四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ!   作:怠鳥

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本編-6「不連続存在」

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 痛い。

 お腹が、刺すように痛い。

 

 目が覚めた。

 

「え」

 

 目の前に、知らない女の人がいた。

 

「だ……だ、だ、誰、ですか……?」

「えっと……私は、この学校の保健の先生。あなたが……本当の後藤ひとりさん?」

「え、学校……」

 

 お腹が痛い。ベッドで寝ている。

 ここはどこ?

 怖くて、体を起こして後ずさる。背中が壁につく。

 寝起きが酷くて、頭が回らない。

 でもそれより、

 

「なんで私、学校にいるんですか……?」

「それは……どういうこと?」

「わ、私、幼稚園、でも幼稚園には病気で行けなくなって……病院で……」

「落ち着いて聞いてね。ここは、小学校なの。後藤ひとりさん。あなたは、あなたではないあなたとしてここに来ています」

「え……?」

「あなたは今、小学6年生なの」

「しょうがく……ろく、ねんせい……」

 

 どうして、私は、そうなっている?

 

「そう、小学6年生。やっと、ひとりさんと会えた……」

 

 女の人は、私の手をそっと握る。

 大きな手のはずが、さほどでもなくて。

 それは、私の手が……大きいからで。

 握られて手をほどいて、手をじっと見た。

 指に触れて、大きさと形を知る。

 

「左手……」

「左手がどうかしたの」

「指の先が、硬い……」

 

 ギター?

 

「な、なんで、この指、ギターの……」

「ひとりさん、落ち着いて」

「ギター、ギター……」

 

 ギターなんてやったら、後藤ひとりは、

 

「わ、私がギターなんてやったら、死んじゃう……」

「え?」

「なんで、私、ギターなんてやりたくない……!」

 

 痛みで頭を抱えて丸くなる。お腹がもっと痛くなる。

 

「落ち着いて……ひとりさん、落ち着いて……説明するから」

「死んじゃだめ、死んじゃだめなのに……なんで……」

「ひとりさん、ギターを弾いても死んだりしないの。落ち着いて」

 

 言ってもわかるわけない。

 言うわけにはいかない。

 言ってしまった。

 

「あ、あぁぁあああ、あああああ……」

「ひとりさん!?ひとりさん、大丈夫!?」

 

 いなくなりたい。消えてしまいたい。

 痛みが止まらない。痛みが消えない。

 

「痛い、痛いぃ、ぎぃっ、ああぁ、あああ……」

 

 私が、消えない。

 

「痛み止め……い、痛み、止め……」

「……ごめんなさい、別のあなたから、痛み止めは飲ませないでって……」

「なん、で……なんでぇ……」

「ひとりさん、今、あなたのお母さんがこちらに向かってます」

 

 お母さん。どうして。

 

「別のあなたが、やっとひとりさんが起きるから、って……」

 

 別のあなた?

 

「別、のあなたって……」

「後藤ひとりさん、もう一度言います。あなたの中には、別のあなたがいます。三人」

 

 私の中に、別の私?

 それってまるで、

 

「多重、人格……?」

「……分かるの?多重人格という言葉が」

「わ、分かり、ます……」

「どうして……?幼稚園から記憶が途切れてるとは思えない……」

 

 答えられなかった。答えられない。

 どうして、なんて私が聞きたいから。

 けれど、聞けない。

 27歳で死んだ私の記憶。それが私を4歳でも27歳以上でもなくしているのに、それがどこからどうしてやってきたのか見当もつかない。誰に聞けば分かるのかも。

 被せられていた布団を引き寄せて、頭から被った。

 

 何も聞きたくない。

 何も見たくない。

 何も言葉にしたくない。

 

「ひとりさん、大丈夫……?」

 

 何からも聞かれたくない。

 何からも見られたくない。

 何からも語りかけられたくない。

 

「構わないでください……」

 

 早く消えてしまいたい。

 けれど、この体は。”後藤ひとり”という体は、生きていなくちゃいけないから。

 死にたいけど、死ねない。死んじゃいけない。

 ”後藤ひとり”を生かさないと。

 

 怖くて、つらくて、苦しくて、涙が止まらない。泣くことを堪えられない。しゃっくりみたいに声が出て、その度にお腹が痛い。

 

「ひとりさん、まだ、あなたがそこにいますか?」

 

 聞きたくない。

 答えたくない。

 

「お母さんがいらっしゃいましたよ。……どうぞ」

「ひとりちゃん……ひとりちゃんなの……?」

 

 返事をしちゃだめだ。

 布団を強く握りしめて、閉じこもる。

 

「ひとりちゃんなのね……?」

 

 布団の上から、そっと力を感じる。

 抱きしめられている?

 

「ああ……ひとりちゃん……おかえりなさい……」

「お、かあ、さん……」

 

 返事をしてしまった。

 

「おかあさん……」

「ひとりちゃん、顔を見せて……ね……」

 

 布団を取り上げられる。握りしめていたはずなのに、力が抜けていて。

 

「やっぱり、ひとりちゃん……」

 

 私は、むき出しになっていた。

 今まで、私がいなくなっていて。

 ”おかえりなさい”と言われて。

 けれど、この体は別の誰かが動かしていたらしくて。

 つまり、私はいなくなっていた。消えていた。

 なのに、帰ってきてしまった。

 どうして。

 痛みは止まない。

 どうして痛みが止まらないんだろう。

 

「よかったですね……」

 

 向こうに立っている女の人、この学校の保健の先生がそう言った。

 

「はい……」

 

 それにお母さんが返事する。

 

 なにもいいことなんてない。

 ここは小学校だけど、どこの小学校かも知らない。

 周りにどんな人がいるのかも分からない。

 私の中の別人がどうしていたのかも知らない。

 勉強のことなんて知らない。

 どうしてこの体がギターを弾いていたのか知らない。

 知らないことしかない。

 いきなり放り出されて、どうすればいいか分からない。

 

「それと……ひとりさんのお母さん、ひとりさんは、その……初経が来たようでして。とても痛みがあるみたいです」

「あら……あらあらあら……」

「しょけい……」

 

 しょけい。処刑。違う。

 初経?

 それは、つまり……生理?

 

「ああ、ひとりちゃん?初経っていうのはね……」

「生理……?」

「あら、分かるの……?」

「うん……」

「お母さん、また少しよろしいですか?その、ひとりさんの中では幼稚園児の頃から今までの記憶がすっぽり抜けているそうでして……でも、多重人格という言葉と意味は分かっているそうなんです……」

「そんなこともあるんですねぇ……あの子達のおかげなのかしら……」

「私もひとりさんのことがあるので調べましたが……専門ではないのでなんとも……」

 

 私が生理のことを知っているのは、単に死んだ後藤ひとりの記憶があるからで、それ以外にない。

 でも、生理ってこんなに痛いんだ……。パンツの中も気持ち悪いことに初めて気がついた。

 

「いっ……」

 

 深呼吸したら、またお腹が痛んだ。

 

「ひとりちゃん、痛いのね……?先生、痛み止めは……」

「その。なゆたさんがここに来たんです。ひとりさんが出てくる直前に。それで、”痛み止めはひとりちゃんに飲ませちゃだめ”だと……」

「そうなんですか?なゆたちゃん、何か考えがあったのかしら……」

 

 なゆたちゃん?

 

「それ、誰……?」

「誰って……ああ、なゆたちゃんのこと?なゆたちゃんは……ひとりちゃんの中にいる子達の一人よ」

「わ、私の……別の、人格?」

「そう、別の人格。本当に分かるのね」

 

 私の知らない私。

 

「千里ちゃん、万理ちゃんになゆたちゃん。それがひとりちゃんの別人格」

「知らない……」

「そうなのね……でも、三人ともひとりちゃんのことは分かってたそうよ」

「知らない……」

 

 ずっと痛い。声を出すだけでお腹に響いて痛む。

 

「ひとりさんのお母さん、今日はもうひとりさんとお帰りになった方が……」

「そうですね……ひとりちゃんも具合が悪いことですし……」

「お家に、帰るの?」

「そう、お家。お父さんはお仕事だから、夜には帰ってくるわ。それにね、もう一人家族が待ってるのよ」

「もう、一人?」

「そう、ひとりちゃんには、妹がいるの」

「妹……」

 

 後藤、ふたり。

 知っている。それは、死んだ後藤ひとりの妹でもあるからだけじゃなくて、

 

「ふたり……」

「……分かるの?」

「なんで、なんでか、わからないけど私、ふたりのこと、知ってる……」

「私には不思議なことばかりです……まだまだ勉強不足と言いますか」

「いいえ、先生は大変よくしてくださってます……」

 

 何故か分からないけれど、知ってる。あの後藤ふたりのことじゃなくて、私の妹。

 

「ふたりのことをよろしくね、って……言われた気がする」

 

 誰かに言われた覚えがある。

 それが誰かなんて分からない。

 

「その口調は……きっとなゆたちゃんね」

 

 お母さんには分かっていた。

 

「千里ちゃんはふたりちゃん、って言うし、万理ちゃんはきっと”よろしくな”って言うから」

 

 お母さんは、私なんかよりもずっと”後藤ひとり”のことを分かっているみたいだった。

 

「ひとりちゃんがいなかった間のことも、みんな教えてあげるから……さ、帰りましょ?……先生、タクシーを呼んでも構いませんか?」

「ええ、大丈夫です」

「ありがとうございます。……ごめんね、ひとりちゃん。今ちょっと電話するから」

 

 お母さんは私から離れようとする。衝動的にお母さんの服を引っ張った。

 

「あ……ごめん、なさい」

 

 お母さんはそのままベッドにまた座って、

 

「ううん、いいのよ……先生、ここで電話しても大丈夫ですか?」

「いいですよ」

 

 お母さんは私を右手で抱き寄せながら、左手の携帯でタクシーを呼んだ。

 

 ここで私のことを知っているのはお母さんだけ。

 私が知っているのもお母さんだけ。

 ここを出たら、全く知らない場所。

 知らない誰かに見られたらと思うと、私じゃない私を知ってる人に見られたらと思うと、耐えられない。

 

「本当の後藤ひとりさんは……こんな子だったんですね……」

「昔は、もっと明るい子だったんですけど……その、別の病気で入院して以来……」

 

 私が嘘をついてみんなの輪に入ろうとした頃のこと。

 あの指にとまっていい人間だという嘘。

 不安と痛みを紛らしたくて、お母さんの体に抱きつく。

 いつもの匂い。

 安心していると、少し眠くなってきた。

 首がかくん、と一度お母さんの体に触れる。

 

「ひとりちゃん、疲れたのね……起きたら知らないところにいたんだものね……」

「そうですね……私のことさえ知らないんですから……」

 

 眠いのに、痛みのせいで眠れない。

 

「痛いよ……お母さん……」

「……どうして、なゆたちゃんは痛み止めが駄目だっていったのかしらね……」

「やっぱり、なゆたさんには分かる何かがあるのかもしれないですね。……まるで、痛くなければいけない、みたいな」

 女の人は少し大きな声で、

 

「そういえば、千里さんはよく転んだりして怪我をしていましたよね……それで、痛そうな擦り傷だったり打ち身だったりをしたとき、凄く泣くんです。でも、しばらくすると何事もなかったようになって……千里さんにも聞いたんですが、”ひとりちゃんが起きちゃった”みたいって……」

 

 お母さんも少し声を大きくして、

 

「ええ、うちでも覚えがあります……やっぱり千里ちゃんなんですけれど、怪我をして……先生の仰ったとおりのことを言ってましたから……」

「強い痛みを感じると……ひとりさんが起きる、ということですよね……」

「だからなゆたちゃんは……」

 

 話が分からない。

 私の中の私は、どうして私に意地悪をするんだろう。

 後藤ひとりが嫌いだから?

 

 だったら、私のほうが何万倍も嫌いだ。

 痛めつけるなんてせずに、そのまま閉じ込めて、消してしまえばいい。後藤ひとりなんていなかったんだって、みんな忘れてしまえばいいのに。

 忘れられたくないのに。忘れられたい。

 でも、やっぱり、消えてしまいたい。

 死ぬことが出来ないのなら、私を消してほしい。

 ここまでやってきた、別の私が”後藤ひとり”を生きていってほしい。

 

 そう願っているのに、私の中には誰もいない。

 多重人格だなんて、嘘だと思った。

 

「千里なんていない」

「ひとりちゃん……?」

「なゆたも、もう一人もいない、誰の声もしない、誰も代わってくれない……全部嘘なんでしょ?いたら、代わってくれるよね?」

 

 そうか、ここ、病院なんだ。

 

「ねぇ、ここ病院なんでしょ?やっぱり、私、病院にいなきゃいけなかったんだよね、だから私ずっと寝たままだったんでしょ」

 そうに違いない。

「ねえお母さん、起きちゃってごめんなさい……これからも大人しく寝てるから。もうお家に帰れなくてもいいから、私のことは、もう、忘れてね」

「ひとりちゃん……そんなこと言わないで、ね、お家に帰りましょう?夜ご飯はひとりちゃんの好きなものたくさん作るからね?」

「ううん、本当は帰れないんでしょ。でもいいの、痛くても我慢するし、今度は病院から抜け出したりしないから。いい子にするから。だから、お願い、私のことは忘れて。ありがとう、お母さん……」

「ひとりちゃん……あなたはずぅっとお母さんの子よ、忘れるだなんて寂しいこと言わないで……」

「だから、ふたり、妹がいるのも私の思い込みで、話合わせてくれてるんだよね。でも本当に……もし、本当に妹がいるなら、お母さんはその子を大事にして、元気でいてね」

「ひとりちゃん……もうタクシーが来るから、ひとりちゃん……行きましょう?おんぶしてあげるから、はい」

「いいよ、ごめんね」

「歩けるの?」

「ううん、病院にずっといるから。お母さん、ばいばい」

 

 最後に抱きしめて、離す。

 お母さんはつらそうに泣いていた。

 

「お願いだから……帰りましょう……ひとりちゃん……お願い……」

「お母さん?」

 

 お母さんは、嘘をついていない。

 

「お母さん……嘘、ついてないんだね」

 

 つぶやく。

 

「分かって、って言われても、無理よね……起きたばかりだものね……でも、嘘ついたりしてないのよ……だから、お家に帰りましょう?」

 

 どうしていいのかわからなかった。

 わからなさすぎて、声も出せない。

 泣いていたけれど。

 

 

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