四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ! 作:怠鳥
それに伴い、更新は一時停止とさせていただきます。
予めご了承ください。
次の日、なゆたが目を覚ました。お母さんに包み込まれるように抱かれて眠っていて、いつまでもそうしていたい気持ちになった。けれど少し身じろぎした途端、
「あら、起きた?」
「お母さん……」
「なゆたちゃんが起きたのね?昨日は万理ちゃん、泣き疲れたらそのままぐっすりだったのよ」
「あ、あの、万理ちゃんがごめんなさい……」
「いいのよ、それに、ほら……」
なゆたの背中の方を指差すと、そこにはふたりがしがみついていた。
「ふたり……」
「あなた達が元気ないから、寂しくなっちゃったみたい。一緒に寝たがってたから、ね」
なゆたはそっと仰向けになると、隣のふたりの頭を撫でる。
ふたりが眠りながらも微笑むのを見て、なゆたはふと気づく。
「あ、今、朝だよね……何時……?」
「もうすぐ7時よ」
「……学校行かなきゃ……」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫─────」
お母さんの真剣な眼差しを受けて、考え込む。
「千里ちゃんもなゆたちゃんも大丈夫そうだけど、万理ちゃんはどう?」
なゆたは目を閉じて、
「ちょっと、待って……」
陽だまりの中に立つ。すると、そばに立つ千里、そしてその陰で膝を抱えて座り込む万理がいた。
「おはよ、なゆちゃん。起きてからずっと万理ちゃんこんなんで」
「こんなんって言うな……」
なゆたから見て、昨日のような深刻な感じはしなかった。
「和に会うのが怖い……」
「ヘタれてるんだよねー」
「ヘタレだよ私は……」
「ヘタレてるね……」
「何度も言うな……」
なゆたはひとつため息をついて、陽だまりに戻る。
「……万理ちゃん、あの子に会うのが怖いんだって……」
「あら……?その、好き同士になったんだもの、会いたくて仕方ないんじゃないの?」
『理由言えるわけないだろ……』
『昨日より元気だけどヘタレに戻ったのはなんだかなー』
なゆたはうまくごまかすつもりで、
「えっと……ちょっと進みすぎた……の……?」
「えっ」
お母さんが目を見開いたまま絶句。それに対してなゆたは首を傾げている。
再起動して、
「あのね、そのお母さん、女の子同士の恋愛ってよく分からないのよね。それで、進みすぎたっていうのは、あの、キスしたっていうのは学校からの電話で聞いてるのよ、えっと、進みすぎたっていうのは……」
早口で、でもぎこちない質問だった。
三人共流石に事実は言えなかった。
「えっと……多分、エッチなことじゃないけどエッチな感じ……」
「?????」
「ごめん……万理ちゃんも言いたくないと思うから……」
そこでお母さんは少し考えて、
「……明日病院だけど、カウンセラーの先生には言えそう?」
「え?」
『多分、言わなきゃいけない気がするんだよな……』
「そうみたい……」
お母さんは少し顔を険しくさせながら、
「そう。じゃあ、お母さんはこれ以上聞かないわね。万理ちゃんが話したくなったら聞くから……」
なゆたは胸をなでおろして、学校に行くために起き上がろうとする。
けれど、
「あ、え?お母さん……」
お母さんが強く抱きしめてきて起き上がらせない。
「もう少し……ううん、お母さん、今日はずーっとこのままでいさせてほしい気分」
「え?でも学校……」
「お母さんが電話しておくから、ね?」
お母さんのわがままでズル休み。なゆたにとっては魅力的で、千里にとっては仕方なくて、万理にとっては複雑極まりない。
「しばらくあなた達がいなくて寂しかったもの。お母さんにも構ってほしい時だってあるのよ」
「うん……」
静かに朝寝、というには眠ってはいないけれど、それを続けていると、
「美智代ー?どこだいー?」
「あ、お父さん……」
「ここよー」
トタトタと足音がして、それからふすまが開く。
「どうしたんだ?三人とも今日も学校だし……まだ具合が悪いのかい?」
「今日は私がこの子たちと一緒にいたいの」
「……うーん」
お父さんは顎に指を当てて、目を閉じて少し考え込むと、
「まぁ、そういうことならしょうがないかな。朝ごはんは自分でなんとかするから」
「それは私がやるから、ああ、簡単なものしか作れないけど……今から準備しなきゃ」
「僕のことは気にしなくていいよ。せっかくだから、どこか……みんなで散歩して……外でモーニングでも食べに行くとかどうかな?」
「え、ええ……ごめんね、あなた……」
「それじゃ、僕は準備したら仕事行くから。ごゆっくり」
お父さんは微笑みながらふすまを閉じて、階段を降りていった。
お母さんは数秒呆然として、少し顔を曇らせた。
「ごめんね、わがままで悪いお母さんで……」
「いいと思う……たまには……」
なゆたはお母さんの背中を撫でて言う。
学校が別に好きじゃないなゆたにとって、お母さんが、お父さんが喜ぶならズル休みは歓迎気分だった。
ふたりにも、昨日構ってあげられなかった分たくさん遊んであげられるし、それにお父さんが勧めてくれた散歩して朝ごはんというのも楽しそうだと思っていた。
「楽しみだね……」
「なゆたちゃん……ありがとう」
きゅっと抱きしめられた。
千里の喜びが、万理の切なさが、なゆたの安心が体を満たす。
§
それから、母娘3人で二度寝をして、遅い朝ごはんを食べに駅前に歩いて行って。結局ランチタイムの一番乗りでお洒落な洋食を食べた。お母さんは鱈、ふたりはお子様ランチ、そしてなゆたはサーモンのフライのプレート。
それからイオンに行ってふたりの服を見たり。
夜ご飯の食材を買ったり。
§
その道すがら、千里が一昨日聞きたかったことを思い出す。
「ねえお母さん。私達、どうして遠い病院で入院してたの?」
お母さんは少しぼうっとした表情になって、それから暗い顔。
「近くの病院は、昔にひとりちゃんが入院してたところだから……」
「それって……えーっと」
千里が口ごもってしまうと、お母さんはきっぱりとして、
「あんなところに、またひとりちゃんを入院させたくなかったの」
冷たく、吐き捨てるようにそう言った。
§
帰りは駅まで戻ったところでふたりが眠そうにしていたから、タクシーで帰った。着いたときには3時くらい。学校ではまだ授業の途中。低学年の子たちはそろそろ家路につく頃。お母さんは買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞って、ふたりを寝かしつけるとそのまま寝転んだ。
「ほら、一緒にお昼寝しましょ?」
暖房をつけたばかりで肌寒いリビングの小上がりで、三人でくっついて眠る。
穏やかで、夢のような日常。
呼び鈴が鳴る。
「……あら、お客さん?」
お母さんが身じろぎして、万理も目を覚ます。
「ちょっと出てくるわね」
起き上がってお母さんは玄関へ。
「はいー、今開けますー」
「お邪魔します」
ドアの向こうから、お母さんの声ともう一つ。
聞き覚えのある声。とても良く知っている。違う。
万理の好きな声。
「……和?」
万理は思わず起き上がって、ふたりをそこに置いて玄関へ向かった。
「万理ちゃん、いますか」
「いますけど……あ、万理ちゃん?」
万理が玄関に着くと、そこにはやっぱり彼女がいた。
ランドセルを担いだまま、帰りの格好をしていた。
「……和」
「万理ちゃん……どうして来てくれなかったの?」
「それは……」
「病気じゃないよね?どうして?ズル休みしたの?」
「その……」
万理が口ごもっているとお母さんが、
「ごめんなさい。私がお願いしてズル休みしてもらったの。ほら、この子しばらく入院してたから、私が寂しくって。それで今日は一緒にいてもらったの」
少しばつの悪そうな微笑みに、和は呆然として黙り込んでしまった。
けれど、それは10秒くらい考え込んでいただけらしくて、
「……万理ちゃんはお母さんの方が大事なんだね。ううん、当たり前だよね。でも、でも、昨日の今日で、どうして逃げたの?」
目を剥いて万理を視線で刺す。
万理が、両手を首に持って行く。呼吸が苦しくなる。深く息が吸えなくなって。
「万理ちゃん!?万理ちゃん、大丈夫……?ゆっくり息吸って、吐いて……そんな急いじゃだめ……」
万理は膝から崩れ落ちて、隣のお母さんにしがみつく。
「ねえ、万理ちゃん、私達恋人同士だよ?」
「あ……あなたが万理ちゃんの好きな子だったのね……でもちょっとお願い、あまり万理ちゃんを……」
「そんなにお母さんが好きなの?万理ちゃん」
万理の呼吸が更に速くなる。視界が暗く明滅して眼の前が見えない。
「お、ね、が……和……も……やめ……て……」
万理が消え入りそうな声で、俯きながら言う。
それに和はまた黙り込んだ。
「万理ちゃん!万理ちゃん……ゆっくり、ゆーっくり息して……」
お母さんが万理の背中をさすりながら落ち着かせようとする。
「そうなんだ」
和がそれだけ言い放つと、近づいて来る。
「和、ちゃん……?今はちょっと……ちょっと、何を」
首に手をかけられた。両手。揺するように顔を上げさせられる。そのままキスをされた。
万理は、また絶望の恍惚の中に落ちた。
死にたい気持ち、お母さんへの想い、和から受ける想いへの罪悪感。
そういうもの全てに対する罰のような仕打ちに。
万理は心のどこかで、ずっとこれを望んでいた。
罰されることを望んでいた。
彼女にも万理を責める資格は十分あったから。
彼女のことも好きだったから。
そして、万理にとって一番罰を与えてほしいひとは、最もふさわしい人は、絶対にそうしてくれないから。
「や、やめて、離して……!やめなさい……!」
お母さんが万理の首にかかった手を解こうとする。和はそれに従うみたいに、すんなりと手を引っ込めた。
「……」
見下すような慈しみの表情で、和は万理を見つめる。
それと目を合わせて、万理は少し速すぎる深呼吸を繰り返す。蕩けかけた表情で。
「ねえ万理ちゃん。こういうことできるのは私だけだよ」
「和ちゃん、好きでも嫌いでもこういうことはしちゃダメよ……こんな酷いこと……」
「万理ちゃんがしてって言ったことですよ」
「……」
お母さんが言葉を失って、万理を抱きしめる。
和は、
「私が一番万理ちゃんのことが好きなんです」
そう言うと玄関のドアを開けて、
「お邪魔しました。……万理ちゃん、また学校でね」
去っていった。
「ごめんね……万理ちゃん……お母さん、こんなこと言いたくないけど……お願い、あの子と一緒にいちゃ駄目……」
「……」
万理としての自意識は、ここで一旦眠りについてしまった。
陽だまりに誰もいない、抜け殻の体。
代わりに千里が表に出て、
「……ごめん、お母さん。万理ちゃん、寝ちゃった」
「……いなくなってないわよね?ちゃんといるのよね……?」
お母さんが泣きながら千里にすがりついて言う。
千里は違和感の残る首筋を爪でポリポリ掻きながら、
「うん。ちゃんといるんだけど……うーん……ひとりちゃんほどじゃないけど、引きこもっちゃったの、かなぁ」
「……そう」
お母さんが更に強く千里を抱きしめる。
「なゆたちゃんはちゃんと起きてるのよね?」
「うん。なゆちゃんはバッチリ。代わる?」
「うん、お願い……」
ゆっくりとしたまばたきの後、なゆたがお母さんを抱きしめた。
「私は大丈夫だよ……ちゃんといるから……」
背中を優しく撫でる。ふたりが好きと言ってくれた手で。
「あ……」
お母さんが声を上げて泣いて、
「あぁああああぁ……」
なゆたはそれを優しく胸で受け止めていた。