四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ!   作:怠鳥

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本編-13「きれいな旋律」

 二人共泣き止んでから、

 

「……まずは退院して、それで今度の通院で色々決めようよ。それまでは、今まで通り。あまり何も考えないようにしよう」

「そうね。……ああ、万理ちゃんは本当にしっかりしてて、どっちがお母さんなのかしら……」

「メソメソしないで。お母さんはお母さんのままでいいんだから」

「うん。……それじゃ、そろそろお母さん帰ろうかしら」

「わかった。……見送りは、まだ足元が怪しいからここで」

「そうね。じゃあ、ちゃんとベッドに入るまで見てるからね」

 

 お母さんが立ち上がるのに合わせて、万理も立ち上がる。千里と違って危なげなく。なゆたの陰で学んだ通りに。

 点滴スタンドを転がしながら、ベッドの左側へ。

 そのまま座り、両手をマットレスについて体を支えながら足をベッドの上に上げようとする。

 

 でも、

 

「あ、足上がんない……お腹攣る……」

「あぁ……大丈夫?楽にして、お母さんが持ち上げるから……」

「あ、いや大丈夫……もう少し深く座れば……」

 

 勝手に足が上がってくるまでベッドに深く座り、上面に上がってきた足を寝姿勢になるようずらしていく。

 

「ふぅ……これで大丈夫」

「本当に大丈夫?その……一人でおトイレ行ける?」

「そっちはまぁ。起き方は分かってるから……」

「ならいいけど……それじゃ、お母さんお家に帰るわね」

「うん。それじゃ」

 

 お母さんは家から持ってきた着替え類の入った鞄を置いて、帰っていった。

 一人きりの病室で、万理は点滴を眺める。

 まだ時間がかかりそうだった。

 

「……本、読むか」

『その前にロキノンだけばーっと読ませてよー」

『今すぐ厳選、厳選、厳選、厳選』

「わかったロキノンは読むから……」

『厳選……厳選……』

「そっちは消灯後でいいだろ……」

『わかった……』

 

 万理はまず音楽雑誌を開いて、パラパラと斜め読みしていく。洋楽アーティストのニュースが載っている。

 

「そういえばマッカートニーが来たんだな……お、NIRVANA。それに……トム・ヨークだ。Pearl JamとThe Killers……あ、Suedeも」

『キラーズいいよねぇ……キラキラしててさー』

「私はちょっとキラキラしすぎてて……てかARCADE FIREもあるし……最近のアメリカ系オルタナってなーんか垢抜けてて……」

『ひねてるなぁ……ニルヴァーナだって大概ポップでしょ?』

「あ?3枚目は文句なしにグランジだっただろ」

『左利きだからってカートの肩持ち過ぎなんじゃない?』

「関係ないだろ。……まぁ、3枚目も少しだけポップ要素残ってるけど。こればっかりはカートの才能がそっちに向かってたんだろ」

『評論家みたーい』

「うっせえ」

『……ニルヴァーナはなんか、メタルのなりそこないみたいな歪みで好きじゃない……』

 

 万理が陽だまりを出て闇の中のなゆたを探す。

 

「おい、なゆた出て来いこの野郎」

「……だって、音が重い割にズブいし……メタルファンが飽きて乗り換えたってことはちょっとした味変みたいなものなんじゃないかなって……」

「違う。全然違う。同じ耳で聞いてんのにお前だけ腐ってんのか」

 

 なゆたが万理の目の前に近付いて、けれど目線は上げずに、

 

「でもグランジ、ニルヴァーナが終わったら一緒に終わったでしょ……?」

「チッ……まだパール・ジャムとかいるんだぞ」

「でも似たようなジャンルが代わりに出てきてグランジは廃れてる……パール・ジャム以外ロクに残ってない……」

「クソが……そんなに否定できない……」

 

 千里が闇の中から少し顔をのぞかせ、

 

「万理ちゃんは暗い暗い、音質もちょっと汚いオルタナが好きなんだもんねー。あとメタル」

「ジャズマスターでメタルなんてやったらそれこそなり損ない……」

「メタル弾きたい時はレスポール使ってるだろうが……」

 

 万理はまた闇を見渡し、小さな影を探す。

 

「……あ、いた。……ひとりはどんな音楽が好きになるんだろうな」

 

 小さな女の子。まだ昏昏と眠り続けるひとりを見下ろして、万理はつぶやく。

 

「私達がお話できないから、教えてあげることもできないんだよねぇー」

「そこはちょっと残念……」

「仕方ないだろ。……はぁ、読み直すか」

 

 洋楽雑誌に一通り目を通して、次は邦楽雑誌。同じ雑誌名にジャパンがついたもの。

 とりあえず表紙を眺めて、次に目次を開き、

 

「……なんかピンと来ないな」

『あ、でもKEYTALK載ってるよ、下北のバンドなんだよね』

「あー、まぁお前は割と好きだよな、ああいうの」

『下北一回くらい行けば良かったな』

 

 目次を見つめる。

 

「……メジャーデビューかぁ」

『もう下北とかそういうバンドじゃなくなるんだろーね』

 

 下北。下北沢。

 なぜか、足が竦む土地。

 

「でも、行けなかったし、行かなかっただろ、下北」

『……」

 

 千里が押し黙る。なゆたも何も言い出さない。

 

「なんでだろうな、私達……下北には行けないのは」

『わかんないね、そこはねー……』

『うん……よくわからないけど怖い……』

 

 3人ともが思う、下北沢への恐れ。

 踏み入ってはいけないような気がする。理由もなく。

 

「まぁ……古着屋に行けなくてちょっとなーってくらいだし……」

 

 そういうことにして誤魔化した。

 

『うん、その、古着屋も東京なら渋谷と原宿でいいしねー、横浜にもあるしさー……』

『渋谷で十分……私は新品がいいけど……』

「……もうロッキンはいいだろ。私が読みたいもの読むからな」

『はーい……まぁピンと来ないのは私もだったし』

『私は退院したら電撃買うもん……』

 

 雑誌をテーブルの隅に退けて、文庫本を手に取る。

 中身は”マリア様がみてる”。その1巻だった。

 

「……すげー女社会だよな、これ」

『だよねー……』

『しかも結構古いよね……』

「らしい。去年完結したんだとさ」

 

 読み進めていく。

 

「……あいつ、こういうのが好きなのか」

 

 しみじみとつぶやく。

 

『万理ちゃんもダンスのお相手してみたいの……?』

「わりと」

『私達運動神経さっぱりだからねー……できるのかな?』

「別にブレイクダンス?とかそういうのじゃないんだからリズム感あれば……大丈夫だろ」

 

 挿絵を見つめて、

 

「等身高っ……祥子さまの方、10頭身くらいないかこれ」

『というかねー、これ白薔薇さまとか紅薔薇さまとか……本当にそういう世界あるの?っていうのがあるよね……』

『ゲームならよくあるけど……シドルファス・オルランドゥは”雷神”とか……ラムザのお父さんは”天騎士”とか……』

「確か……タクティクスだっけ……あれ見てて結構面白かったな……ストーリーのえげつなさが」

『でもあれ、ファンタジーじゃない?ファイナルファンタジーだし』

『タクティクスは他と比べてすごくえげつない……タクティクスオウガはまだやってないけど、多分オウガにFFの魔法とか出しただけだと思う……』

「……まぁ、この本もファンタジーだよな。多分……」

『お嬢様の世界だとありえるのかな……』

『……それよりも、それを万理ちゃんにあの子が勧めてくるってことを考えたほうがいいんじゃない?多分万理ちゃんとなら一緒にダンスしたいってくらい思ってるんだよ?』

『万理ちゃん、もう遊びじゃすまないよ……?』

「人聞き悪いな……別に弄んでるわけじゃあるまいし」

 

 千里は真剣な声色を頭の中に響かせ、

 

『万理ちゃん。なゆちゃんの言う通りだよ。あの子は万理ちゃんが好きだよ。万理ちゃんの”好き”より、ずっとずっと強いよ。万理ちゃんが言ったんだよ、恋人なんて面倒だって』

「あれは……彼氏の話だっただろ……」

『万理ちゃんは言わなくても、あの子は言うかもしれないよ。”好きだよ”って、”愛してる”って、そういう感じがするよ』

「……”感じ”だろ」

『そうだよ。私はそれしかわかんないし。でも、どうするの?』

 

 万理が言葉に詰まる。

 

『これからどうなるかわかんないけど、でも、もうね、私達が相談して誰かが引くとか、そういうの出来なくなるかもしれないんだよ。ひとりちゃんがはっきり起きちゃったんだから。それに、万理ちゃんはひとりちゃんに絶対に体を返すんでしょ。あの子がどうなるかわかる?』

「もうやめろよ……」

『”お互いが好きなのかも”って感じのこと、もうやめよう?ひとりちゃんがしっかり起きたら……私達と一緒で……ワイワイできると思ったからあんな決まり考えたけど……そうじゃなかったじゃん……もう私達、責任取れないんだよ……』

「……だから、だったらさ……思い出になるくらい……いいだろ」

 

 万理は頭を抱えながら、

 

「たぶん、あいつも……好きな男が出来て……彼氏作って……普通に生きてくんだろうなって、思ってるから……でも、なんか……やっぱり好きだから……たまにちょっと思い出してくれるような傷とか付けたいんだよ……踊ってやりたいし、キスもしたい。でも笑って別れたい……」

 

 なゆたが囁く。

 

『……そんなキレイに終わるわけない……』

「私達は子供だから、思い出になればキレイになるだろ……大人には難しくたって、きっと……それに、私はやっぱり女が好きだよ……男なんか好きになれない……もしも、もしも……私が一人の人間でも、でもやっぱり普通に彼氏作ったり結婚したりは……無理……」

 

 大きなため息をついて、

 

「普通じゃないなら、せめてキレイな思い出が……それで、あとはひとりに人生を返して、そこで私は終わりでいい……」

 

 万理は文庫本を閉じると机の上に置いて、リクライニングの起きたベッドに頭を預け、天井を仰いだ。

 

『なんだか、儚いね……万理ちゃん……』

「お前らもだよ」

『でも万理ちゃん。私が許してあげるから、あの子に好きって言って。はっきりさせてあげなきゃ許さないから』

 

 千里はやはり、厳しい態度を崩さない。

 

「……お前が一番大人なの、納得できるのそういうとこだよな」

『好きなんだよね?だったら万理ちゃんの思う通り、キレイなお別れに急いで突っ走って』

「は?……いや、うん、ちょっと……考える……」

『私もいいよ……別に……好きな人いないから……』

『じゃああの点滴が終わるまで考えさせてあげる。答えはイエスしか許さないからね』

「いや待った考える意味ないだろ」

『はーい、よーいスタート』

「っ……あぁー……もう」

 

 点滴を見つめる。落ちる雫を。

 

「って……もう終わりだろうがこれ!」

 

 点滴パックの中身はもうほぼ空だった。

 

『イエス一択なんだからいいでしょ?』

『いわゆる一本道シナリオ……』

「……分かった、分かったよ……もう」

 

 傍から見ると激しい独り芝居だったけれど、それも終わった。

 ドアが開いた。

 

「後藤さんー?点滴外してお着替えしましょうねー?」

「はい……」

 

 釈然としない気持ちのまま、点滴とおむつを外す。

 ただ、まだ流石に立って着替えるのは難しくて、足を持ってもらう介助付きでパンツに履き替えた。

 そして、聞きたかったことを聞く。

 

「あの……お風呂って入れませんか?」

「あー、気になりますかー。気持ち分かりますよー。でも今日は我慢して体動かすのに慣れてくださいー。病室の外をちょっと散歩するのがいいですかねー。テレビも置いてありますしー」

「うーん……わかりました」

「はいー。すみませんけど、そういうことでー。それと、もうすぐ晩ごはんですよー」

「ああ、はい……」

『おいしくないって言ってたけど……』

『どんなんだろーね』

「晩ごはん終わりましたらー、一度病室の外を見て回ってみて欲しいですねー。それじゃあまたすぐ後ですねー」

「はい……」

 

 病室から出た看護師はすぐに戻ってきて、食器の載ったお盆を持ってきた。

 ベッドテーブルの上にお盆を載せて、

 

「はいー、今日の晩ごはんですー」

「え?」

「まぁ、結構衝撃かもですねー」

 

 お粥ですらない、白い液体だった。

 

「えっと、これは……」

「重湯ですねー。少ないお米で作ったお粥の、その汁なんですー」

「はぁ……」

「胃腸がしばらく動いてなかったのでここからスタートなんですー。それとー……」

 

 お盆の左には重湯のお椀。右には蓋の付いたプラスチックのマグカップ。右の方の蓋を看護師が開けて、

 

「……味噌汁ですか?」

「これもごめんなさい、結構薄いんですー。さっきの話はそういうことでしてー」

「なるほど……」

 

 重湯、味噌を溶いたお湯。それと、

 

「……ミル、ミル?」

 

 降って湧いた甘いものらしき紙パックの飲み物。乳酸菌飲料と書いてあるから、ヤクルトに似たもの。”薄味”、”おいしくない”食事に降って湧いた甘いものに違和感を覚える。

 

「デザートとお腹の調子を整えるのを兼ねてますけど、甘みはそこまでですねー」

「はぁ……」

「ヨーグルトというか、牛乳っぽいというか、そんな感じですー。でも明日からは普通のデザート付くようになりますー。それじゃ、ゆっくり食べていきましょうかー」

 

 看護師から音頭のような指導を受けながら、ゆっくりと食事。

 重湯を小さいスプーンで掬って飲み、薄い味噌湯をマグカップから少しずつ啜り、それだけでもずいぶんかかった。デザート代わりのミルミルもストローを刺して飲みながらで。

 

「あ、なんか……お腹が重いというか……疲れてる感じが……」

「こういうお食事から慣らしていく理由ですねー。実感できましたー?」

「はい……いきなり米とかだったら吐くかも……」

「胃がびっくりするからそうなるかもですねー。それじゃ、お食事下げますねー。あ、次からは自分で下げてもらうことになりますから、明日の朝説明しますねー」

「はぁ、分かりました……」

「はいー。じゃあ、お腹の調子少し落ち着いたら好きに見て回ってくださいー」

 

 そう言うと看護師はお盆を持って、

 

「それではおやすみなさいー。消灯時間になったらあまり夜更かししないで寝てくださいねー」

「はい……ありがとうございます」

 

 病室を出て行った。

 万理はお腹に左手を添えて、

 

「……あー。胃がもたれる。あんなので……」

『早くお菓子食べたいねー……』

『でも、すごく勉強になった……』

「まぁ、なゆたには面白いかもしれないけどさ……さて」

 

 テーブルの隅に寄せてあった本、雑誌を手に取り、

 

「……活字は眠くなりそうだし、ロキノン読み直すか」

 

 雑誌を選び取り、他をテーブルに。

 けれど結局ろくに身が入らなくて、すぐに雑誌を閉じた。

 

「なゆた、代わっていいぞ」

 

 万理がそう呟いて目を閉じ、まもなくなゆたが目を開いた。そして3DSを手に取って電源を入れる。ホーム画面から迷わずポケモンを選んで起動し、OPを飛ばし、セーブデータをロード。

 

「……攻略本とかwiki見たいな……」

 

 なゆたの独り言に千里が口を挟み、

 

『いつも家のパソコンで見てるもんねー。でも覚えてないの?』

「覚えてるけど……発売から日が経ってないから。研究が進むと新しいやり口が発明されたりして、効率が上がるの……」

『私は楽しくできればそれでいいと思うけど、なゆちゃんにはそれが楽しいんだもんね』

「第一情報がないと対戦で勝てない……相手を煽れない……」

『お前本当に性格悪いな』

「万理ちゃんのクズ……」

『なんでいきなりディスった……?』

「女の子弄んで”キレイに別れよう”とか言ってるの、クズの思考回路だもん……」

『それより終わった話蒸し返すの謎なんだけどな……?』

 

 千里が少し不機嫌そうな声で、

 

『これからの話だから終わってないんだけど』

「そうそう……」

『……退院してからだろ』

 

 それで千里も万理も黙り込み、なゆたはプレイヤーキャラを操作し、ひたすら育て屋の回りをぐるぐる歩き回らせる。

 タマゴを孵化させつつ、次のタマゴを待っている。

 けれどそれも集中できないようで、タマゴを1つ孵化させて、また新しいタマゴを1つ受け取ったところで電源を切った。

 

「お腹ちょっと痛い……」

『でもいつまであの食事なんだ……』

『早く普通のごはん食べたい……』

 

 色気より食い気というわけじゃなくて、もっと切実な、日常に帰る道筋の話だった。

 

 

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