四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ!   作:怠鳥

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本編-3「It's A Long Road/Quadrophenia」

 私は、自分の墓の前にずっと座り込んでいた。

 眠らなくても朝は来て、日は暮れて夜が来る。

 それの繰り返し。気が遠くなるにも、とっくにここはこの世から遠い場所。もともとぼんやりした何かになっているから、なんてこともなく日々を過ごしている。

 

 私が死んでから何日経ったんだろう。

 お墓があるってことは、とっくに私は骨になってここに入っているということで、だから私がここに漂っているはずだから……葬式が終わったらすぐにお墓に入るんだろうか。法事のことはよくわからなかった。

 ああ、でも今は春だから、4ヶ月以上は経ってたのか。

 

 私のお墓の周りには、当然他の人達のお墓もある。ここはいわゆる墓地。私のお墓の前に来る人は、店長以来まだ誰も来ていない。

 不謹慎だけれど、家族連れでやってくるお墓が羨ましい。

 

 店長は去り際に掃除をしていってくれた。……泣きながらだった。

 だから今のところまだ綺麗になっている。

 

「……ひとりちゃん」

「ぼっち、来たよ……」

 

 あんまりぼんやりし過ぎていて、気付かなかった。

 喜多ちゃんと、リョウさん。

 やっぱり二人共やつれていた。

 喜多ちゃんは変わってしまった。ずっと変わらなかった、あの華のような笑顔が消えてしまっていた。

 リョウさんは幽霊みたいに立っている。

 

「私が……そばにいたのに……転んだ時も、倒れた時も……なにも出来なくて……」

「私が悪いんだ……ぼっちに何かあったらって、散々ビビっておいて、大丈夫だろうって楽観視して、逃げた……」

「……私が……私達が……ひとりちゃんを……」

「ぼっちが死んだのは……私達のせいだ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 謝るのをやめてほしかった。

 お願いだからやめて、と伝えたかった。

 あの時死ぬと決めたのは私だった。

 こうなるって少し考えれば分かったのに。

 それを考えずに、意地張って、カッコつけて、死に急いだ私が一番悪いのに。

 どうすればいい?どうすればごめんなさいって言える?

 喜多ちゃんは、ずっと泣いて詫び続けていた。

 リョウさんは肩を抱いて慰め続けていた。

 

「私達全員で……背負うことだから……」

 

 血を吐くような声でそう言い続けた。

 

 どうすればこんな呪いを残さずに死ねたんだろう。

 どうすればもっと綺麗に死ねたんだろう。

 私が普通に生きていないから?

 膝を抱えて蹲って、何が正しかったのか堂々巡りに考えていると、

 

「……郁代、今から仕事があるのにごめん。人前に出る前に傷口抉るような……」

「いえ……いいんです……一人で来るのは、耐えられそうになくて」

「うん。分かった。……いってらっしゃい」

「先輩……それじゃ」

 

 喜多ちゃんは行ってしまった。

 リョウさんが一人残った。

 

「……座るよ」

 

 そう言って、墓に背中を預けて座った。

 

「タバコも吸うけど、いいよね」

 

 黒いシャツの胸ポケットからタバコとライターを取り出して、火をつけようとして、

 

「……あぁ、くそ」

 

 何度も何度もライターをいじる。

 

「……春は風が強い」

 

 タバコを咥えてライターに左手を被せて風を避けさせながら悪態をつく。

 ようやく火が着いて、リョウさんは一息吸うとため息と一緒に煙を吐き出した。

 左のズボンのポケットを探り、

 

「あ……ぼーっとしてた。灰皿忘れた」

 

 灰を落として、

 

「ごめん、汚す」

 

 私がどうこう言う筋合いはないから、別に構わなかった。

 しばらく、リョウさんは黙り込んでいて、

 

「……眠れないんだよね」

 

 そう話し始めた。

 

「あの日のことを何度も夢に見る。そのうち明晰夢になって、ぼっちを止めようとするんだよ。夢の中だけでも、助けたくて」

 

「何度も、何度も、何度も、ブチ切れたり、殴ったり、ふん縛ったり、色々やった、でも、でも」

 

 リョウさんの呼吸が早くなる。異常に。浅く。

 

「……け、ほっ、げふ、ぉ……!」

 

 短くなったタバコを勢いよく吸い込んで、そして、左腕に押し付けて揉み消した。

 

「……っ、あ、はぁ……」

 

 リョウさんの左腕を覗き込む。

 赤い火傷だらけになっていた。

 

「ぼっちが、止まってくれないんだよ……」

 

 泣いていた。

 

「夢の中でくらい……助けさせてよ……」

 

 タバコの吸殻を左手で握りしめながら、震えて。

 

「私が悪いんだ……本当は、あの時、転んだ時点でただ事じゃなかった」

 

 呼吸の速さはだんだん遅くなって、普通に戻っていく。

 

「ただ事じゃ済まないかもって、分かってたから……痛み止め禁止したけど……ただ我慢させただけになって……辛い思いさせて」

 

 一息、ひときわ大きい深呼吸。

 

「でも、ごめん、恨むよ。……なんで言ってくれなかったの」

 

 歯の削れる音がする。

 

「最後の曲、やる直前になって救急車呼んで……私が付き添ったんだよ。それで、私が……看取って……医者から”腹部の痛みを訴えていませんでしたか”とか……聞かれて、ぼっち……何も言わなかった……あんな、私でも持ち上げられる体で……あんな風に怪我して、無事なわけないのに……」

 

 リョウさんは右手で髪を掻き毟りながら、

 

「私は……!私達は……!たかが1300人に迷惑かけるのとぼっちの命で迷ったりしない!それが何万人になっても!私達の結束ってなんだったの……!」

 

 私は、一番近くの人を裏切っていた……。

 

「私達の12年、一体なんだった……?」

 

 リョウさんはタバコをもう一本取り出して、火をつける。

 風は止んでいた。

 

「……最後の曲をやるって決めたのは、私だから……止めなきゃいけなかったのに……なんで……私は……なんで……」

 

 涙を拭く度胸なんて生きているうちからなかったし、幽霊の私には物理的にも不可能だけれど、拭いてあげたかった。それで、私のほうがごめんなさいって、言いたかった。でも決して叶わない。

 風がまた吹いてくる。

 

「……ぼっちが、今ファンからどういう目で見られてるか、教えるけど」

 

 リョウさんが、画面の割れたスマホを右のポケットから取り出して、

 

「”悲劇の天才ギタリスト”、”天国にコンサートに行った女”、色々あるけど……私達には、これが一番堪えた……」

 

 “悲劇的・伝説的な死を遂げた『guitarhero』、後藤ひとりの生涯に迫る”

 “『guitarhero』後藤ひとりを悼んで”

 “guitarheroよ永遠に 後藤ひとりの活動全史”

 

「……”ギターヒーロー”」

 

 

 

「ぼっちは、結局”ギターヒーロー”だったんだよ……結束バンドのギタリストなんかじゃない、たった一人で最強で……私達は足枷でしかなかった……」

 

 そんなはずない。

 

「あそこまでエゴ剥き出しの演奏、初めてだった……ついていくのも精一杯で……でも、腸が煮えくり返るほど悔しいけど……最高だった」

 

 吐き捨てるような褒め言葉が棘のように痛い。

 

「バンドでも、もう”ギターヒーロー”なんだって思ってたんだよ……でも違う、”ギターヒーロー”は”結束バンドの後藤ひとり”より遥か彼方にいた……」

 

 私は、遠くにいるなんて思ったことないのに。

 

「結束バンドのファンが、ギターヒーローのファンが、違う……ギタリストだけじゃない、音楽やってる奴ら皆が……」

 

「”ギターヒーロー”最期の演奏を聴きたがってる」

 

 リョウさんは、声を上げて泣き始めた。

 こんなの、初めて見た。永遠に見たくなかった。

 

「音源になる予定なんかなかった、でも誰かがブートレグをネットに上げたんだ……もう誰も止められなかった」

 

 左手を地面に叩きつけて、叫んだ。

 

「ウジ虫みたいに群がるのを!私達は指をくわえて見てることしか出来なかった!あいつらは一体何なんだよ!?人の……人の死に際を、死んでいくのを、消費して!食い荒らすんだ!そのくせしてみんな忘れてく……!食い終わったら次の餌を探すだけで……そうだよ……それが普通の消費者の行動……」

 

 激情をむき出しにして、泣きながら怒り、そして絶望して、諦めに。

 

「もう、私は音楽が出来ない……あの日の演奏と、ぼっちの死が食い荒らされて、それに……もう何もかもが憎くて、ダメなんだ……」

 

 ……また、他人の人生を壊した。

 

 声を伝えたかった、再生数さえ取れれば気にしないとか。

 投稿者訴えて収益そっくり貰っちゃいましょうよ、とか。それでタワマン住みましょう、とか。色々あるのに。

 

 声を届けられない。届かない。

 もう二度と。

 

「ごめん、ぼっち。まだ歌詞残ってたね。次のアルバムの分……」

 

 ツアーの合間で書き進めていた、数曲分。フルアルバムを満たすにはまだまだの。

 

「勝手に家探ししてごめん。でも……もう、あれに曲をつけてあげることは出来ない……」

 

 ああ、そうかと。そう、だよねと。

 もはやそれだけだった。

 

 リョウさんは涙を右の袖で拭くと立ち上がり、タバコにまた火をつけた。咥えず、指に挟んだまま。

 

「吸ってみなよ」

 

 そう言って、線香立てに差し込んだ。

 墓に背を向けて、俯きながら去っていく。幽霊みたいに。

 

「聞いても分からないのは分かってるけど」

 

 また、振り返って墓を見る。

 目は腫れて、視線に力はなく。

 

「あの時、何を考えてたの?……死ぬって、分かってて弾いたの?」

 

 風がまた強く吹いて、木の枝をしならせる。

 うなずくみたいに。

 偶然だけれど、私の答えでもあった。

 

「そう……」

 

 リョウさんはため息をついて、私の心を示した木に答えた。

 

「じゃあね……かわいくて面白かった私のパートナー……あなたの書く詞が、大好きだった……」

 

 消えていきそうな背中を追いかけたかったけれど、墓地の外には出られなかった。

 これからどうするんですか、って聞きたかった。

 聞いて何になるわけでも、何をしてあげられるわけでもなかったけれど。

 

 何か出来たら、少しは償えるはずなのに。

 死んだら何も償えない。

 死んで何も残らないのは本人だけ。

 燃やし尽くした命から、人を狂わせる呪いが排気ガスみたいに湧いてくる。

 

 早く地獄に連れて行かれたかった。

 でも、こここそが地獄だっていうのなら、そういうことなんだろうとも思えた。

 

 §

 

 後藤千里という女の子。ドジで頭も良くないけれど、人当たりが良くて友達がたくさんいる女の子。

 

 後藤万理という女の子。いつもツンとして成績も良くないけれど、本が大好きで、たった1人の友達と話をする時は顔を綻ばせるマイペースな女の子。

 

 後藤なゆたという女の子。泣き虫だけれど、人の痛みに敏感で、泣いている人の手を握って痛みを分かち合う優しい女の子。

 

 3人の女の子になる夢を見る。

 

 万理はなゆたのことが嫌いではないけれど苦手で、頭に響く泣き声を聞きたくない。だから、千里がいつもなゆたを明るく慰めている。不器用な万理は、夜中に家を抜け出して自転車で街に出かける。夜風にでもあたれば少し気分が良くなるだろうと思って。

 

 3人とも少しおませな女の子で、誰が彼氏を作るのかってケンカする。みんなが彼氏を持つのは良くないことだから、一人だけが作る。それがまず決まった。みんなまだ好きな男の子もいないのに。

 

 次に、自分から告白するのは禁止、と決めた。それは抜け駆けになるから。

 でも、決めてから3人で気づいた。

 

「私達、そんなモテると思うかな?」

「知るか」

「……モテないと思うけど」

「だよねー?」

「そもそも告白待ちとか……なんか、ダサい気がする」

「でも、そうじゃないと不平等かも……」

「平等に独り身、ってことでもういっか!」

「いいよ、よく考えたら面倒ないし、ケンカするほどじゃない」

「ほしいな、彼氏……」

「なゆちゃん、意外とがっつく系だったっけ?」

「なゆたは男の手も平気で握るから。スケベ」

「な、なんで……」

 

 三人とも仲が良くて。

 それに、

 

「じゃあ会議おしまい!今日はなゆちゃんがギター弾いていいよ」

「明日は千里な」

「うん……ありがと」

 

 三人とも、ギターが大好き。

 そうして、後藤なゆただけがその場に残る。

 

 一人部屋の和室には、ギターが4本。立て掛け式のスタンドに収まっている。

 テレキャスター。ジャズマスター。ヤマハのエレアコ。

 そして、レスポール・カスタム。

 

 なゆたはその中からエレアコを手に取り、押し入れに入る。中の間接照明を灯す。

 サプレッサーはもうホールに嵌めてある。シールドとミニアンプを繋いで、ヘッドホンを付けると、切ないメロディを爪弾き始める。

 

「……落ち着くなぁ」

 

 なゆたは、アコギの空気感が好きだった。クラシックギターと迷うこともあったけれど、コードをかき鳴らすギタリストにも憧れてこれを選んだ。

 

『なゆちゃんも弾き語りすればいいのに』

「歌うの、ちょっと恥ずかしい……」

『別に下手じゃないだろ』

「そういうのじゃなくて……あと、近所迷惑だし」

『今歌えって言ってない』

「……うぅ」

『怒ってない』

「分かってるよ……静かにして……」

 

 なゆたはこれと言って好きなジャンルはなかった。

 ただ、アコースティックギターの音色、空気感が性に合っていて、少し埋もれながら煌めいている曲も好きだった。でも、

 

『お父さんがカントリー?とか聞かせてくれたじゃん。あれやらないの?』

「ちょっと……違うかも」

『あれはレスポールの音の方が合うから』

「そうじゃなくて……」

『私はカントリー結構好きだなー!ノリノリだし、アメリカンだし!』

『テレキャスターって本来それ用って感じする』

『でしょ?それだけでもないのがテレキャスのいいとこだけど!』

「勝手に盛り上がらないで……もう。ちょっと静かにしてて」

『……分かった』

『ごめんね、なゆちゃん』

 

 ゆったりと、コードを鳴らす。そして、どんどん速くなって、

 

「らー、ららーらーらーらー、らららーるらーら、らーるら、らら、るら、らら、らるーらるらるらるらー……」

『なゆた結局歌ってるじゃん』

「らら、らーらるらー、らららー……」

『その曲好きだよねー』

 

 ラテンの弾き方で、少し伸びた爪を叩きつけるようにコードを刻む。そして、ベースのようなフィンガーピッキングでメロディを奏でる。

 

『なゆちゃん、爪割らないでよねー』

『もうピック使えばいいのに』

「……ごめんなさい」

 

 なゆたが演奏を止める。

 爪を見ると、先がひび割れていた。それに、層の上と下が剥がれてガタついている。

 

「本当にごめん……結構危なかった……」

『良かったー。私達まで弾けなくなるところだったし』

『親指にはめるピック使ったらいいんじゃないか?持ち替えなくて済むし』

「うん……今度買いに行こうね。今日はピック借りていい?」

『私のと万理のどっちがいいかな?』

『どっちも使ってみればいいでしょ』

『それもそっか。じゃあ、好きに使って!』

「ありがと……」

 

 そう言って、なゆたは適当にピックを選ぶ。

 

「大きい音出すと、ふたりが起きちゃうかな……気をつけないと」

 

 ふたりって、誰だろう。

 

「……?ひとりちゃんが、起きてる?」

『かもね』

『多分起きてる』

「ふたりのこと、知りたいみたい」

『そっかぁ』

『知らなきゃダメだと思う』

「……ふたりはね、私達の妹。10歳のときに生まれた、まだ1歳の女の子。とても賢くて可愛い、自慢の妹」

『早く話したいね』

『……何話していいのやら』

「いつか……ちゃんと起きられるようになったら、ふたりのことをよろしくね」

 

 後藤……ふたり。

 私の、妹。

 

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