お前はいい加減に服を着ろ! この*ウルサススラング*! 作:山石 悠
常識の欠如が著しいのは本当に業腹だが、それでもこの女の能力の高さを評価しないのは技術者の一人として許せないらしかった。
目の前で組みあがった新しい装置──医療部でリハビリテーション用に使用する補助器具──を見上げながら、俺は恋する子供のように熱のこもったため息をこぼしていた。
各部で動作するモータ類のトルク計算に狂いはなく、その挙動はひずみの一つも聞こえないほどに滑らかだった。作り始める前に見せてもらったCADの設計書とモデルは秀逸という他なく、ハードには詳しくないソフト屋の俺ですら惚れ惚れするほどだった。把握しておきたかった様々な
自分の端末と有線で接続し、完成した実行ファイルをアップロードする。まだタッチパネルの機能は今上げているエグゼの中にあるから、後続の作業はこの端末から行わないといけない。
コマンドを叩きプログレスバーがのろまな行進を始めたところで、最後の確認作業をしていた同僚の頭がひょっこりとこちらを覗き込んできた。
「こちらの作業は終わった。後はソフト側のアップロード作業だったな」
「そっちは今対応中。相変わらず手際が良くて助かるよ。おかげで今日は早めに寝れそうだ」
「いや、こちらも助かった。やはりプログラムの方はまだ勉強中で困っていたからな」
「なら俺も頑張ったかいってもんがあるよ」
あくびを噛み殺しながら、隣で尻尾を興奮気味に振り回している女、
徹夜とまではいわないまでも、最近の睡眠時間は少し短くなりがちだったのでさっさと自室に戻って寝たいというのが正直なところだ。
「今日はゆっくり寝れそうだぜ」
「そうだな。試験の時間は余裕があるから、明日は少し遅めでも大丈夫だろう」
等身大のビスクドールかっていうくらい、艶やかで小さい口元が静かに緩んでいた。
ハードウェア側に関してはこいつが一人で一から組み立てた物だから、感激もひとしおだろう。俺だって、よくこれを一人で構築したなと自画自賛しているところだ。
「こっちの作業はほっといてもいいから、今日はもう帰ろうぜ」
ズゥママ。コードネーム"ユーネクテス"は、エンジニア部に所属するオペレーターの一人だ。
詳しくは知らないが、サルゴンの田舎の方の部族の出身らしく、ユーネクテスというのも族長を務めていたという部族の名前だそうだ。
鉱石病に感染しておりロドスにはその治療をしに来たのかと思っていたが、実際は現地にいたLancet-2に惚れ込んで機械技術を学びに来たらしい。Lancet-2を姉と慕い、その上あのクロージャを師匠と呼び慕うほどなので、よほど入れ込んでいることがうかがえる。
身長は女性にしては長身だが、俺よりは少し小さな170㎝程度。短く切った黒い髪は肩口辺りで綺麗に揃えられ、その隙間からはとんがった耳がひょこっと飛び出している。
工具を握る腕は非常に華奢で、陶磁のように光りを反射していた。その柔肌にはシミ一つなく、胸元まで惜しげもなく大胆に晒され────
「──って! お前なんでまた服脱いでんだよ馬鹿野郎!」
そこで、眠気が吹き飛んだ。
慌てて周囲を見渡せば、作業用のつなぎが傍に脱ぎ捨てられていた。
機械工作は危険だからきちんと服を着て作業をしろと言っていたはずなのに、いつの間にか着ていなかったらしい。
「何を今更なことを言ってるんだ。昼過ぎからずっとこうだったぞ」
「数時間以上その格好で作業してたってのか!? ふざけんなよ!?」
ズボンの方はなんとか着ているようだったが、上の方が胸元を覆う白い布だけになっていた。
ほぼ下着みたいなそれから深い谷間が覗いているのに気付いて慌てて目を逸らすが、向こうは気にしていないように首をかしげているだけだった。
「本当にいい加減にしろ! ちゃんと服くらい着ろ!」
「どうしたんだ。ちゃんと着ているだろう。ほら」
「ばっ、バカっ! そんな薄着で男に近付いたらいけません、って習わなかったのか!?」
「いや、故郷ではずっとこんな感じ、何ならもっと薄着だったが……」
「ダメじゃねぇか!」
何度やったか分からないやり取りをしながら、俺は慌てて自分の上着をかぶせた。睡眠不足と驚きで碌に頭が回ってない。
「おい! 何するんだ、アセンブラ!」
「とりあえずそれ着てろ!」
こちらへと抗議してくる阿呆を遠ざけながら、端末を電源につないでアップロードが続くようにしておく。朝になれば終わるだろう。
「何度言ったら分かるんだ。ここでそんな薄着をしちゃいけません!」
この女は工業のこの字もなかった田舎で、独学で大型の機械を組み立てるだけの知識を蓄え、ロドスに来てからもスポンジみたいに技術を習得している天才だった。好きこそものの上手なれ、という言葉の祝福を受けたこの女は間違いなくエンジニア部のエースの一人だったが、一つ大きな弱点を抱えていた。
「お前は本当に硬いな。師匠もLancet-2姉さまも何も言わなかったぞ」
「あの二人を基準にするの止めろや! ……いやちげぇ、Lancet-2はロボットなんだから服関係ないだろ」
それがこの常識のなさだ。
サルゴンは荒野、熱帯、砂漠と気候区分的にAやBで構成される地域だ。特にこいつのいた熱帯雨林地域は通年で気温が高く、こいつ自身もその気候に合わせて薄着だったらしい。
……という生まれ育ちを引きずっているのか、こいつはロドスに来てからも下着しか着てないかのような薄着で生活してやがる。それだけではなく、廊下で寝てるとか、他にも他所から苦情を寄せられている件もあって、個人的には頭を抱えるばかりだ。
エンジニア部でこいつにあれこれ言う奴がいないせいで、仕方なく俺がいつも注意する羽目になっているのはなんなんだろうか。貧乏くじか?
「それでなんかあったら、どうするんだお前は」
「なんかあったらって、なんだ? 何があるんだ」
「え!? あ、え、そりゃあ……男から襲われたり、とか……」
口にするのが小っ恥ずかしくて、ちょっと視線が揺れる。
忌憚なく質問を飛ばしてくるせいで、色々気にしているこっちの方がバカみたいに見えてくるが、実際間違いじゃないだろう。実際、奴は可愛らしく小首を傾げているだけだ。
「そんな男、どこにいる?」
「どこにって、エンジニア部だって別に女所帯ってわけじゃないんだ」
「それは分かってるが。なら、ここに出入りする男を何人かあげてみろ」
「挙げてみろって……シェーシャとか?」
「私のことを襲いそうか……?」
あの謎の語彙力を発揮する天才のことを思い出して首を傾げる。
「いやぁ、ないんじゃないか? 装備のテスト的な意味で襲いそうではあるが」
「だろう? 他は?」
「後? うーん、コロセラムとか?」
レイジアン工業から出向中の細身なフィディアを思い出す。
あいつが口説くとかじゃなくて組み敷く?
「いやぁ、あいつそこまでの労力を割くイメージないぜ?」
「私も彼がそうするイメージはない。なら他は?」
「グレイ君とか………………いや、ないな……」
あいつがどんどん聞いてくるから名前を挙げていくが、誰も彼もこいつのことを襲いそうな男はいない。ロドスの紳士的な男性陣に頭を下げるばかりだ。
というか、結構な割合でこいつの方が強いから男の方が組み敷かれそうですらあるから、まずこいつを組み敷ける男を探した方が早いのかもしれない。
しばらく問答を続けて、もうほとんど思いつかないくらいまで来た。
俺の上着を着たままの女は、得意げに俺のことを見ていた。こいつ大概良い性格をしていやがる。
「ほら、全然いないじゃないか」
「いや! いや、そんなことはないだろ!」
こいつも大概だったが、俺も俺で後には引けなくなっていた。自分で出した理由なのだから、一人くらい例を出さないとこいつはいつまでも下着みたいな格好で歩き回ったままだ。
「他にいるのか?」
「いるだろ、たとえば……」
エンジニア部に顔を出していて、まだ名前を出していない男を思い出す。リスト順にア、ア……
「……そう! そう、
何とか思いついた例を挙げて胸を張る。
眠気と疲労でまともに頭が動かない中、ようやく捻り出せた答えに俺は満足していた。
だけど、あいつはなおのこと不思議そうに首を傾げていた。
「アセンブラ」
「なんだ。納得したか? 分かったら、ちゃんと生活態度改めろよ。服だけじゃなくて、廊下でテント立てようとした件だって苦情来てるんだからな」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「なんだ?」
ユーネクテスは本当に不思議そうな顔をしながら、俺の顔を見ていた。
あまり大きく表情を変えることのない瞳が、光を反射しながら俺のことを映していた。
「お前、私のこと好きなのか?」
…………。
……………………。
………………………………。
「は!?!?」
いやいや待て待て待て待て。
何をどう話を転がしたらそういうことになるんだ馬鹿野郎。
「だって、私のこと見てると我慢できなくなるんだろ?」
「え? あ、いや…………」
頭が働いておらず、自分が何を言ったのか、こいつが何を言っているのか上手く咀嚼できない。
「薄着だと押し倒してしまいたくなるのか?」
「そ、れは」
潤んだ瞳がじっと俺のことを見つめてくる。
身長差的にどうしてもこいつが俺の顔を下からのぞき込む形になってくるせいで、顔だけじゃなくてその剥き出しの肩から胸までがハッキリと俺の視界に映る。
「あ、あ……」
「アセンブラ?」
俺がこいつのことを好き?
いや、確かにユーネクテスは吸い込まれそうなほどに綺麗な顔をしているし、普段はあまり変わらない表情がふとした拍子に緩むところは思わず目を惹かれることがある。ほっそりとした腕と対照的に豊かな胸元と太ももは女性らしさに溢れ、視界に入るたびに顔が赤熱していることを自覚させられていた。
独学で機械工学を学び、積極的に新しい技術を取り入れようとする姿勢には同じ技術者として尊敬の念を抱いているし、共に物を作る立場として作業のしやすさも感じている。
「おい、アセンブラ? 大丈夫か? 顔が赤いぞ?」
好き? 俺が? ユーネクテスのことを?
ってか顔近くね?
「こ…………」
「こ?」
勢いよく端末を傍の机に置いて、ユーネクテスから何歩か離れる。
「こ、これで勝ったと思うなよ~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!」
チラチラと視界に映るあいつの素肌から視線を外して、俺は全力で部屋から飛び出した。
顔が熱い。こんなの知らない。なんで俺はこんなに焦っているんだ? 別にあいつのことは目が離せなくて注意していないと何をしでかすか分からないだけで、それ以上の感情なんてこれっぽっちもないはずだ。
その後、全力で自室まで走った俺は、速攻でシャワー浴びて寝た。
「…………なんなんだあいつ」
独りになった開発室で、ぼそりとそれを呟く彼女の表情を見た者は誰もいなかった。