四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ! 作:怠鳥
廣井さんが行ってしまってから、季節が変わった。
お父さんとお母さんがお墓の手入れに来て、ふたりの近況を教えてくれたりしたけれど、ふたりは狂ったままだった。
すがりついて謝ろうとしたけれど、相変わらず触れなかったし、声も音にならなかった。
相変わらず、死人はひたすら無力だった。
§
夏の暑い日、4人の女の人が墓地に入ってきた。
みんな黒い服を着ていて、暑そうにしていたけれど……見覚えのある顔だった。
違う。
結構よく知っている顔だった。
大槻さん、長谷川さん、本城さん、内田さん。
SIDEROS。
大槻さんは左脇に松葉杖をついていて、本城さんに支えられている。
4人が私のお墓の前に、私の前に立ち止まる。
無言の時が流れる。
大槻さんは、俯いて震えていた。
「……とっとと出てきなさいよ、後藤ひとり」
涙を滲ませて、私の墓石を睨んでいた。
「そんなところがあなたの押し入れなの?防虫剤じゃなくて、雑草と、お香と、石と、カビの臭いの混ざったそんな狭いところが……今度はそこがあなたの押し入れなの?」
「ヨヨコ先輩、落ち着いて……体に障るっすから……」
「これが落ち着けるわけないでしょ……!なんで!なんで、な……んで……死んで……」
大槻さんはその場でふらついて、膝立ちになる。松葉杖がするりと脇から、指先から抜け落ちて。
そうして崩れ落ちたところを周りのメンバーに支えられた。
本城さんが肩を貸しながら、
「死ななかっただけマシで、自律神経まだグチャグチャなんですから……めまいも大丈夫ですか?」
「大……丈夫よ……!」
本城さんと長谷川さんの腕を振りほどく。
しかも左腕はらしくないほど雑に振り回して。
それで自分の足で立とうとするけれど、今度は後ろに倒れ込んで、
「危ない危ないですね~……」
内田さんがしっかり受け止めて、そして、私を見た。
目が合っていた。
「ごめんなさい~、ヨヨコ先輩が素直になれなくて~」
寂しそうな笑顔で、ウインクされた。
どういう顔をすればいいのか分からなかった。
「……ごめん、みんな。1人に、して」
「でも……危ないじゃないすか。もし転んだら骨ポッキンなんすよ」
「じゃあそこに座らせてくれればいいから……早くして!」
大槻さんがそう言うと、長谷川さんと本城さんは私のお墓に背を預ける形で大槻さんを座らせた。
「……じゃあ自分ら、少し外します」
「心配だからあんまり放っときませんけど、それは分かってください」
「……ありがとう」
……内田さんはまた私を見て、深々と頭を下げた。
大槻さんが一人になると、
「……このザマよ。自律神経失調症、骨粗鬆症と……脳出血。自律神経と骨はそのうち治るだろうけど……脳は……そのせいで、今も左足と……左手が、うまく動かないの」
大きなため息をついて、
「……ギタリスト、大槻ヨヨコは、死んだわ」
ギタリストの生命、手が動かない。
それは確かに、死だった。
「……リハビリはしてるから、ひょっこり生き返る日も来るかもしれないけれど、ね」
ままならない動きの左手を、ゆっくり握っては離してを繰り返す。
それを見つめながら、大槻さんは笑っていた。
歯を食いしばりながら。
「いい思い出は出来たわ。ワールドツアー……貧乏ツアーだったけど」
結束バンドがゆっくりとした全国ツアーをやっている途中あたり、SIDEROSはワールドツアーに出掛けていた。
日本での評価が頭打ちになった、それにテコを入れるためだって話だったと思う。
「……いろんなステージを渡り歩いたわ。まぁ……大体がオープニングアクトよ」
そう言うと、動く右手で携帯を取り出して……動画を流し始めた。
§
野外のステージ。まだ明るいから昼間。
観客が大きなステージの前にひしめく、まさに大舞台。
長谷川さん、内田さん、本城さんがステージの下手から出てきて一礼。
そして最後に大槻さん。深々と、そして数秒と長く礼をした。
歓声が上がる。
野太い声の群れ。
それからポジションについてそれぞれが楽器を持ち、中でも最も手早く済ませた大槻さんがマイクの前に立つ。
『
『BOOOOOOOOOO!』
『あ……えっ……と』
いきなりのブーイング。それに本城さんが、
『ヨヨコ先輩!2分で!』
『あ、うん……
『Yeaaaaaaaaah!!!』
『
『HAHAHAHAHAHAHA!』
『
マイクを通さないように咳払いを一つ。
『
『BOOOOOOOO!』
『えっなんで……?』
『ヨヨコ先輩~アメリカだともうそういうのちょっと厳しいらしくて~、エブリワンならいいんじゃないですか~』
『あ、じゃあ……
『YAAAAAAH!』
『あ、いいのね……これで……』
大槻さんは深呼吸して目を閉じ、開いて、
『
『YEAAAAAAAAAAAAH!』
『
長谷川さんがスネア、シンバルとバスドラを3発鳴らして煽る。
『YAAAAAAAAAH!』
『
本城さん、内田さんも加わって更に3発鳴らして煽る。
『YEAAAAAAH!』
『
『WHOAAAAAAAAAAAAAAAAH!』
更に3発。
そして長谷川さんがオープンハイハットでカウントして曲が始まった。
英語の意味はほとんど分からなかったけれど、バンドの売り込みがすごいと思った。
§
何本か短い動画を続けて見せてくれた。
でも、本数が進むたび、1本目のような雰囲気はなくなっていった。
それは慣れたからじゃなかったと思う。
大槻さんの雰囲気がおかしかった。
最後の動画では、もうMCの一つもなかった。
§
「自分じゃ分からなかったけれど、だんだんおかしくなってたらしいの」
大槻さんが、俯きながら呟いた。
「もうそろそろ無理も効かないのに本番前は3徹……そもそも眠れなかったし、あと海外のエナドリでカフェインうっかり摂りすぎたり……色々失敗して、イライラして、情緒不安定になって……みんなに当たり散らしたり……でも私が“おかしい”って、もう気付かれてたから、“そのせいなんだから”って、許してくれて……」
泣いていた。
鉄のような人が、涙を流していた。
「─────日本に帰る直前で、倒れたの」
膝を抱えて、顔を隠した。
「……か、海外の医療費、馬鹿になんないわよ。保険入ってたから良かったけど、なかったら……借金で火だるまになるところで……それに……私が退院するまでみんな居残って……そっちは自腹だし……」
大槻さんが生きていて、よかったと思った。
それだけで、よかった。
「目を覚ました私に、みんながなんて言ったと思う?」
それは、多分、私にも分かった。
「『死ななくてよかった』って……泣いて」
肩を震わせて、
「私も、『ごめん』って……大泣きして……それから、それから……」
しゃくりあげるように泣いて、
「とっくに……あなたが……死んでたこと、を……知らされて」
「おか、しくなってた、私に……言ったら、どうなるか、わから、なかった、からって……」
「今すぐ……飛び出し……て……行き、たかった。居ても、立っ、ても居られなかった……でも、左、足、左手……動かなかった……ぁ」
「みんなで、泣い、た……」
「なんで、あなた、死んだの……」
「私、だって、まだ……生きてるのよ……?」
「何も違わないのに……」
「何かの、間違いのはず、なのに……」
「生きて……いてよ……」
「寂しいよ……」
「さみしいよぉ……!」
顔を上げて、天を仰ぐように、蒼い空を睨むように。
無力になった左手を、私の墓石に、背中越しに叩きつけた。
「……すなおになれ、なくて、ごめん……なさい……!」
鉄が、溶け落ちるのを見た。
3人の仲間が駆け寄ってくる。
欠けた蒼い惑星の傍で、3つの衛星が周っている。
藍の宇宙で寂しくないように。
§
3人の女の子が目を覚ます。
陽だまりの真ん中には、眠る幼い女の子。
そしてそれを見下ろす黒毛金縞の虎。……の着ぐるみを着た何者か。
「……あ、もしかして……ひとりちゃん?」
「あー……結局私たちに制御戻ってきたのか。で、それが……」
「こんなに小さい、女の子のままなんて……」
虎の着ぐるみが挙動不審気味に手を振って3人に挨拶をする。
「あ、”ギターの悪魔”じゃん。ここ数年いなかったのに」
「”悪魔”さんは……ひとりちゃんとお話、した……?」
着ぐるみは頭を振り、否定した。
「”ギターの悪魔”さん、なんで声出さないの?」
千里が聞くと、
「……声出すのひさしぶりすぎて……」
虎の着ぐるみは、背が高かった。人格のイメージとしての姿が高校生くらいの千里よりも、着ぐるみの分を差し引いても少しだけ。
「ここ別に本当に声出してるわけじゃないんだからぁ。なんで喉の調子気にするの?」
「あっ、あの……やっぱりお話するのって、リハビリとか必要というか」
「いやいやいや……でも、まぁいいや。”ギターの悪魔”さん。出てきたってことは、みんなに”もう1人”いるって打ち明けるの?」
「えっ……いや、それはしないけど……この子が引きこもりたがってたから、閉じこもる手助けをしに……」
「なんで後ろ向きなヘルプしちゃうのかなー……」
万理もなゆたも呆れ顔で虎を見ている。千里はそれを横目に見て、
「そういう時は普通、ひとりちゃんが頑張れるように手助けするもんじゃないのさ?……私よりも大人の人格でしょ?昔からその格好だったし……」
「えっその大人だからってなんでも出来るわけじゃなくって……」
「ダセえ……」
万理の言葉に胸を押さえ、虎はうずくまり丸くなった。
「うう……」
「”ギターの悪魔”。本当にギター以外何も出来ねえのな」
「うぐぁ!」
「”悪魔”さん、もうちょっと人間に手を貸すとか出来ないと仲間にしてもらえないけど……」
「イマジナリーじゃない人格がいてもぼっちなのか私は……!」
「"今後のご活躍をお祈りしています"って言っちゃうよ?怖い言葉なんだよね……」
「や、やめて……!それだけは……!」
「じゃあ、もうちょっとひとりちゃんの社会復帰に協力して?それができるなら、”コンゴトモヨロシク”って言って?」
「こ、こんごともよろしく……」
「……で、今後ともシクヨロしてもらったわけだけどさぁ。実際、ひとりちゃんにちゃんとしてもらうにはどうすればいいのかなぁー……」
陽だまりの中で横たわる少女を囲みながら、4人は検討する。
「やっぱり”強い痛み”がひとりを引っ張り出すわけで……逆にそれがないと出て来れないってのは問題だな」
「あっそのタンスに小指をぶつける……」
「やっぱお前本当に悪魔か」
「この体は私たちのものだけど、本来はひとりちゃん1人のものなんだから……それに、ひとりちゃんを無闇に痛がらせないようにしないと……やっぱり”悪魔”さん役立たず……」
「ご、ごめんなさい……」
虎はどこからともなく段ボール箱を取り出すと、それを被って座り込んだ。
「……なんで段ボールなんてここにあるんだ?」
「うーん、想像の世界だしねぇ、ここ。なんでもありなんじゃない?」
「こういう時は……こうすればいいんじゃないかな」
なゆたの手にはいつの間にか金属バットが2本握られていた。
そして片方を万理に渡し、
「そういうことで……」
「なるほど」
万理は受け取ると段ボール箱を蹴りつけ、
「おらっ出てこい”ギターの悪魔”!」
「出て来い……っ!出て来い……っ!」
なゆたも金属バットで叩いた。
「ひぃ!?た、たたた、助けてぇ……!」
「”ギターの悪魔”さんさぁ、もうちょっと真面目に考えてくれないかなぁ……」
「ま、真面目に考えたんですけどぉ……!止めて!叩くの止めて!」
「万理ちゃん、なんでバット使わないの?」
「いやガチでブン回したら危ないし」
「高校球児を不良みたいに言うのはやめて?」
「お前のその発想もダメだろ」
「……あ、あの……助けて……」
「しょーがないなー。万理ちゃん、なゆちゃん。そこまで!」
「ちっ」
「うん……」
「た、助かった……」
ずたぼろの段ボール箱を脱ぎ捨てて、虎の着ぐるみが這い出る。
「まとめると……まとめると?まとめるとどうなるんだっけ、万理ちゃん」
「ややこしくないからお前でもまとめられるだろうが」
「いやまぁ、なんかテキトーになりそうだからその辺万理ちゃんがね、テキニンかなーと」
「もういい面倒だから。まとめると、強い痛みしかひとりを引っ張り出せない。逆に私たちは引っ込められて意識もなくなる。手詰まりだな。……以上。いいか?」
「あっはい……端的……」
「なんで大人の人格のお前が感心してん、だ!」
万理は着ぐるみを蹴った。
「いたい!」
「”悪魔”さん、本当にギター以外教えてくれない、ね!」
なゆたがボディを殴った。
「はがぁ!……はい、入っ……入った……はが……はが……」
「おいお前ボディはやめろ、着ぐるみだから当たりどころ分からんだろ」
「え?着ぐるみは殴るのが一般常識でしょ?」
「北海道の伝統を全国の常識にするな」
「あーあー、好きにやっちゃってー。おーい、”ギターの悪魔”さーん、大丈夫?」
「あぅ……だ、大丈夫じゃないです……なんで子供にいじめられてるの……いじめられたことだけはないのに……」
「お前可愛くないからだよ」
「へ……へへへ……子供に可愛くないって言われても大人はくじけないもん……」
「ギター弾いてるときだけ手の部分外すじゃん、手は好みだけど」
「あっえっ……えへへへ……」
「万理ちゃん……ついに自分の人格まで口説いてる……」
「なるしすとって言うんじゃないのこれ?」
「違う。って言うのもさ……」
万理は一息目を閉じると、鋭い視線で虎を見据え、
「お前、結局何者なの?」
「えっと……それは、この子の別人格、です……」
「違う。……オカルトなんて信じたくないけどな、お前はひとりから生まれる別人格だとも思えない。それこそ本当に”悪魔”とか、なにか取り憑いてる存在なんじゃないか?」
虎はひとりの傍にしゃがみ、髪を撫でた。
「その……取り憑いてる、のは間違いないかな。うん……あなたたちが生まれる前から私はこの子に入り込んでた」
「……じゃあ、”悪魔”さんは何者なの?悪魔?」
「悪魔よりも質の悪い、悪霊……?」
「ぞっとしないねぇ……」
「で、悪霊がギター弾けるのはなんでだよ?」
「それは……私が27歳で死んだギタリストだから……かな」
「”ギターの悪魔”さん、実は有名人だったりするの?」
虎は一頻り黙り込み、
「ううん。全然」
そう言うと本当の、着ぐるみじゃない虎の姿になって、闇の方へと歩き出した。
「また引っ込むのか?」
「病院に行くんでしょ、そのうち。そのときに出るから」
「”ギターの悪魔”さん!あなたの本当のお名前は何なの!」
遠ざかる虎に千里が問う。
「言えない。それに、検索しても出てこないし……」
虎は再び立ち上がり、また着ぐるみになって振り返る。
金のパーツを備えた黒のギターを構えて、1人、佇んでいた。
「でも、ギターヒーローだったよ」
瞬く間もなく姿は消えた。
万理は虎の消えた場所に向かって、
「……検索にも出てこないレベルで無名なのに自称ギターヒーローは痛すぎね?」
虚空にうめき声が響いた。
「そーそー、そういうのは実績や人気があって初めてなるもんだよ。アンガス・ヤングとかドニントン?どこだっけ?まぁいいや、丸々沸かしたじゃん」
あっあんまり洋楽詳しくないです……とまた虚空に響く。
「やっぱりあいつ”後藤ひとり”じゃないぞ。AC/DCは私もなゆたも知ってるからな」
「うん……お父さんと一緒にサンダーサンダーうるさかったし……あと、やっぱり”ギターの悪魔”さん、『お祈り』しちゃうよ……?いい……?」
GIYAAAAAHHHHという叫びが轟く。
「”ギターの悪魔”さん、出て来ないだけで割とずっといるの?」
「どーだか。いそうな気がするけど」
「……ひとりちゃんが表に出てる時も、見てるだけなのかな……。だって、ひとりちゃんを引っ込めたのは”悪魔”さんなんでしょ……。だったらひどいよ、『引きこもりたがってたから閉じこもる手助け』……なんて……」
「おー、なゆちゃんよく気付いたねー。そうなると……どうなる?」
「いやお前こっち見るな。……まぁ、私たちとひとり、その橋渡しが出来るかもってことなんだよな」
「だって”悪魔”さん、私たちからも体取っちゃえるし……今ここにひとりちゃんが引っ込んでるのも、”悪魔”さんが体を取ったからなのかな……」
「……あいつ自分のこと悪霊って言ってたよな。それが体乗っ取るってホラーすぎないか?」
3人で黙り込む。
虚空にまた声が響く。
れ、霊媒師は勘弁してください……という泣き言だった。
「お母さんに相談しよっか?」
「うん……これこそ本当の”お祈り”だね……」
お願いですから盛り塩とかお札くらいで許して……という懇願が闇から溶け出すように聞こえてきた。
「はぁ……そろそろいじめるの飽きたし……誰が出る?」
千里は、陽だまりの中で眠るひとりの小さな体を抱き上げながら、
「万理ちゃんよろしくー」
なゆたもひとりの頭を撫でて、
「ひとりちゃん見てるね」
「分かったよ……じゃ」
陽だまりの中に万理が立つ。
中学生くらいの後藤ひとりの姿をした、鋭い目の少女。
万理が目を覚ます。
「……あれ?家じゃない……?」
知らない天井だった。