四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ! 作:怠鳥
ツアーファイナル。場所は川崎。
満員御礼。
ファイナルだけあって大舞台。
というか、ハコを埋められるかどうか不安だったけれど、無事埋まった。
チケットの販売状況を知らされて、皆で胸をなでおろした。
私は、体調も体力も体重も少しずつ持ち直していた。
今の私の、万全だった。
§
私含めて皆が住んでる下北近辺からは流石に前乗り不要、となったから、前日は久々にSTARRYのスタジオで合わせ練習をした。体調は良かったから、休憩は挟みつつも全曲仕上げることが出来た。
今夜のSTARRYはライブがなくてバー形態だったから、終わった後のミーティングはそこでやった。
店長さんも、
「いいよ。好きなだけ話してれば」
そう言って許してくれた。
馴染みの机で車座に座って、少し黙り込む。
「来るところまで来たね、わたしたち」
虹夏ちゃんが切り出し、
「うん。あそこでやれるんだ」
リョウさんが答える。
そこに店長さんも入って、
「私がやってたころより遥か遠くまで行っちゃったな。まぁ時間はかかったけど」
しみじみとして、懐かしそうに言う。
「でもな……ぼっちちゃんに無理させすぎだろ」
「あっでも私がやれるって言ったので」
「こういうのは本人じゃなくて他人が傍から見て決めるんだよ。あー……」
少し天井を見上げると、
「しばらく充電期間あったほうがいいんじゃないか?」
「─────」
皆黙り込んだ。
「ぼっちちゃんも、まだ体キツイだろうし、明日の終わったら全員でゆっくりしたほうがいい。まぁ……新曲の準備とかレコーディングとかはやるべきだろうけど、ライブ、特にツアーは休む方向でな」
皆うなずいていた。私だけはいつもどおり俯いていた。でも、みんな瞬く間に答えを出して、
「そうしよう」
虹夏ちゃんが言った言葉に誰も異論を挟まなかった。今の私には、どうこう言う資格なんてなかった。
「明日のライブで一区切り、がんばろうね」
たったそれだけでミーティングは終わって、解散になった。
§
次の日、ツアーファイナル当日。
私は布団から起き上がれなくなっていた。
「……昨日、がんばりすぎた……?」
精神の薬も禁酒の薬もちゃんと飲んでるし、ご飯だって虹夏ちゃんの作り置きを美味しくいただいてる。
這いずりながら窓にたどり着いて、カーテンの向こうを覗く。
今日は雨だった。
「低、気圧……?」
幸い目が覚めた時間自体は早かったから、ロインで皆に連絡して、助けを求めた。
そうすることを躊躇うのは、もうやめていた。
しばらくすると車の排気音が聞こえて、それが遠ざからない。
近くに停まったことがわかった。それからドアの開く音、閉まる音。
階段を登ってくる音に続いてノックが3回。
「ひとりちゃん?入るわね」
「ぼっち、大丈夫?」
「ぼっちちゃーん?」
全員来ちゃった。
こういう時のために全員に合鍵を渡してあったんだけど、まさか総出になるとは思ってなかった。
「ぼっちちゃん食欲ある?なくても食べてくれなきゃ困るけどね~」
虹夏ちゃんが朝ご飯の用意、
「ひとりちゃん、使う化粧品ちゃんとまとめてある?あと、現場入りまでの服もこれでいい?」
喜多ちゃんが身支度を、
「ギターとボードは任せろ」
リョウさんが機材の運搬をやってくれた。
「あっあの、アンプヘッドも……」
「それは重いからやだ」
「うぅ……」
「冗談だよ。安心してお世話されてて、ぼっち」
「あっすいません……」
「いつまで経っても面白いやつめ」
「うぁむぐむぐ」
リョウさんに頬を摘まれてぐにぐにされた。
面白がる瞳が、すっと悲しい色になったのを私は見てしまった。
「触り心地悪いから太って」
「あっはい……がんばります」
「デブ活はがんばるものじゃない、好き勝手食ってデブってしまうのがデブ活」
「えぇ……」
「それじゃ機材積んでそのままタバコ吸ってくる」
「あっでも路上喫煙は」
「建物の隙間は路上じゃないし携帯灰皿ある」
じゃ、と言って私の機材を器用に全部担いで行ってしまった。
「ぼっちちゃん、ご飯できたよー。起きれる?」
「あっがんばります……」
布団から抜け出て、ふらつきながら立ち上がる。まだ膝に力が入らない。
「ひとりちゃん、ゆっくり歩きましょ?」
「あっ喜多ちゃん……ごめんなさい」
「無理しないで、あまりがんばらないで」
「んー……今日は最初から座って演奏だね」
「……ごめんなさい」
「それか、公演中止しても仕方ないよ」
「それは、だ、だめです」
今朝一番の大声が出そうになって、喉に詰まった。
「それだけは、だめ、です……がんばりますから、それだけは……」
私って、こんなにはっきりものを言えたんだ、と自分自身が不思議だった。
「だって、結束バンドがここまで来れたんです。ちゃんとやりきりたいんです、私も、みんなと」
まただ。朝っぱらから泣き出してしまった。
「ひとりちゃん……」
喜多ちゃんが背中から抱きしめてきて、
「ぼっちちゃん」
虹夏ちゃんが正面から抱きしめてきた。
「喜多ちゃん、ぼっちちゃんの抱き心地どう?」
「ちょっと骨っぽくて、悲しいです……ふたりちゃんの言ってた通り、泣きそうなくらい」
「え」
喜多ちゃんとふたり、連絡先交換してたんだ……。
「こっちは昔からおっきい胸のおかげでちょっとマシかな……でもやっぱり肩とか二の腕とかほっそくて……」
「ひとりちゃん、一番ひどい時よりは体重増えた?」
「あっはい、入院するまで体重計持ってなかったんですけど、退院してから買って……ちゃんと計ってます……増えてきてはいるんです……」
「ひとりちゃん、筋肉も落ちたままだと思うけど……ヨガは続けてる?」
「あっ作詞に悩んでるときの気晴らしに、いいですよね……」
「……ぼっちちゃん、このライブ終わったらさ、うちにご飯食べに来なよ。毎日来てくれていいから」
「えっ」
「ほら、ぼっちちゃん、放っとくとすぐ偏食になりそうだし、あと賑やかで楽しいじゃん。お姉ちゃんも喜ぶよ」
「わ、私なんかじゃ、賑やかにはできません……」
「いいの!……約束」
「伊地知先輩、それじゃ私も色々作って持っていきますね」
「おう、映える担当がいると心強い」
「なにご飯の話?」
「うわリョウ戻ってきた」
「食わせて」
「リョウは実家でご飯食べなさい」
「いい歳してるんだから一人暮らししろって言われた……」
「あの甘々なご両親から言われるなんて……」
「家賃は出すし車はそのまま家に置いていいって言われた」
「今でも全然甘々ですね……」
「近くの楽器可のマンション空かないかな」
「おい」
「普通の自炊できないから虹夏、ご飯食べさせて」
「あー、もうどうでもいいや、まとめてかかってこい!それとぼっちちゃんお箸持てる?食べさせてあげる?」
「あっ流石にそれは大丈夫です……多分」
「よし、じゃあ召し上がれ!」
虹夏ちゃんの作ってくれるご飯はいつも優しい味がして好きだった。
私の家に作り置いてくれる品々は、私の好きだったものばかりだった。
食欲が少しでも出るようにって、考えてくれているのが私でもわかった。
2人に抱きしめられて、心が少し浮つくほど暖められた。
人の温もりが幸せで、私は泣きながら朝ご飯を食べた。
温かくておいしい。ご飯の味がしたのが、何故か久しぶりに思えた。いつもの作り置きも美味しいはずなのに。
ご飯を美味しく頂いてから、歯を磨いて、顔を洗った。
顔は本番直前まですっぴんでいい代わりに、サングラスで済ませることにしていた。これも喜多ちゃんが選んだもの。
着替えて部屋を出る。喜多ちゃんは私に肩を貸してくれて、部屋の鍵は最後に出た虹夏ちゃんが閉めてくれた。階段をよたよたと降りる。
機材車はもう行っていたみたいで。
それに、今回はリョウさんの車じゃなくて事務所手配のバンが来ていた。
「よし、ぼっち乗せるよ。虹夏」
「ほいきたリョウ」
「あっ本当にすみません」
まだふらふらしていて、1人で乗るのも少しつらかったから本当にありがたかった。
無事車に乗り込んで、下北を出発。
「ぼっちちゃん、寝ててもいいよ」
「あっ……はい……」
言われるまでもなく、私は眠りそうになっていて、返事だけ出来て良かった、と思った。
§
「ぼっち」
「ぼっちちゃん、起きてー」
「ひとりちゃん、着いたわよ」
目を覚ます。気がついたらブランケットを掛けられていた。
「す、すみません、いまおきました……」
「起こしたんだけどね」
「寝起きだしだっこして下ろそっか」
「郁代、お姫様抱っこ出来る?」
「え゛っ、あの、いきなり?」
「出来ないなら私がやる。それ」
「リョウさんあっああっあのお姫様抱っこはそのあの」
「急に活きが良くなった」
恥ずかしい。こんな歳になって初めてこんなことされるなんて。
リョウさんの顔を覗き見ると、さっき私の部屋で見た、少し悲しそうな目をしていた。
「わ、私、立てます、立てますから」
「じゃあ下ろすよ」
目を瞑りながら、体を硬くして地面に足がつくのを待つ。爪先がついた。
「あ、ありがとうございました……」
そう言った途端、今度は肩を貸された。喜多ちゃんだった。
「リョウ先輩、お姫様抱っこ出来るなんて凄いですね……」
喜多ちゃんの言葉に、リョウさんは少し固まって、でもすぐに、
「ギタリスト共より腰は強い。ベースはギターより重いし」
いつもどおり振る舞った。
付け加えて、
「これ実は腕力さほどいらない。コツさえ掴めば郁代でもぼっちを抱っこできる」
「本当ですか!?」
「では教えてしんぜよう。5000円」
「ちょっと待ってください、財布財布……」
「あのー喜多ちゃんとリョウはぼっちちゃんで遊ばないでー」
「わかった」
「わ、私も分かってます!」
「遊ばれてましたー……へへっ……」
……楽しいな。
「じゃあ、結束バンド会場入り!」
「おう」
「はい!」
「あっはい」
見上げると雨は止んで曇り空。ライブハウスのくすんだ看板から雨の雫が落ちている。
喜多ちゃんの肩を借りて、ブランケットで守られながら、私はツアーの最後の場所へ足を踏み入れた。
§
私の、最期の舞台。
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