四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ!   作:怠鳥

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序章-2

 それから、私はギターの練習に没頭した。

 勘を取り戻すために。ギターヒーローに戻るために。

 

 私の部屋にはバンドのみんなが代わる代わる様子を見に来てくれた。

 

 喜多ちゃんは軽い合わせ練習に付き合ってくれたし、虹夏ちゃんはご飯を作って一緒に食べてくれたし、リョウさんは新曲の相談に来てくれた。

 

 リハビリ、作詞、それと健康的な生活に邁進して、体の調子も上向いてきた。

 そして、

 

「もう、そろそろ大丈夫そうです」

 

 バンドの皆、事務所にそう宣言して、私は復帰を決めた。

 

 早速ライブがスケジュールされた。

 全国ツアーになるそうだったけれど、結構日にちは空いていたからガタの来た私の体力でもなんとかなりそうだと思った。

 

 でも、その見通しは甘かった。

 移動だけでへばるようになっていた。

 

 前乗りして英気を養う、それでも体力が回復しなかった。

 ライブが終わるたびにダウンして、アンコールは私だけ椅子に座ってやることになってしまった。

 演奏はひどくならないよう頑張ったけれど、バンドマンとして私はもはや死に体だった。

 復帰宣言を早くも後悔していた。

 

 昔習ったこと。酒でドーピング。

 それは絶対にできなかった。やったこともないし、これからやるつもりもなかったけれど。

 ただ、そんなことを思い出すくらいには切羽詰まっていた。

 

 バンドの皆にも相談することにした。

 

 喜多ちゃんからはヨガを教えてもらって、無理なく体力を付けることを勧められた。

 リョウさんは結構素っ気なかったけれど、主治医に相談するのが一番いい、とアドバイスをくれた。実家が病院なだけあって、当たり障りないようでいて的確だった。

 虹夏ちゃんは、家に定期的に通いに来てくれて、作りおきのご飯を作ってくれた。材料の買い出しのとき、買い物袋は私も持った。

 

 それが体力で悩む私への愛のムチだということは痛いほど伝わってきた。

 

 買い物の度に目に入る、お酒のコーナー。

 薬を飲んでいて、飲みたいという気持ちは抑えているし、飲むと酷く悪酔いする刑罰のようなことも起きるらしいのに、もう飲みたくないのに、目線が酒を追う。泣きたくなる。

 

 虹夏ちゃんは帰る前に、いつも料理酒やみりんを持って行ってくれた。

 その度、私はコメツキバッタのように頭を下げて、ありがとう、ありがとうと言っていた。虹夏ちゃんも、何がありがとうなのか分かっていたと思う。寂しそうな笑顔でいつも別れていた。

 

 リョウさんはたまにドライブに連れて行ってくれた。静かな場所。

 

「寝てていいよ」

 

 助手席で、私はいつも寝ていた。

 リョウさんはタバコを吸うようになっていた。私も酒に溺れるよりはマシかな、と思って吸わせてもらおうとした。けれど、

 

「だめだよ、ぼっち」

 

 止められた。

 

「な、なんで、ですか」

「まず普通に体に悪い。本当なら酒のほうがマシ」

 

 いつもの掴みどころのない雰囲気とは違っていた。

 

「それと、これが一番ぼっちに重要だけど、ニコチンやその他諸々の有害物質は肝臓で代謝される」

「えっと……つまり?」

「肝臓壊したぼっちには絶対NG」

「あっはい……ありがとうございます」

「ん」

「副流煙吸わせないためにドライブ中は我慢してる」

「あっごめんなさい……」

「でもぼっち寝てたからそこらじゅうで車停めてタバコ吸ってた」

「あっ、ああ、はい」

「だから気にしなくていい」

「あっはい」

「あと実はさっき駐禁で一枚切符切られた」

「……」

「次はうまくやろう」

 

 なんというか、いつもどおりのリョウさんだった。

 

 喜多ちゃんは、私に気を遣ってか遠くに連れ出すことはしなかった。リョウさんとドライブに行っていることは、多分私の知らないところでバンドのみんなに伝達されているんだろう。

 あまり気張らなくていい、けれど健康志向なレストランで写真を撮ったり。私が生きていることを発信してくれた。

 

 服は、喜多ちゃんが選んでくれた。昔、お母さんが買ってくる服は嫌いで袖を通すことはほぼ無かったけれど、喜多ちゃんの選ぶ服は何故か着れる。お腹を冷やさないようにいつも少し厚着。相変わらず私は笑顔が下手で、ピースサインもぎこちなかった。喜多ちゃんの笑顔は昔から変わらないなぁ、と思った。

 

 §

 

 時間が出来たから、実家に顔を出そうと思った。だから電話をかけて、

 

「あっお母さん?明日帰るから」

『あ、そう?迎えに行くわね』

「えっ、あ、え?」

 

 切れた。

 それで明日部屋を出ると、見慣れない車に乗ったお父さんがいた。

 

「さぁ乗った乗った」

 

 電車で2時間かかるから、車だと当然それ以上かかる。

 正直、助かるのか逆に辛いのか分からないけれど、寝ていれば家に着くというのは気楽だった。

 私は助手席に乗るなり、癖のように一瞬で眠りに落ちた。

 最近出来た、体力温存のための戦術だった。

 

「おーい、ひとり。着いたよ」

 

 声をかけられて起きる。

 久しぶりの我が家。なんだか、何十年も帰ってなかったような気がして涙が出た。

 

「ただいま……」

 

 空は夕暮れ、茜色。東の空はもう暗い。助手席から這い出して、玄関をくぐる。

 リビングからふたりが出てきて、出迎えてくれた。

 横浜にある進学校の制服だった。

 

「おかえり、お姉ちゃん」

「ふたり……」

「久しぶりに帰ってきたし、ギター教えてくれない?」

「いいよ、教えてあげる……」

 

 思わず抱きしめた。

 

「え、な、何?何?いきなり」

 

 戸惑うふたり。けれど、そうした自分も何を考えていたのか分からなかった。

 でも、何か残したかったのかもしれない。

 柄にもない私の行動に、ふたりは突然泣き出した。

 

「お姉ちゃん、こ、こんなに痩せちゃって……」

「うん……」

「死なないよね?生きてるんだよね?」

「うん……」

 

 ふたりは、とても賢い子だったなぁと思い出していた。進学校に通ってるんだものなぁと。

 

 私のための消化のいい食事で夕食を済ませて、それからふたりにギターを教えた。

 ふたりのギターは、ちょっとヒネた型だった。

 少し弾きにくくて、久しぶりに下手っぴ呼ばわりされた。

 それが懐かしくて笑ったら、本気で心配された。色々、自業自得だった。

 

 それから一晩家で過ごすことになったから、久々に自分の部屋で寝る。

 懐かしさを感じる家の布団で寝転がっていると、部屋にふたりが入ってきた。

 

「お話したくて」

 

 深刻なトーンだったから、

 

「いいよ」

 

 そう言って私は布団の隅に寄った。

 ふたりが入ってきて、私を背中から抱きしめた。

 

「あのね」

「なに?」

「私の肝臓、お姉ちゃんに分けてあげる」

 

 血の気が引いた。

 

「ふたり」

「辛いんだよね」

「ふたり」

「そんなの見てる方だって辛いから」

「ふたり……」

「だから、私、お姉ちゃんに肝臓を分けてあげたい」

 

 それで、私は私の罪を思い知らされた。

 私のせいで、ふたりは自分の体を傷つける覚悟を決めてしまった。

 私がふたりの人生を狂わせている。

 

「私のも全部なくなるわけじゃないし、それに、こんなに元気だから。分けてあげてもいいかなって思ったの」

「自分で調べたの?」

「うん。頭いいもん」

「そう……」

 

 私は寝返りを打って、ふたりに向き直る。真剣な目。涙が溢れそうになっているが月明かりの照り返しで見えた。

 右手でふたりの頭を撫でて、

 

「ふたりは優しいね」

「お姉ちゃん」

「でも、だめだよ。ふたりの肝臓はふたりのものだから」

「じゃあ」

「いいんだよ。……悪いお姉ちゃんで、本当にごめんね」

 

 ふたりは、歯を食いしばりながら泣いた。わんわん泣きたかっただろう。

 私にはもったいない程よくできた妹で、そんなふたりには、ずっと元気でいてほしかった。私がその邪魔になることに、耐えられなかった。

 家族をこれ以上傷つける度胸なんか、私にはなかった。

 それに、早晩死ぬと決まったわけじゃなかったんだし、これからは健康に生きると決めていたから。

 

 ふたりが寝静まったのを待って、私は布団からそっと抜け出した。多分、お父さんかお母さんのどちらかは起きているだろうと思って。一階に下りると、二人共そこにいた。

 

「寝なくていいの?辛くない?」

「大丈夫か?それと、ふたりが……」

「ううん。いいから」

 

 椅子に座った。

 

「ふたりにね、"肝臓を分けてあげる"って言われちゃった……」

「ええ」

「やっぱり知ってた?」

「ひとりが肝臓を壊したって知ってから、すぐに"私のを移植すればいい"って言い出したよ」

「そう……」

 

 3人とも、ため息をつく。

 私は、これだけは伝えたかった。

 ふたりの両親に、わたしの両親に。

 

「人の痛みがわかる、いい子に育ったね、ふたりは」

「そうね……」

「私、ふたりを泣かせちゃった……」

「やっぱり、断ったか?」

「うん。ふたりにはふたりの体を大事にしてほしいからって。説得力ゼロだけど……」

「お父さんの肝臓ならどうだ?」

「お母さんだって覚悟は出来てるのよ」

「いいよ……」

 

 申し訳無さに泣きながら、

 

「こ、これからはね、健康に気をつけるから、体……大事にするから、心配しなくて、いいから……」

「わかった、わかった……」

「ええ、だから、ゆっくり休みなさい」

「うん……おやすみ」

 

 部屋に戻ると、ふたりはいなくなっていた。多分、気を遣ってくれたんだろう。

 ありがたいと思う反面、寂しかった。誰かの温もりが少し、いや大分恋しかった。

 ふたりの部屋に行くことも考えたけれど、やめておいた。

 

 次の日、寝起きで苦しんでいる私のために、部屋までふたりがお粥を持ってきてくれた。色々な野菜が入っていて、薄味だけど美味しかった。

 

「おいしい……」

「私が作ったんだよ」

「ふたりは料理も上手いね……」

 

 そして、時計が目に入って、

 

「っ、けほっ、ふたり、今日、学校、遅刻……」

「家族の介護のために遅刻します、って連絡してあるんだよ」

「……はぁ……しっかりしてる……」

 

 本当に、ふたりは賢い子だと思った。

 家を出るとき、またお父さんが送ってくれることになった。仕事は有給を取ってお休みにしたんだとか。

 ふたりは結局私を見送るまで家にいた。もう昼過ぎだったのに。でも、心配ないかと思った。私の妹はとても賢くて、いい子だから。

 

「お姉ちゃん、元気でいてね」

「うん」

「いつでも帰ってきてね」

「うん。また、ギター教えてあげるから」

「約束してくれる?」

「うん、約束」

 

 小指を繋いで、約束をした。

 車が出た後も、道を曲がるまでずっとふたりは手を振っていた。

 

「お父さん」

「なんだい」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 私は眠気に耐えきれなくて、また眠った。

 

 §

 

 約束は果たせなかった。

 

 §

 

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