『変なほくろの金髪』ことメレブは、キンバリー魔法学校の入学式以来、そこで出会ったオリバーら六人の学友達と行動を共にするようになった。
今もまた、下級生が使用する食堂──
「んっ、……くっ」
「どしたー?」
隣の席で、なにやら声を漏らすピートを見て、メレブは声をかける。
ピートの手には、ジャムが入っているらしき小瓶が握られていた。
「この瓶の
「どれ、貸してみろ」
反対の席に座るガイが、代わりに開けてやろうと身を乗り出す。
が、それをメレブが止めた。
「こんな時のための魔法があるのだな、これが」
テーブルに立てかけていた、一メートル程のステッキにも似た魔法杖に手をかけるメレブ。
「これは、どんな固い瓶の蓋でも即座に開けられる魔法だよ。私はこの呪文を……フタメガンテと名づけたよ」
「なんだその、ものすごく限定的な使い所しかない魔法は……。まあいいや、試しにかけてくれ」
「よいのか? 本当に、よいのか?」
メレブはピートにしつこく確認をとる。
「なんだよ、ただ蓋を開けるだけの魔法だろ?」
「絶対に蓋を開けられる。ただし……命と引き換えに、だが」
「デメリットが巨大すぎるッ!」
「よいな? いくぞ!」
「わあぁー! バカ止めろバカ!!」
必死になってメレブの杖を抑え込むピート。
そんな眼鏡の少年を見て、金髪ほくろは笑いながら杖を収めた。
「冗談じゃーん、ピートくん焦り過ぎ受ける~」
「お前なら本当に使いかねないから怖いんだよ……!」
「心外だな。さすがの私も、仲間に対しては必要以上に魔法は使わないぞ?」
「……必要とあらば使うのか」
対面で紅茶を飲みながら、シェラも口をはさむ。
「それにしても、メレブの魔法は……なんと言うか、独特なものばかりですわね」
「トロールの気を
とガイ。
「二人ともハッキリ言ってやれ。役に立たない、しょうもない魔法だって」
「えーなんか、今日のピート酷くなぁい? さっきから俺の魔法がくだらないってさぁ。『カオパス』の呪文を使えば、上級生しか行けないという討議の間にも、フリーで入れるのだぞ?」
「それは……まあ、ちょっとすごいかも」
ピートとメレブのやりとりにカティも加わる。
「どうせ入れるだけで、出る時は魔法が無効なんだろ?」
「正解ッ」
「無駄に自信満々なの腹立つ……」
ワイワイとにぎやかな歓談? も終わり、一同は食堂を後にした。
と、宿舎への道の途中でピートが足を止める。
「どうしたんだ?」
「いや……どうやら、本を教室に置き忘れてきたみたいだ」
カバンの中を探りながら、ピートはオリバーに答えた。
「ちょっと取って来る。おい、ほくろ。お前もついて来い」
「ん? なんで? ……あ、そうだよねぇ深夜の学校を独りで徘徊するの怖いよねぇ」
「違う! お前が授業中に隣りで騒いでたせいで、本を持って帰るのを忘れたんだよ。お前の責任もあるだろう」
「無いッ。断じてッ」
「いいから来い」
そう言ってピートは、メレブの服の
すると、何も言っていないのにその横に、オリバーとシェラも並んだ。
「夜の校舎は、俺たちにはまだ危険すぎる。同行しよう」
「四人もいれば、失せ物もすぐに見つかるでしょう」
有無を言わせぬ二人の物言いにピートは口をはさめず、大人しくメレブも加えた四人で、灯の落ちた校舎へと踏み込むのだった。
「……あった! 良かったぁ~」
「よし、すぐに戻ろう」
目的の本が見つかった喜びも早々に、オリバーはピートを
即座に教室を出て、足早に廊下を進む一同。
メレブはオリバーに疑問を投げかける。
「ねね、なんでそんな慌ててんの?」
「メレブは知らないのか……。キンバリーの校舎は、地下の迷宮に
「ああ。それで、さっき来た道が行き止まりになってるんだ~」
「「「!?」」」
メレブの言葉通り、彼らが通って来た廊下は、封をする様に鍵のかかった扉で閉ざされていた。
「まさか、もう浸食が……!?」
「マズいですわね。他の道を探しましょう」
『そう慌てる必要はないわ』
出し抜けに、四人とは違う第三者の声が響く。
声の主は、
「迷子の子羊が四頭も……愛らしいわねぇ、食べちゃいたいくらい」
「うわ、わ、なんか……エッチなお姉さんがいらっしゃったよ!?」
「子羊は三頭ね。一匹は醜いクソ豚だったわ」
「また醜いって言われた! ねえそれ流行ってんの?」
魔女はメレブを無視して名を名乗る。
「オフィーリア=サルヴァドーリ、四年生よ」
「思ったより年上~。でも俺は全然守備範囲~」
「ぅ……あぁ……」
不意に、はしゃぐメレブの横でピートがうわごとを漏らした。
見れば表情は
「これは……
「え? まさか? 真面目なピートくんもエッチな気分になっちゃったの?」
「体質なのよ。普通に息をしているだけでも、
「うわぁ~、ますますエッチだなぁ。あ、俺もなんだか
一人で欲望と
「さぁ……もっと近くにお寄りなさい?」
「お断りします」
「そんなオリバー断らなくてもさぁ、せっかくだしお呼ばれしようよぉ~?」
「バカ! これは攻撃されているのと同じことなんだぞ!?」
真剣に焦りを浮かべるオリバーを見て、メレブは「仕方ない」と
「じゃあ、バトルターンに入る前に終わらせちゃうぞ♪」
「……! 止めろメレブ! 抜くんじゃない!!」
「抜くってオリバーお前そんなド下ネタを……それはそれとして、えいっ」
ティロリロリロリン♪
夜の闇に包まれた迷宮に似つかわしくない、軽快なメロディが流れる。
「? ……なにかしら、今の」
「私の魔法だよ」
「魔法ですって? 何の効果もないじゃないの」
「いや、すでに効果は発揮している。ピート」
「ん……あれ、僕は何をして……」
メレブに肩をゆすられ、ピートは正気を取り戻した。
オフィーリアの瞳が驚愕に開かれる。
「そんな、私の
「この魔法は、着ている服から生乾きの洗濯物の臭いを発生させる呪文だよ。その臭さたるや、部屋干しの一・六倍。私はこの魔法を……ナマガワーと名づけたよ」
「そんな……そんなしょうもない魔法で、私の
「んふふふ」
隣りでオリバーは険しい表情でメレブを問い詰める。
「なぜ先に杖を抜いたんだ!?」
「あ、抜くって杖のことだったんだ。俺はてっきり下の」
「向こうに手を出す口実を与えてしまったんだぞ!」
「俺は手を出されても全然おっけーよ? こう見えて、その手のお店ってまだ経験ないから」
どうやら二人の間には決定的な認識の違いがあるようで、さっきから会話がかみ合わない。
なんにしても、メレブのクッソしょうもない呪文で対策されてしまった事実がオフィーリアにはショックだったようで、彼女が動揺している間に四人はこの場を離れようとする。
が、そこにまたしても呼ばぬ来訪者が現れた。
「クククッ、自慢の体臭がずいぶんと下劣さを増したようだな、サルヴァドーリ」
邪教の
「紹介が遅れたな。俺はサイラス=リヴァーモアだ。そこの変なほくろは、面白い魔法を使うようだな」
「あ、ーっす」
「なんだ、おい。急に興味なさげな態度になったぞ」
「いや、んなこたないっすよ。っす」
「明らか興味失ってるだろお前!」
「いやそりゃ、あんな色っぽいお姉さんの後に来たのが
メレブのその言葉に、リヴァーモアの気配が変わった。
彼のまとう空気に、わずかな怒気が含まれるのをオリバー、ピート、シェラは感じる。メレブだけは何も感じなかった。
「抜かしたな、小僧。俺はこの髭をバカにされるのは好かんのだ。そう、この俺の髭は……
邪悪なプリーストが、腰に提げた杖剣に手をかける。
対面で、オフィーリアも腰の杖剣に手を伸ばした。
「待ちなさい。その金髪ほくろは私が狩るわ」
「ほざけ。はいそうですかと譲ると思うか?」
二人の上級生に挟まれたオリバー達四人は今、絶体絶命の危機にあった。
メレブ以外の三人はこの時、自らの死を覚悟していた。
が、メレブだけはこの時も──変わらずのん気だった。
「よいだろう。二人まとめて、相手にしてやろうか」
「調子に──!」
「乗るな──!」
オフィーリアとリヴァーモアの二人が杖剣を降り抜くより早く──すでに杖を手にしていたメレブは呪文を唱える。
「スイーツ!」
ティロリロリロリン♪
「「……あ、なんか甘いものが食べたい」」
同時にかけられたメレブの魔法によって、二人は甘味に意識を逸らされ数秒間、無防備な状態にさらされた。
「……はっ!?
「チョヒャド!」
「あっ、さ、寒いッ。カーディガン欲しい……!」
先に正気に戻ったオフィーリアは
肩や腹部が出ている露出度の高い彼女は、カーディガンを羽織りたくなる程度の薄っすらとした寒さにも敏感に反応する。
気温の下がる夜の迷宮なら、その効果は尚更だ。
「おのれッ……
「ヒャダコリ!」
「レガンもがががッ!?」
次に意識が戻ったリヴァーモアは、骨を媒介とした使役魔法を行使しようとする。
それをメレブは、相手の口の中に氷を一欠けら出現させる魔法で、リヴァーモアの口をふさぎ呪文の詠唱を妨害した。
「何だ、こんな氷くらいで! コング……あぁぁーッ!!」
「どう? 頭がキーンとするでしょ」
口中の氷をかみ砕いたリヴァーモアは再度詠唱を始めるが、メレブのヒャダコリ連発によって顎が外れそうなほど氷片を放り込まれてしまう。
「メレブ! 後ろですわ!!」
シェラの声がほくろの気を引く。
彼の背後では、寒さに耐えてオフィーリアが合成獣の生成を再開していた。
すでに彼女の下腹部からは、巨大な獣の片腕がのぞいている。
「しつこいなぁ……。ならこれだな。タケシズン!」
「何だこの野郎! 痛てて、おいキメラ産むの結構痛ぇーじゃねえかバカヤロウ! コマネチ!」
「ぇ……サルヴァドーリ先輩、どうしたんですの?」
「この魔法は、相手の口調や行動をタケシのものにしてしまう呪文だよ」
「タケシって誰ですの?」
股の間から合成獣をぶら下げたまま、形容できない独特のポーズで「コマネチ! コマネチ!」と叫び続けているオフィーリアを見て、一同は困惑に包まれた。
「──
その隙にようやく呪文を紡ぎ終えたリヴァーモア。
骨格で構成された
「フザケた魔法使い、貴様の骨を頂戴するぞ」
「うん、やだ。ブラズーレ!」
メレブが呪文を唱えた直後、蛇竜骨は視界を失ったかのように目標である
「うっ……くっ……貴様! 何をした!?」
蛇竜骨を遠隔で操作していたリヴァーモアが、何かに苦しむように身もだえながらメレブに問う。
「これは、ブラジャーがズレたような違和感を与える魔法だよ。この魔法はブラをしているしていないに関わらず、誰にでも効果がある恐ろしい呪文だよ」
「しょうもな……」
ピートが小さく漏らした。
リヴァーモアはこの下着がズレたような不快感によって、蛇竜骨の操作を誤ってしまったのである。
オリバーがメレブに近付き、避難のための声をかける。
「おい、メレブ。もうそろそろ行こう」
「いや、まだだ。この手の奴らは徹底的に叩いておかないと、また仕返しにやって来るからな。という訳で、えいっ」
ティロリロリロリン♪
メレブは杖を振るい、二人の上級生に同時に魔法の効果を付与する。
「なんだ? なんともな臭ッ!?」
「バカ野郎てめえ! さっきの生乾きよりずっと臭いじゃねえかこの野郎!!」
リヴァーモアとオフィーリアの元から、さきほど使用したナマガワーとは比較にならない臭気が漂ってきた。
臭いは距離を取っているオリバー達の所へも届き、彼らは
「なんだこの臭いは!? 死臭などとは比べ物にならんぞッ!」
「てめえダンカン! 臭えのはお前の体じゃねえかバカ野郎!」
「ダンカンって誰だ……というか、お前も臭いぞサルヴァドーリ!」
上級生二人は、臭さの発生源が互いの体にあることに気づく。
「驚いたか? これは
「お、俺の腋の下が、死臭よりキツいだと……!?」
「この野郎、女の腋を何だと思ってやがんだ! コマネチ!!」
さらにメレブは、必殺とも言える止めの一言を放つ。
「ちなみにこのワキガンテ……重ねがけも出来る。私はこの最高位の呪文を、ワキガインと名づける事にするよ」
「ば、バカな……これ以上の臭さがあるだと……!?」
「ふざけんじゃねえよてめえ! それじゃもう誰もオイラの相手してくれなくなるじゃねえかこの野郎!」
リヴァーモアは屈辱に耐えるように、オフィーリアたけしに撤退することを提案する。
「サルヴァドーリよ、これ以上この変なほくろの相手をしていては、ますます思うつぼだ。悔しいが、俺は引かせてもらうぞ」
「バカ野郎ダンカン! オイラも、もうこんな奴の相手してらんねえよ!」
「だからダンカンって誰だよ……」
オフィーリアとリヴァーモアは、現れた時と同じように闇の中へと身を沈め、迷宮の深みへと姿を消すのだった。
辺りには再び静寂が戻った。
戦いというよりは、厄介な迷惑者を追い払ったという程度の様子のメレブと、死地から脱した
「これ、助かった……んだよな?」
「ええ、その様ですわね」
ピートとシェラが、これまでの心労を振り絞るように、大きく息を吐いた。
オリバーは、
「一時はヒヤヒヤしたが、まさか君に救われるとはな」
「フッ、あの程度の奴らなら、何度でも蹴散らしてやろうぞ」
オリバーは、きっとメレブの言葉に嘘は無いのだろうと思った。
なぜならメレブは……魔法使いに必須の
(ふざけているし、魔法はしょうもないが……彼が本気を出したら、一体どうなるんだろうな)
しかし、この変な金髪のほくろが本気を出すなど、万に一つも無いだろうともオリバーは感じていた。
本人のキャラに合わないし、なにより今のおふざけ状態がすでに本気の可能性も十分にある。
それほどメレブという人間は、この世界にとって異質な存在だったから。
「あっ……」
「どうしたのですか、ピート」
何かを思い出した様子のピートにシェラが訊ねる。
「いや、僕らこの後……結局どうやって外に出ればいいんだ?」
「うふふっ、そんなお困りの皆さまに、良い知らせがあります」
メレブは含み笑いで三人の注意を引く。
「このタイミングでわたくし、新しい魔法を覚えたよ」
「さっきまであんなに新魔法を連発していたのに、まだ別の魔法があるのか……」
関心と呆れがない交ぜになった表情で、オリバーがこぼす。
「この呪文を唱えると……いついかなる場所からでも、トイレにワープすることが出来る。私はこの魔法を、ベンルーラ……そう、名づけたよ」
メレブはこの魔法で、迷宮の外にある食堂──友誼の間の横にあるトイレに出れると言うのだ。
「トイレって、男子か? それともまさか、女子トイレ?」
「どっちかは、使ってみないと分からない」
「じゃあダメだろ! この状況でどっちに出ても誰かがアウトだわ!」
メレブの妙案はピート以外のメンバーにも却下された。
「仕方ない、歩いて出口を探すしかないな」
「おいメレブ。どこにでもドアをつくる魔法は無いのか?」
「それは局が違うから無理だ」
「曲が違う? 今誰か歌ってますの?」
四人はワイワイと賑やかな雰囲気で、夜の迷宮を歩き始めるのだった。
書き終わってからナナオについて一切触れてないことに気づきました…