろは、これといった手間もかけず即席で新しい魔法を身に着けたと言う。
「呪文を覚えた……? この短時間でか?」
オリバーはとても信じられないといった顔でメレブを問いただす。
「言い争っている
メレブは一歩前に出ると、今だナナオと対峙しているトロールに向けて、杖を振るった。
ティロリロリロリン♪
どこかから軽快な音が鳴り響く。
「……なにも起こらないが」
「あれを見よ」
一同の視線がトロールに集中する。
緑色の怪物は牙をむき、サムライ少女を
不意に、トロールの顔がふにゃりと……とろけるように
肩を小刻みに揺らし、ブルブルと小さく身震いするような仕草をした後、不思議そうにキョロキョロと顔を左右に向ける。
見えない何かを探している様に。
これを機と見たメレブは声を上げる。
「今だ!」
「……承知!!」
メレブの声を受け、ナナオは返答を返した。
同時に天高く飛びあがると、自身の体重を利用したカタナの一撃をトロールの脳天に見舞う。
「
「──ガッ──」
よそ見をしていたトロールは少女の攻撃を回避できず、額に鉄棒の一撃を受け
ドウッと音を立て倒れた巨体の前で、二人の少女は怪我もなく、こうして事態は収束したのだった。
「助太刀、感謝いたす」
ナナオはカタナを
「時に、先ほどは何をされたのでござるか?」
「そうだ、一体どういった魔法なんだ? 今のあれは……」
少女に続いてオリバーもメレブに質問する。
魔法に関してはオリバーも素人ではない。
が、それにしてもメレブの使った魔法は正体が知れな過ぎた。
「まあ、そう慌てるでない。ちゃんと説明して進ぜよう」
メレブは起き上がったカティ達の顔を見回しながら、ゆっくりと口を開く。
「私は元々『ナギ』という風系の呪文が使える。さっきトロールに使ったのは、ナギの強化系であるナギマ、ナギクロスを超える極大呪文──『ナギムーチョ』、私はそう……名づけたよ」
「ナギ……聞いたこともない呪文だ。で、それには一体どういう効果が?」
「
メレブの説明に、一同は「ん?」という反応を返した。
シェラが代表してメレブに尋ねる。
「それって……役に立つんですの?」
「気持ち、真夏だとちょっとだけ涼しいかな」
「「「「「う、うぅーん……」」」」」
ナナオ以外の面々は言葉に詰まってしまう。
はっきり言って、あまりにもしょうもない魔法だ。
魔法を覚えたての子供ですら、もっと強力な風を起こせるだろう。
そんな少年少女の内心も気にせず、メレブは説明を続ける。
「そしてナギムーチョは、相手の耳元にフーッって息を吹きかけるような風を送ることで、首元をゾワゾワ~ってさせてひゃ~ってなって、意識を
「おお! 敵を前にして集中を乱すのでござるか! それは無敵にござるな!!」
「うむ、無敵ではない。ある種の人間には、クセになる」
ただ一人、ナナオだけはメレブのクソの役にも立ちそうにない魔法に、感心したように目を輝かせた。
「ま、まあ魔法の内容はともかく……おかげで、あの子を傷つけずに止められたのは良かったわ」
カティが何処かへと運ばれていく、気絶したままのトロールを見ながら言った。
人権派の彼女としては、自分が襲われかけたといえ亜人がむやみに殺処分されるのは、耐えがたいものがあるゆえに。
「ありがとね、メレブ。貴方のおかげだわ」
「拙者も、まともに打ち合ってはあの巨人に勝機は見いだせなかった。礼を申す」
「うむ、存分に礼を尽くすがよい」
二人の少女から感謝を捧げられ、メレブも満更でない様子。
そんないい気分のまま……思い出した、と余計なことをメレブは口走る。
「あっ! そうだお前ら、に、罰を与えるのを忘れていた」
「えっ、罰って?」
「私のことを亜人扱いして助けようとしなかったであろう? そんなお前たちには、この魔法だ。えいっ」
ティロリロリロリン♪
再び軽快なサウンドが響く。
直後、メレブとナナオ以外の五人の少年少女の
「うおぉぉ!?」
五人は互いの
カティはフサフサとし毛並みの良い
「えっ、何これどうなってるの!?」
「これは、眉を増毛させて目に汗が入るのを防ぐ呪文だ。私はこの魔法を……ヨシズミ、そう名づけたよ」
「なるほど。視界を
「いや、ただの嫌がらせ。プププッ、変な顔っ」
いい方に解釈してくれるナナオだったが、メレブはハッキリと、馬鹿にするためにやったと本心を告げる。
五人は怒り心頭になるかと思われたが……意外にも好意的な反応を返すものが二人いた。
「やりますわね、メレブ。これ、ミスター・ブリッジの『
「俺も独自にアレンジした『
「え、誰それ? 知らないよ、そんな人?」
「なんと! 魔法コメディを知らずに、このクオリティのネタを編み出したというのですか!?」
「メレブ、君は恐ろしいセンスの天才だ……!」
「うん、よく分かんないけど、褒められるのはやぶさかではない」
常識人と思われたシェラとオリバーは、メレブのクッソしょうもない魔法を絶賛し褒めちぎる。
ガイとピートは二人のキャラの変わりっぷりを見て、自分たちは最後までしっかりしよう、と確認しあった。
そしてカティ=アールトは
「ちょっと! 早く眉毛元に戻してよ!!」
「言ったであろう、これは罰だと。えーお前たちには、今日はこのヨシズミモードで入学式を受けてもらいます」
「ふざけないでこのクソボクロ! こんなモッサリ眉で校長の挨拶聞けるわけないでしょぉ!?」
「ああ、学校長のエスメラルダって人、すっごい怖いんだっけ? いいんじゃない、これで笑ってもらえば内申点上がるかもよ?」
「笑われる前に殺されるわッ! 入学初日で魔に
「よしっ、行くぞ。いざ、着いてまいれ者ども」
「恐れ知らず過ぎだよ!? もうやだ、この変なほくろ~……!!」
やっぱりこのキノコカットの金髪は、ダメな奴かもしれない。
そう確信するのだった。
ナギムーチョの呪文はオリジナルです。