四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ!   作:怠鳥

27 / 27
書き溜め、もとい投稿の準備が尽きました。
勝手ではございますが、別の場所で一旦完結させて投稿用の編集が完了するまではハーメルンでの投稿を停止します。
ご理解いただけますよう、平にお願い申し上げます。
探さないでください。


本編-20「メヌエット」

 結局、お母さんも泣き疲れたように、また小上がりの畳の上でふたりと一緒に眠ってしまった。

 夕方のいい時間で、そろそろ夕食の準備をしなきゃいけない。

 けれど、二人をそっとしておきたかった。

 

 料理をしなきゃいけない、そう思ったけれど。

 

「家庭科でやったことって……あんまり覚えてないね……」

『うーん……私は全部さっぱりかなぁ。みんなと楽しく白いご飯を食べましたー……ってことだけ?』

「……うん、それだけなんだけど……」

 

 それだけをやることにした。

 米を計って、研いで、水を入れて炊飯。

 たったそれだけでも、指がかじかんだ。

 

 手を洗ってタオルで拭いた後、うなされるお母さん、すやすや眠るふたりの間に寝転がって、ただ側にいた。

 

 とっくに日は暮れて、でもまだお父さんは帰ってこない。なゆたは少し考えて、お母さんを起こすことにした。

 

「お母さん……」

 

 お母さんは、うなされていた。

 

「……ひ、とりちゃん」

 

 ひとりの名前を呼んでいた。

 なゆたは切なくて、さびしくて、お母さんの肩を揺すって起こそうとした。

 

「お母さん、ごめん、起きて……」

 

 悪夢を見ているのなら、そこから救い出してあげたくて。

 

 お母さんは眠りが浅かったからか、ハッと目を覚ますと、

 

「あ、ご、ごめんなさい……なゆたちゃん?」

「起こしてごめんなさい……でも、私達、ご飯作れないから……」

「ああ……もうこんな時間……お米も……間に合わないかも……どうしましょう……」

「あ、あのね……お米は今炊いてるところだから……」

 

 なゆたがそう言うと、お母さんは目を白黒させて、

 

「なゆたちゃんがやってくれたの?」

 

 そう問いかけると頭を振って、

 

「ううん、やってくれたのね……ありがとう……」

 

 なゆたを抱きしめた。

 

「いいの、私達のせいで、ごめんね……」

 

 なゆたはお母さんの背中に手を回すと、やさしく撫でて慰めた。

 

 お母さんは立ち上がってキッチンへ行く。なゆたは、

 

「なにかお手伝い、できない……?」

「そうね……でも、お米洗ってくれたもの。ゆっくりしていていいのよ。それか、ふたりと遊んであげて?」

 

 それは少し、寂しい答えだった。

 だから、

 

「じゃあ、そばで見てていい?」

「そうね……いいわよ」

 

 お母さんは遅れを取り戻すために、慌ただしく動いた。

 だから、結局なゆたはあまり近くに寄って見たり、話しかけたりは出来なかった。

 分からないところを教えてもらうこともできなかった。

 そのうち日はとっくに暮れて、

 

「ただいまー」

「あ、帰ってきちゃったわ……」

「私がお父さんのお迎えするから……」

「あら、助かるわ……コートとスーツの上着を受け取って、2階のお父さんとお母さんの部屋、そこのハンガーに掛けておいてね」

「分かった……」

 

 なゆたが玄関に行くと、お父さんが靴を脱いで上がるところだった。

 

「お父さん、おかえり……」

「あぁ、なゆた。ただいま」

「お父さん、コートと上着……」

 

 なゆたが両腕を出すと、

 

「お、いいのかい?場所は分かるかな?」

「うん。お父さんとお母さんの部屋のハンガーだよね……」

「そう。多分分かると思うから。あと、シワは気にしなくていいからね」

「うん、ありがとう……」

 

 お父さんはコートと上着を脱いでなゆたに預けると、リビングの方へ歩いていった。

 

 なゆたは少し重い荷物を抱えて、転げ落ちないように少し前のめりで階段を登る。

 2階に着いたら一息ついて安心して、それからまた歩き、お父さんとお母さんの部屋に入ると、クローゼットの取っ手2つにそれぞれハンガーが掛かっていた。

 確かにわかりやすかった。

 

 上着を左肩に乗せてから、コートからハンガーに掛けていく。シワは気にしなくていいと言われたけれど、掛かっている見た目がいびつなのは良くないと思って、それだけ少し整えた。両方をハンガーに掛け終わって、なゆたは1階へ戻る。

 今日の夕食はイワシの予定だった。

 確か、イワシの梅煮。

 

 なゆたは和食より洋食派だった。だから昼のようなメニューが好みだけれど、決して和食が嫌いなわけでもない。

 ただ、お母さんがイオンでイワシを手に取った時、”今晩は和食なんだ”とほんのりとした落胆はあった。

 

 けれど、階段を降りていても煮物をしている匂いがしない。魚の煮える臭いも。だから少し不思議に思いながらリビングに入った。

 

「……じゃあ、これに乾燥バジルでも振りかければ……」

「あまり使わないけど、買っておいて良かったわ」

 

 お母さんとお父さんがキッチンにいた。

 

「そうだね、たまにイタリアンっぽくする時にしか使わないから……あ、なゆた。ありがとう」

「ううん、いいよ……でもお父さん、何してるの……?」

「ああ、イワシなんだけど、お母さんがカルパッチョにしてくれてね。それでお父さん、最後の仕上げだけちょっとお手伝いを」

 

 そのままお父さんはお皿を持って食卓に歩いていく。

 なゆたもその皿が置かれた食卓に寄っていくと、

 

「あ……」

「匂い、分かるかな?」

「うん……なんだろう……イタリアンによくある感じ……」

「乾燥バジルを少し振りかけて香り付けしたんだ。それっぽくなると思って……」

 

 なゆたとしては、嬉しい予定変更。

 お母さんは、

 

「本当は煮物にするつもりだったんだけど……間に合いそうにないし、あとはもう寒い時期だし、これも生で食べられそうだったから、スマホで少し調べたのよ。刺し身だと芸がない気もしたから……」

「そうなんだ……」

 

 なゆたが感心して相槌を打つと、お母さんはスマホの画面を見せてくれた。

 

 手順の長いレシピがそこには映っていて、

 

「大変だね、料理って……」

「そうね……でもこの手順は半分くらいがイワシの捌き方だから、慣れてればそうでもないのよ」

「……じゃあ、他のも並べていこうか。なゆたはふたりを起こして」

「うん……」

 

 §

 

 楽しい夕食が終わったけれど、お母さんは洗い物を済ませるとふたりを連れてすぐに部屋に戻ってしまった。

 それで、なゆたとお父さんの2人きりになる。

 

「……お母さん、どうかしたのか?」

 

 お父さんが切り出して、なゆたはしばし口ごもって、

 

「……あのね、万理ちゃん、今出てこれないの」

「……どうして?」

「みんなでお出かけして、帰ってきてお昼寝してたんだけど……万理ちゃんの……その、恋人が、お家に来て」

「……ああ、うん。その子と、なにかあったんだね?」

 

 お父さんは、確認だけしてくれた。だからなゆたはそれに甘えて、

 

「うん、あった……」

「詳しくは聞かないほうがいいかな」

「聞いてほしくない、けれど、心配するかなって……」

「うん。心配だよ。お母さんの様子がだいぶおかしいのは分かってる。でも、いいよ。多分……言いたくないけど、その。万理の恋人がやってきて、それでショックを受けるようなことがあったんだろうって。今はそれだけ分かれば、ね」

 

 食卓で向かい合っているところで、お父さんが立ち上がる。

 

「温かい飲み物にしようか。何がいい?」

「ココア……」

「分かった。……まだあったかな」

 

 お父さんがマグカップを2つ準備して、片方にスティックタイプのインスタントココア粉末、もう片方にインスタントコーヒー粉末を注ぐ。

 マグ2つとティースプーン2本を手に取って、湯沸かしポットの前に。

 お父さんはポットでお湯を出しながら、

 

「お母さんのことだけど、後はお父さんに任せてくれればいい。そこは、僕らは夫婦なんだしね」

「ありがとう……」

「こっちこそ、今日はお母さんのためにありがとう」

 

 スプーンでかき混ぜる音。

 

「はい、できたよ」

 

 なゆたの目の前に、スプーンの添えられたマグカップが静かに置かれる。

 3人で柄の有り無しで喧嘩しないように、薄青の無地のマグカップ。

 

「いただきます……」

 

 飲み慣れた甘みと香りが口と鼻に広がる。

 

「はぁ……」

「今日もお疲れ様でした」

「お疲れ様でした……」

 

 お父さんとお辞儀をしあって笑う。

 

「そうだ、千里はちゃんと起きてるんだよね?」

「うん。今は万理ちゃんの様子見てるけど……」

「ならいいんだ。それで、本題なんだけれども……明日、病院の日だろう?いつもはお母さんが着いて行ってるけれど、明日はお父さんが着いていこうと思って」

「……お母さんがふたりとお留守番?」

「うん。今日のこともあるし、もう少しゆっくりしてもらいたいと思ったんだ。ああ、もちろんお母さんがどうしても行くつもりだったら、いつも通りお父さんがふたりとお留守番するよ。どうかな?」

「うん……私はいいと思うし……」

『……あ、私?いいよいいよ?』

「千里ちゃんもいいって……」

「うん。ありがとう」

 

 お父さんはコーヒーを一口すすって、

 

「携帯もついでに買って帰ろうか?今から一緒にネットで見て目星をつけておこうか」

「うん……」

「パソコンをmacにするなら、iPhoneがいいのかもしれないね。同じ会社だし……」

 

 そう言って、お父さんはみんなで使っているノートパソコンを食卓に持ってきて電源を入れた。

 

 §

 

 結局、パソコンは万理が起きてこない今決められるものじゃない、となってしまったけれど、携帯は今流行りのiPhoneが良さそう、という話に落ち着いた。千里もなゆたもデザインは気に入っていた。けれど、万理は少しヒネたところがあるからAndroidを強硬に主張しそうだね、という話にもなった。

 

 お父さんはパソコンの電源を落として蓋を閉じて、

 

「それじゃ、そろそろお風呂にしたほうがいいかな。ふたりと一緒に入ってもらっていいかな?それからお母さん、お父さんの順で入るから」

「うん。いいよ……」

「じゃあ、様子を見に行こう」

 

 階段を登ってお父さんとお母さんの部屋に。

 お母さんはベッドでふたりを抱きしめながら眠っていて、やっぱりうなされていた。

 お父さんは早足に近寄って、お母さんの肩を揺すって起こす。

 

「美智代、起きて」

「……ぁ、あ……あなた?ああ、また寝ちゃってたわ……」

「うん。何かあったことは聞いてる」

 

 お母さんは体を起こして目をこすると、

 

「……ええ」

 

 肩を落としながら、そう呟いた。

 ふたりも眠い目を擦りながら起きようとしている。

 

「んぁー……」

 

 なゆたはふたりの側に寄っていって抱き上げて、

 

「ふたり、お風呂入ろう……?」

「んー……おふお……」

 

 そこでなゆたが思い出して、

 

「あ、お父さん……お風呂入れてなかった……」

「ああ、そっか。じゃあお湯張りしてきて貰えるかい?終わるまではふたりと遊んでいてもらえるかな」

「うん。分かった」

 

 ふたりをベッドに下ろすと、なゆたはまた1階に降りていった。

 お風呂場でお湯張りを始めて、また2階に上がって、ふたりを連れて行く。

 部屋を出ると、背中越しにお父さんとお母さんが話し始めるのが聞こえた。

 

「なゆちゃ、ギター……」

「うん。ちょっと静かめに弾くね」

 

 部屋に入って、ふたりをいつもの座布団に座らせ、なゆたはアコギをラックから取り出した。

 チューニングで上下する弦の音程に合わせてふたりが歌う。

 それになゆたは微笑みかけて、

 

「じゃあ、今日はお歌を歌うね……」

「わー!」

「静かにだけど……」

「ん!しうか!」

 

 体を揺らしながら、目を閉じてなゆたは囁くように歌い始めた。

 山崎まさよしのメヌエット。

 

 なゆたにとって、その曲は好きなゲームの曲で。一度聞いただけで心を撃ち抜かれた思い出で。アコースティックギターを手に取った最大の理由だった。山崎まさよしの情熱的なのに叙情的で切ない歌声も好きだった。ゲームを起動してはずっと聞いていた。

 

 なゆたは、自分が恥ずかしがり屋じゃなければ、とたまに思う。この曲の素晴らしさを、切なさを、祈りを、自分の指先から、口から伝えたいと思うから。

 けれど、今は家族に歌うのが精一杯で。それも、賢いけれどまだものを知らない小さな妹にだけ。

 歌い終わってまぶたを開く。

 

 少しの眩しさに目がくらんで、慣れる。

 ふたりは涙ぐんでいた。

 

「……どうしたの……?」

「ん……あおね、ん……ここ、きゅって」

 

 ふたりは自分の小さな体の胸を指差して、そう言った。

 なゆたはラックにギターを戻すと、ふたりを抱きしめて頭を撫でてあげた。

 

「ありがとう……」

「なんで……?」

「なんでも……」

「んー……」

 

 しばらくふたりをあやしていたけれど、そろそろだと思って、

 

「ふたり、お風呂入ろうね……」

「ん!」

 

 部屋を出て電気を消して、2人で階段を降りて風呂場に。

 なゆたはいつも通り、ふたりのお風呂の世話をしながら丁寧に髪の手入れをして、また2階に上がってきた。

 

「あ……あぁぁ……っ……」

 

 すすり泣き。お母さんの声。

 千里はいてもたってもいられなくて、なゆたから体をひったくって、お父さんとお母さんの部屋へ走った。ふたりを抱き上げて。

 無垢な笑い声を胸に抱えて。

 部屋に入ると、お母さんはお父さんに抱きしめられながら泣いていた。

 

「お母さん……?」

 

 千里がお母さんに声をかけると、お母さんは顔をひどく歪めながら、

 

「千里ちゃん……なゆたちゃん……いなくならないで……誰もいなくならないで……」

 

 お母さんがよろよろと歩み寄って来て、千里にすがりつく。

 千里は、軽い言葉をかけちゃいけない、と理解した。

 

 ”いなくならない”と言うことも、できないと。

 ともかく、言えることはこれだけだと思ったから、

 

「明日、病院で色々してもらえるといいね」

「……そうね……ごめんなさい」

 

 その色々は、”万理を起こしてもらうこと”も含まれていたけれど、それは言わなかった。

 慰めたいのであって、期待はさせたくない。

 

『なゆちゃん、これでいいよね?』

『うん……』

 

 なゆたも同じ考えだった。病院で学んだから。不用意に心に触れるべきではないことを。

 

 お父さんが寄ってくる。そしてお母さんを背中から抱きしめながら、

 

「明日、どうする?家にいるかい?僕が代わりに病院の付き添いに行こうかと思ってて……」

 

 お母さんは黙って首を振った。

 

「……じゃあ、家族みんなで行こうか。病院には……ちょっと、迷惑かもしれないけれど」

 

 今度は頷いて、

 

「……ごめんなさい」

 

 そう言って、部屋を出ていった。

 

「お風呂入ってくるわ……」

「うん。ゆっくり」

 

 お父さんが声で送り出して、それから千里を見た。

 

「そういうことで……大所帯になっちゃったね」

「ううん。せっかく東京出るし、なんか楽しいことして帰ろーよ」

「そうだね。……携帯は買っちゃって、それとパソコンも見て帰ろう」

「楽しみだなー」

 

 空気を変えようとして、千里は楽しげに話してみる。

 けれど、お父さんは少し押し黙って、千里がそわそわし始めてようやく口を開いた。

 

「どうしようもないかもしれないんだけど……お母さんは、怖いんだよ。みんながいなくなるのが」

 

 その声は震えていた。

「ひとりがいなくなって……始めて現れたのが、千里だった。それまで……」

 

 お父さんは、大きなため息をついて、

 

「……だれも、いなかったからね」

「んー……」

 

 千里は、自分が生まれたときのことを思い出す。

 白い病室で寝ていた。

 目を覚ますと、お母さんがそこにいて、”ひとりちゃん”と自分を呼んだ。

 でも違ったから、”ひとりちゃんじゃないよ”と言った。

 お母さんは泣いた。

 

「私達がいなかったって、どういう感じだったの?」

「今回入院になったときと、似てるのかな。でも、それよりも酷かった……と思う。目を覚ましていても、本当に、心がそこにないみたいで……何をしても、反応がなかった。何も見ていないし、何も聞いていないし、何も話さない」

「ザ・フーのトミーみたいだねー」

 

 千里が茶化して言うと、お父さんも少し笑って、

 

「笑い事じゃなかったんだよ……じゃあ今はクアドロフェニア、四重人格、か……」

「そうそうそれ。最初見た時、”私達のアルバムだ”って思ったもん」

「そうだね……まぁ、それで……そのうち、ひとりの中に他の人格が3人いることが分かって……」

 

 お父さんは言葉を少し切って、

 

「それで、3人で不思議なほど安定してたんだ。もっとたくさん現れたり、消えたりを繰り返すわけでもなく、きっちりと……だから、千里、万理、なゆたがいて、それ以上いないことが分かって、退院した……そういう感じだったね」

 

「そういう感じだったんだー……」

 

 千里がそれを受けて相槌を打つと、お父さんは最後にぼそりと、

 

「忘れられないのが、先生が言ってたんだよ……”主人格が不在であること以外は、まるで治療が完了しているようだった”」

 

 遠い目で、お父さんは一息天井を仰いだ。

 

「……ふたりはもう眠そうだね」

 

 千里はずっとふたりを抱えていたけれど、ふたりはずっと黙っていて、もうまぶたを開けていられなさそうだった。

 

「うん。じゃあお布団にいれてあげよっか」

 

 ふたりをお父さんとお母さんのベッドの真ん中に寝かせてあげると、千里は少し腕を回した。

 

「ふたりちゃんもおっきくなったねー」

「疲れたかい?これからもっと大きくなるよ」

「……いつか抱っこも出来なくなるのかなぁ」

 

 それは大した意味のない、ただ体重の話のつもりだったけれど、もっと重い意味があると気づいて、

 

「体重の話だよ?」

「……そうだね」

 

 少し、気まずくなってしまった。

 

 §

 

 それから千里は自分の部屋に戻って、布団を敷いて横になった。

 今日も色々ありすぎた気がしたから。

 穏やかな朝、楽しい昼に、衝撃の夕方、引きずった夜。

 

「なゆちゃん」

『なに?』

「……万理ちゃん、起きるといいね。できれば、ひとりちゃんも」

『うん……』

 

 陽だまりの中に千里が降り立つと、そのそばになゆたが座っていて、隣には万理が眠っていた。

 

「どう?」

 

 千里が問うと、なゆたは苦笑いを浮かべながら、

 

「死んだように眠るって、こういうことなのかな……」

 

 確かにそうかもしれない、千里はそう思った。

 白い顔色で、凍りついたように眠っている。

 そこで気づいた。

 

「あれ?ひとりちゃんは?」

「うん……見当たらないの」

 

 千里は思い出す。最後にここでひとりを見たときのこと。

 

「……”悪魔”さんがいたんだよね。昨日みんなダウンしちゃって私と”悪魔”さんだけになったんだけど……その後寝て、お母さんが来たから……その時にいなくなってた」

 

 千里はあたりを見回しながら、

 

「”悪魔”さーん!どこー?」

 

 千里が呼びかけると、虎の着ぐるみはすぐに闇から歩みだしてきた。ひとりを抱えて。

 

「あれ、なんでちょっと遠くにいたの?」

「あっあの、私……この子を守らなきゃいけなくて……」

「お母さんみたい……」

 

 なゆたの何気ない言葉に、

 

「あっ……私……結婚適齢期で死んじゃったんだ……」

「そんな地雷あったの……?」

「”悪魔”さん、そーゆーの興味ないイメージあったんだけど。まぁ勝手な想像だけどさー」

 

 “ギターの悪魔”は見慣れた通り挙動不審になりながら、

 

「あっ実際考えたことあんまりないんですけど、多分早い人ってこのくらいの子供いるんだろうなって……」

 

 露骨に落ち込んでいた。

 

 けれど、虎の着ぐるみがひとりを慈しむような目で見ているようになゆたは感じていた。

 それを置いておいて、

 

「”悪魔”さん言ってたけど……明日、病院で先生に会ってくれるよね……?」

「あっ…………はい」

 

 言葉を詰まらせたことになゆたは首をかしげる。

 

「どうなの……?」

 

 なゆたが詰め寄ると、“ギターの悪魔“はコメツキバッタのように頭を上げ下げしながら、

 

「あっ出ます出ますから……」

 

 そう答えたことになゆたは一応満足して背を向ける。

 “悪魔”は情けないため息をついた。

 千里はその様子を見て苦笑いしていたけれど、あくびと強い眠気が出てきて、

 

「ふぁー……んじゃー、そろそろ寝よっか……」

「うん……おやすみなさい……」

「あっおやすみなさい……」

 

 お母さんがお風呂から上がって2階に来るのを見届けていなかったけれど、なゆたと千里はそのまま眠った。

 ”ギターの悪魔”は座り込んで、みんなを見守っていた。

 

「……もう約束、守れないのかな」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。