四重人格後藤ひとり ぼっち・ざ・くあどろふぇにあ!   作:怠鳥

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本編-2「The Stairway to H.E.A.V.E.N/About to Crash」

 私、後藤ひとりは死んだ。

 27歳で死んだ。

 

 今、私は宙に浮いている。

 春の風に煽られることもなく、何ものにも触れられることもなく。

 

 見知った顔が、やつれた姿でそこにあるのを見る。

 店長さんだった。

 墓石の前に膝をついてしゃがんでいる。

 私は幽霊というものになっているようで、宙を泳ぐようにして近づき、そばに降りる。

 店長さんは、泣いていた。

 死んだ目をして。

 

「ぼっちちゃん……」

 

 枯れた声。多分、喉が酒で焼けているんだと思う。

 声が届くのなら、お酒はほどほどに、とでも伝えられただろうけれど。喉から音が出てこない。

 

「来るの遅くなって……ごめんなぁ……」

 

 力のない声。

 

「虹夏のこと、目を離せなくて……お父さんが定年で家に戻ってきたから、やっと虹夏を任せられるようになってさ……」

 

 右手には、仏花が握られていた。

 

「まだ、あの子、立ち直れなくて……通夜と葬式の後、ずっと塞ぎ込んで……」

 

 ……皆には、申し訳ないとは思ってる。

 置き去りにして死んだことを。

 

「放っといたら、あの子まで死んじゃいそうでさ……私、最近までろくに寝れなくて……まぁ……今も寝れないんだけど……」

 

 めっきり老け込んで、白髪も目立っていた。

 疲れに疲れて、すり減っているのがわかった。

 

「山田、毎日家に来てくれて、あいつ野草しか料理できなかったくせに……わざわざ普通の料理覚えて家で色々作ってくれるんだよ……材料費とか、一銭も取らないし……金あんのかな、あの馬鹿……」

 

 リョウさんがそういうことをしていることは、意外だとは思わなかった。

 ただ、リョウさんがそこまでするほど、虹夏ちゃんが追い詰められている、私がそこに追いやったんだということを実感させられた。

 

「……ぼっちちゃん、ごめん……私がぼっちちゃんを死なせたようなもんだよな……」

 

 どうして?

 

「虹夏が塞ぎ込んでるのは、ただ大事な仲間を亡くしたからってだけじゃない……」

 

 店長さんは、しゃがみ込んで、そのまま膝を地面につけた。

 

「私だって虹夏の夢は知ってる……話半分っていうか、そもそもあいつが話したわけじゃないから、なんとなく察してたけど、本気にもしてなかったんだけど……STARRYのためで、私のためで……私達の母親のために、有名になりたかったんだよな……」

 

 虹夏ちゃんの本当の夢。私がいれば叶えられると言った、あの夢。

 

「虹夏の夢、ぼ、ぼっちちゃん……知ってたん、だろ……?だからさ、だから……あの日、ぼっちちゃん……痛かったろ……?辛かったんだろ……?なのに、なのにさ、無理して、ライブして、それで……」

 

 店長は、崩折れて地面に額を擦り付けながら、

 

「ごめんなぁ……!ごめんよぉ……ぼっちちゃん……!」

 

 こんなの見たくない。見たくなんてなかった。でも目をそらしちゃいけないものだった。

 

「でも……虹夏に、言えなくて……私のせいだなんて、言えなくて……誰にも言えなくて……ごめん……」

 

 慰めの言葉なんて思いつかなかったし、あったとしても届けられなかった。

 私のほうが、死んでごめんなさい、だった。

 

 多分だけど、これから私は幽霊として、色んな人の苦しむさまを見せられるんだろう。

 死後の世界には、天国と地獄、そしてもう一つあるらしい。キリスト教の本も読んだことがあるから、それによると、だけれど。

 

 その最後の一つが煉獄。

 そこで受ける責め苦を以て、清められた後に天国へ行くそうで。

 

 もし私が煉獄にいるのなら、つまりいずれ天国に行く。

 それは私に許されちゃいけないと思った。

 私は天国なんかには行かない。

 償えない罪で、地獄に落とされたい。

 

 だって、私が天国にいるなんて、その方が地獄だ。

 

 ●

 

 目が覚めた。

 

 足の裏がじくじくと痛む。

 腕も頬もひりひりする。

 

 目のピントが合う。見覚えのある天井、家の天井だった。

 病院じゃないことに安心して、気が緩んで、私は泣き出した。

 

「ひとりちゃん……!痛いの!?大丈夫!?」

 

 お母さんがバタバタと足音を立てて近づいてきて、私を覗き込む。

 

「いたいけど、おうち、うれしい……」

「そう……」

 

 疲れた顔のお母さんは、ホッとした顔で微笑んだ。

 それで、

 

「もう、びょういん、いかなくていい?」

「……」

 

 聞くと、お母さんはまた顔を曇らせた。

 何を言ったらいいか、迷っている表情。

 

「……入院は、もうやめましょう。お家から通うだけに……」

 

 嫌だ。

 でも、ただ駄々をこねるだけじゃ駄目だと思ったから、

 

「がんばってふつうになるから、もうびょういんいきたくない……」

 

 そう言った。

 お母さんは、悲しい目をした。

 

 また、間違えた?

 でも、

 

「そうね、でもお願い、別の病院を探すから……そこに一緒に行ってくれる?」

「……うん」

 

 別の病院。

 私だけがおかしいって信じてくれる病院があるかもしれない。

 それならいいから。だから頷いた。

 

「……あぁ、そうそう。お腹空いてるでしょう?ご飯作ってくるから、ちょっと待っててね」

「うん」

 

 そう言うと、お母さんはキッチンへ向かった。

 一人になった私は、夢のことを思い出す。

 

 あの人、あの後藤ひとりのせいで不幸になってしまったんだ。

 あの人の妹も、その友達も、父親も。

 後藤ひとりのせいで。

 後藤ひとりが死んだせいで。

 

 やっぱり、27歳で死ぬのは間違ってる。後藤ひとりが良くても、他の人にしてみれば大迷惑だ。

 だから、普通に生きるのが一番いいんだ。

 

 私は、普通に生きたい。

 普通に生きて、何がしたいわけでもないけれど。

 普通に生きなきゃいけないんだ。

 普通に生きるためならなんでもやる。怖くても、辛くても、痛くても。

 だって、それが普通なんだから。

 

 お母さんが作ってくれたのはお粥だった。食べさせてもらう。美味しくて、慣れ親しんだお母さんの味で、幸せでまた泣いた。

 お母さんはもう心配はしてなくて、嬉しそうに私の口元にスプーンを添えて食べさせてくれた。

 

 突然呼び鈴が鳴った。

 

『警察です。後藤さんのお宅ですね?』

 

 声がした。

 

『後藤ひとりちゃんの件でお話を伺いたく参りました』

「……お母さん、ちょっと行ってくるから」

 

 顔を強張らせて、お母さんは玄関へ行ってしまった。

 

 警察?……警察。

 ああ、そうか。当然だった。

 私は、罪を犯して病院を抜け出したんだった。

 自動ドアをぶち破って。

 だから、私が行かなきゃいけないと思った。

 布団を捲りあげて、立ち上がろうとする。

 足の裏が畳に沈み込んで、返ってくる弾力のせいで強く痛む。

 

「うぁ……!」

 

 堪えきれずに、声と涙が漏れてきた。

 でもそのうち慣れることは昨日の帰り道で分かっていたから、歩いた。

 玄関に行くと、警察官が2人と、お母さん、それにお父さんがいた。

 何か話していたみたいだけれど、

 

「ひとりちゃん……!?」

「ひとり……!?」

 

 お父さんとお母さんが私を見て驚く。

 それを気にしないで、

 

「わたしがひとりでびょういんをぬけだしました。ガラスをわって、ごめんなさい」

 

 警察の人は驚いていた。

 何に驚いたのかは分からないけれど。

 

「ど、どうして、病院を抜け出したのかな?」

「おうちにかえりたかったんです」

「……その。どうやってガラスを割ったのかな……」

「でんわちょうをなんどもぶつけました」

「お家まで遠かったでしょ?どうやって帰ってきたのかな?」

「はしって、あるいてかえりました」

「うーん……」

 

 代わる代わる投げられる質問に、私はノータイムで答えていった。

 幼稚園で人見知りを直しておいてよかったと思った。

 でも、やっぱり初対面の人と接するのは怖い。特に、この人達は警察だから。

 

「……誰か、大人のひとに手伝ってもらったのかな?」

「ぜんぶひとりでやりました」

「……信じられない」

「しんじてください」

「……うーん」

 

 警察の人が困っている。でも、事実としてそうだからもう言うことがない。

 

「分かりました。後藤ひとりちゃんは無事で、家に帰っているということで上にあげておきます。病院さんにもそのように報告します」

 

 お父さんが頭を下げて、

 

「はい……ご迷惑をおかけします。ですが、病院からはひとりが居なくなった、抜け出したという話は全く聞いていなくて……ですから、今朝帰ってきて初めて心配になったくらいでして」

「え?そんなことが……?」

 

 あの病院。

 

「あんなびょういん、なくなっちゃえ」

「わたしのてき、おかあさんにもおとうさんにもあえなくした、あいたかったのに、ずっとあいたかったのに」

 

 心の奥のドロドロしたものに火が着いた。

 

「わたし、なんどもぬけだした。でもおとうさんもおかあさんもきてくれなかった。だからおとうさんもおかあさんもわたしのこと、わすれたのかなって」

「……我々も初めて知ったんですが、お嬢さんが病院を度々脱走していたというのは……」

「いえ、知りませんでした……病院の先生からは、面会禁止と……」

「しらなかったんだ」

 

 燃えているのは、憎しみだ。

 

「やっぱり、あんなびょういん、なくなっちゃえばいい」

 

 警察の人を見る。

 

「そうですよね」

 

 睨む。

 警察の人が、一歩下がった。

 怯えた目をしている。

 

「やめなさい、ひとり……」

 

 お父さんが私の肩を掴んで、振り返らせる。

 お父さんもやっぱりお母さんと同じようにやつれた顔をしていた。

 

「……うん」

 

 これ以上、お母さんにもお父さんにも心配をかけたくなかったから、もう一度警察の人に向き直って、

 

「ごめんなさい」

 

 頭を下げて謝った。

 

 警察の人は、また来るらしい。けれど一旦帰った。私が病院を抜け出すために割ったガラスの件は、やっぱり犯罪なんだろう。

 

 §

 

 それから私は、病院にも幼稚園にも行かず、数日寝て過ごした。

 私は怪我をしていたし、警察の人が帰った後に急に調子がおかしくなってしまったから。

 

 あの後藤ひとりも似た病気だった。

 体が動かなくなったり、突然泣き出したりしていた。

 

 私は癇癪が止まらない一方で、ごめんなさいと言いながらお母さんとお父さんをポカポカ殴ってしまって、子供らしく、でも多分普通じゃない情緒不安定になっていた。そのくせ寝ると起きれず、変な時間に起きる。

 

 そうして起きると、今度は眠れない。真夜中に起きてしまうと、お母さんもお父さんも寝ているから身動きが取れなかった。

 私のせいで起こして疲れさせたくなかった。

 

 私が帰ってきたのは、間違いだったんだろうか。

 あのまま病院に閉じ込められていた方が2人にとってよかったんだろうか。

 私はもう失敗した。あの後藤ひとりより、早く、そして沢山間違えてしまった。

 こんなにも普通でいたいと思うのに、どうしても普通でいられなくて、苦しい。

 

 §

 

 そんな日が続いてある日、東京の病院に行くことになった。

 電車に乗って遠くまで。

 お母さんに抱えられながら。

 そんなところに入院させられたら、今度は帰れない。

 そんなことを考えてしまって、自己嫌悪した。

 でも、疑いを払えなくて、

 

「おかあさん」

「なぁに?」

「にゅういんしなくてもいいんだよね?」

「もちろんよ」

 

 お母さんの顔をじっと見る。

 嘘をつかれていないかと。

 お母さんは私の目の意味を理解してしまって、苦しそうな顔で、

 

「ずっとお家にいてね……でも、もしかしたら……色んな病院に行くかもしれないから……」

「うん……ごめんなさい」

 

 電車、お母さんの膝の上。

 抱きしめられているのに、私の心が冷たすぎて。

 私は、腐った子供だな、と思っていた。

 

 §

 

 東京の病院の先生は、私の言うことを信じてくれた。

 言葉だけならなんとでも言えるけれど、目が違った。

 私を信じようとする色、それに混じった好奇心。

 でも、私がおかしいと分かってくれるならなんでもよかった。

 だから、

 

「わたし、ここにかよう」

 

 そう言うと、病院の先生も、お母さんも笑ってくれた。

 

 それから医者の先生と会う時は、いつもカウンセラーの先生も一緒だった。最初に私の具合を聞いて、それからカウンセリング室へ。医者の先生とはここでさよなら。

 

 カウンセリング室では、色々な検査を受けた。

 積み木を使ったり、計算をしたり、絵を描いたり。

 カウンセラーの先生は、私の質問のほとんどに答えてくれた。

 そして、私が受けたいろいろな検査が、実は一つの検査……”知能検査”だってことを教えてくれた。

 私は確かに馬鹿で、あの後藤ひとりも救いようもない馬鹿だったけれど、私がおかしいことと関係があるのか疑問だった。

 

 §

 

 結果が出た。

 私は、ちょっとおかしかったそうだ。

 得意なことの偏りがひどくて、早めのケアが必要だとか。

 得意も何も、私が得意なことなんて何もないと思っていた。だから、多分オブラートに包んで言った言葉なんだと思う。

 

 私は出来損ないなんだろう。

 数字で示された厳然たる事実に、私は安心した。

 おかしいことの証明に、居場所を見つけてしまった。

 それで……私は、

 

「どうしたら、ふつうになれますか?」

 

 そう聞いた。”おかしい子”が私の立ち位置だと認めたくなくて。

 

「どうしたら」

 

 どうしたら。

 どうしたら。

 私はまた癇癪を起こして、泣いた。

 

「どうして……普通になりたいの?」

 

 カウンセラーの先生の声がする。

 お母さんの手に抱かれている。

 私は、答えられなかった。

 誰にも言えない。

 このままじゃ、私は死ぬしかない、だなんて。

 誰も信じてくれない。誰にも信じてほしくない。

 誰にも知られるわけにはいかない。

 そんな話は。

 

 §

 

 ずっと幼稚園に行けなかった。

 行きたくないけど、行かなきゃいけないと思った。

 だから、

 

「おかあさん、ようちえん……」

「行かなくていいのよ……ずっとお家にいればいいから」

「でも、いかなきゃ」

「いいの……」

 

 私が、本当は幼稚園に行きたくないのを、お母さんはとっくに理解してしまっていた。

 

 毎週、病院に通った。

 カウンセリングも、私が黙り込むせいで何も進まなかった。私はいつも消えたいと、死にたいと思っていたし、体もろくに動かなかった。ご飯もあまり食べられなくて、ずっと寝てばかりだった。

 寝ても、覚えていない怖い夢ばかり。

 

 私なんて、死んでしまえばいい。

 

 §

 

 カウンセリングの方法が変わった。私は話さなくてよくて、”こうすれば普通なのか?”という問い掛けに首を動かしてYESとNOで答えるだけになった。たくさんの質問をかけられたけれど、それにほとんど反射で、しかも惰性で答えればいいから楽だった。

 カウンセリングの終わりにはいつも総まとめみたいな感じで、

 

「じゃあ、こういうことがひとりさんの普通なんですね」

 

 と真面目に、でもにこやかに締めてくれた。

 だから、そのうち質問のYES/NOに自分の意見も付け加えるようになった。

 先生はいつもメモにまとめていた。紙束の厚さはすごかった。

 その紙は何かと聞いたら、今までの全てのメモだと答えてくれた。カウンセリングをする時はいつも全部持ってくると言っていた。

 

 鬱はつらかったし、いつも死にたかったけれど、カウンセラーの先生に会うことだけが生きている意味だった。

 それに、私がお母さんを気にしていると、いつも先生はお母さんに、

 

「すみません、ひとりさんと二人きりでお話させていただけますか?」

 

 と言ってくれた。お母さんも先生を信用していたと思う。

 

 §

 

 ある日、カウンセリングのやり方がもっと変わった。

 

「今日は不思議なおまじないをします」

「まずは、深呼吸しましょう」

「……はい」

 

 深呼吸をする。

 

「なんかい、すればいいですか」

「そうですね、とりあえずずっとですね」

 

 言われたとおりに続ける。

 

「じゃあ、目も閉じましょうか」

「はい」

 

 目を閉じて、息をする。

 先生の足音、それからパチリ、という音がして、カウンセリング室の電気が少し暗くなった。

 まぶた越しの光が弱くなる。

 

「それじゃあ、おまじないを始めます。その前に……これは、危ないことはなにもないですし、怪しくもないです。いいですか?」

「はい」

 

 先生の言う事なら信じられた。

 おまじないが何のことかは分からないけれど。

 

「左手に触っていいですか?」

「はい……」

 

 左手に触れられる。そして、握らせられた。

 

「今、左手はぎゅってなっていますね。ごめんなさい、今からこの手はぱーって出来なくなります」

 

 ゆったりした口調。ぼんやりした意識。先生の言葉。

 

「はい、左手、ぱーって出来ないですね?」

 

 左手を開こうとする。動かない。

 

「……どうして?」

「ひとりさんは、催眠術って知ってますか?」

「……しってます」

 

 催眠術。人を操ったりする……テレビでやるような。

 

「テレビでやってます」

「うん。でも、私達は医学……ああ、病気の人を治すやり方に催眠術を掛けたりすることもあるんです。ひとりさんの左手がぱーってならないのは、催眠のせいです」

 

 ……そうなんだ。なんだか、不思議。

 

「それじゃあ、左手を自由にしましょうか。目は閉じたまま……落ち着いて深呼吸しましょうね。それじゃ、私が一回手をパチン、としたら、ひとりさんの左手は元に戻ります。はい」

 

 手拍子が聞こえた。

 ……左手を動かす。握ったり開いたり出来る。元に戻っていた。

 

「ふしぎ……」

「でしょう?それじゃあ、今度は質問してもいいですか?」

「はい……」

 

 カウンセリング室には、先生と私の二人だけ。

 時計のコツコツという音が響いている。

 椅子に座っているのに、寝転んでいるような、水に浮いているような不思議な感覚。

 

「ひとりさんは”普通になりたい”って言っていましたよね。じゃあ、誰かに”普通になりなさい”って、言われたんですか?」

「ちがいます」

「それじゃあ、”普通になりたい”って思ったのは、いつ?」

 

 頭で考えていないのに、言葉が勝手に口から出ていく。

 

「そうおもったのは……」

 

 だから、

 

「26歳の時」

 

「もしかしたら12歳の時、それより前かもしれなくて、何をやってもうまくいかなかったんです……友達なんて一人もいなかったし、気にかけてくれるのは、家族と、幼稚園の先生、あとテストで悪い点を取った後の学校の先生くらい……頑張ったのに、何一つ人並みになれなくて……」

 

 先生の声が聞こえない。

 

「先生?そこに、いますか?」

「……はい。います。聞いています」

 

「……それで、ロックなら、音楽なら私のような暗い人間でも、違う、暗い人間こそがまともなんじゃないかって思えて、ギターを12歳のときに始めたんです。小学校を卒業して、中学になると運動も勉強も人付き合いもいっそう駄目で」

 

「一日……六時間くらいギターを弾くようになってました。ギターだけは上手くなったんです。ギターしか、うまくいかなかったんです……それで、いつかバンドやるんだって、思ってて、そのまま中学で誰にも話しかけることも出来ずに、卒業して……色々痛々しいこともしちゃったから、高校は県外に……」

 

「その頃には、演奏した動画をネットに何本も公開して、ネットに居場所が出来た気がして……もう現実に私の居場所なんてなくたっていいかなって、思ってたんです……」

「……その、バンドは、もう組みたいと思わなかったんですか?」

「人と喋るの苦手で、目も合わせられなくて……」

 

「学校に、ギターを持っていったんです。誰か話しかけてくれないかって、そう思って。でも話しかけてもらえなかったし、他力本願なことしてるから私は駄目なんだと思ってました。家から遠いんですけど、学校の帰りに公園でブランコに座ってて……私、ブランコもうまく漕げなかったんです……」

 

「もう学校にも行きたくないなって思ってて、そうしたら、ギタリストを探してるって人が話しかけてきて。私とは違う高校の人で、一年先輩だったんですけれど。”今日だけサポートギター弾いてくれないかな”って、誘われて……家族以外と話さないから声が出なくて、それで何も言えないでいたら強引に……」

 

「あの時、出会えなかったら……私はギターで生きていくことなんて出来なかったし……」

「だけど多分27歳で死ぬこともなかった」

 

「だから27歳で死なないためには」

「普通にならなきゃいけなくて」

「普通じゃなきゃ生きていけない」

「普通じゃない私は27歳で死んだから」

「死んじゃいけない」

「27歳で死んだ後藤ひとりなんてきらい」

「わたしは普通にならなきゃ」

「わたしはふつうになりたい」

 

 あ、?

 まぶしい。

 目を開いていた。

 

「あああ、ああ、あああああああああ」

「ひとりさん……!?」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「ひとりさん!ひとりさん!?……先生、先生を!」

 

 §

 

 そうか、

 後藤ひとりだから駄目なんだ。

 

 この体から、後藤ひとりがいなくなればいい。

 

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