お前はいい加減に服を着ろ! この*ウルサススラング*! 作:山石 悠
一晩経って、久しぶりに充分な睡眠時間を確保できたが、目覚めは最悪だった。
「疲労と睡眠不足のダブルパンチがあったら、普通は記憶飛んでるべきだろうが……!」
昨晩のユーネクテスとの会話は、目覚めてもはっきり覚えていた。なんなら意識が正常になっている分、発言の内容をより正確に理解できているまである。
向こうは特に気にもしていない様子で首を傾げているばかりだったが、あれじゃあ思いっきり告白しているのと変わりないじゃないか。
自己嫌悪で不貞寝したくなるが、ぐっすりと眠ってしまった体は全然眠気を感じない。
おまけに今日は終わってるはずの組み込みシステムの動作確認をしなくちゃいけなかった。納期がそう遠くない日付になっている以上、休むというのはあまり選択肢として選びたくない。こういうのをギリギリにして首が閉まるのはこっちの方だ。
ベッドから体を起こして、今年で一番デカいため息をこぼす。
「いったい、どの面下げて会えばいいんだよ……」
今作っている装置は、俺とユーネクテスの共同制作物だ。会話どころか、顔を合わせないことすらできやしない。出勤すれば顔を合わせるのは確定事項と言っていい。
これで出勤早々に昨晩のことを掘り返されたら、正気を保っていられる自信がなかった。ヘタをすると、その場で首を括ることすら考えなければならない。
「はぁ……忘れててくれ……頼む〜」
着替えながら必死に祈る。
俺と一緒であちらも睡眠不足気味だったはずだ。もしかしたら、俺は忘れなかったが、あちらは忘れ去っている可能性がある。
開発室に行くと、あいつは既に作業を進めていた。
ユーネクテスは、部屋に入ってきた俺に気が付くと、パッと顔を上げた。
表情はあまり大きく変わらなかったが、若干疲れていそうな気もする。とはいえ、疲れているのは俺もそうだから人のことは言えないのだが。
「……来たか、アセンブラ」
「あー……すまん、遅くなった。もう作業進んでるか?」
ぎこちなさを自覚しつつも、とりあえず昨夜の話題を出さないよう仕事の話を振った。
正直、意識の一部は未だにこいつが着たままの俺の上着に向けられているのだが、それを指摘するのは藪蛇だった。
「いや、アップロードは終わってるようだったが、その先はまだ手を付けていない」
「了解」
少し落ち着かないが、向こうが割といつも通りのテンションなので、俺の方も徐々に平静を取り戻し始める。これはあいつ、昨日のことは覚えていない、あるいは気にもしてないみたいだな。
俺はこれ幸いと仕事の方へと、自覚的に意識を向けていく。こういうのは変に忘れようとかするより、別のことに集中した方が早いというものだ。
「それじゃあテストからか?」
「こちらの準備は終わっている。そちらの準備が終わったら教えてくれ」
「分かった」
端末を確認すると、ユーネクテスの言う通りプログレスバーがゴールに辿り着いていた。アップロードしたファイルを展開して起動する。
テスト項目のリストを出して、改めて項目に漏れがないかを眺めていく。完全新規の装置だから、今回はとにかく全項目検証だ。
目の前にある仕事に意識を向けていけば、昨夜のことは徐々に頭の片隅へと追いやられていく。
やっぱり俺があいつのこと好きだったなんて、単なる疲労と睡眠不足から来た勘違いに過ぎなかったのだろう。確かにこいつは美人だが、そういう対象ではないはずだ。
準備が終わった俺は、関節部の様子を確認していたユーネクテスに声をかけた。
「んじゃ、動作テスト始めるぞ。タッチパネルの動作確認から頼めるか?」
「分かった」
チラリとタッチパネルが動き出しているのを見てから、ログファイルを確認する。
テストシナリオはもう頭に入っている。ユーネクテスがシナリオ通りに操作して、俺がそのログや挙動を記録していくという分担だ。
あいつがタッ、タッ、とタッチパネルを操作して各種機能画面への遷移機能を確認する。そしてそれを受けて、俺がログと挙動を確認しながらチェックリストにチェックを入れていく。
「設定画面への画面遷移よし。ユーザー登録への遷移もおっけ。そのまま登録処理いけるか?」
「やってみる」
今回作っているのは装着してアシストをしてくれるタイプの装置だ。四肢の筋力が衰えた患者向けに基本的な姿勢制御から歩行までをサポートする。
現在は基本的な歩行、しゃがみといった動作に留めているが、追加の動作データをインポートすれば、より患者向けのアクションを補助することができるようになる。
ユーネクテスは表示されたキーボードを叩いていく。
入力制御も確認対象だ。最大桁数、各種記号、実装言語で使われる予約語やタグを入力してもらう。
「どの機能も大丈夫そうだな、UIも見やすくていい。グラフィックデザインの勉強をしたのか?」
「一人で実装する機会も増えてきたし、少しな」
こういうデザインは、一流を目指さないのであればロジカルな知識で作ることができるのが素晴らしい。色覚を意識した色調デザイン、形で理解できるアイコン、誤操作を防ぐためのサイズ感。
どれもある程度の定石が決まっているものだ。
「流石だな」
ユーネクテスがしみじみと言葉を漏らすのを聞いて、俺は首を傾げた。
確かに自己研鑽しているのは我ながら偉いとは思うし、褒められるのは嬉しい。だが、少なくとも目の前にいるこいつにそういう顔をされる理由はよく分からなかった。
「お前、何言ってんだ? ユーネクテスだって
「……なに?」
謙遜程度の深い意味はない発言だったのだが、ユーネクテスの手が止まり、驚いたように俺の方を見た。
そこで、まだ疲労抱えてろくでもないことを言ってしまったのかと、俺は自分の発言を思い返しながらユーネクテスの顔を見つめた。
「え、俺なんか変なこと言った?」
「いや……。別に変なことは言ってないし、確かにこれをきっかけに勉強もした」
ユーネクテスは俺の指摘を認め、しかし何か引っかかるものがあるかのように呻いた。
「だが……アセンブラは、どうして私が勉強してると思ったんだ? 特にお前にその姿を見せた覚えはないが」
「確かになんか調べてる姿とかは見てないけど……」
個人的にはそれ以上の言葉を出す気なんてなかったんだが、なんだか問い詰められているような居心地の悪さを感じて、仕方なく本人から視線を外して口を動かすことにした。
「いやさ、今回の装置のデザインとか、今までのお前からじゃ出てこないタイプだったろ。お前のデザインって、もっとこう、無骨っていうか、『ユーネクテスのデザインだな』って思わせる個性があるじゃん? なんていうか、関節部やボルト締めてる場所とか丸見えになってるようなデザイン好きじゃない?」
アイアンハイドとか、こいつ自身の使っている装備だとか、なんていうか作者の好みが出ていると思っている。あれはあれで機械としての合理性を持っているのだが、デザインという視点に限ってはそうではない印象だ。ちなみに俺個人としては、少年心をくすぐられるデザインをしてて結構好きだ。
だけど、今回作られた装置に関してはその限りではなかった。
「今まで医療部で使われるような装置の開発に関わってなかったのも理由かもしれないが、今回のは無駄のないデザインになっているよな。シンプルで、合理性と秩序を持った形をしているっていうかさ」
アームを直接操作するためのグリップは、ただの円筒ではなく人の手に合わせた形状だし、素材も合成ゴム製のそれだ。今までのやり方なら、確実に自分のシールドの持ち手と同様に金属の円筒グリップを付けていたと思う。
フレームの形状、素材、色選びに始まり、ユーザビリティを意識しているのは想像に難くない。
「ただちょっとそれっぽい機械を作ってるんだったら別にそこまで気にしてないんだが、今回のはかなり要件をぴったり満たすことに重きを置いてて、そのための知識が使われてた。単なる技術だけじゃなくて、ユーザーが感じる印象や利用時の危険性を気にした設計を勉強したんだろ?」
その結果が、この見惚れてしまうほどの秀逸なデザインの装置である。
こいつがロドスに来てどれほどの時間がたっただろうか。大した月日も経っていないというのに、あっという間にあのクロージャが認めるほどの熱意と技術を持ってエンジニア部の一員になっているのだ。
やはりたまに起こす問題行動こそあるものの、本当のこいつは非常に優れた技術者だった。
「俺はどこまで行ってもやっぱりソフトウェアやシステム開発の方が専門だから分かんない部分もあると思う。だけど、畑違いの俺ですら分かるほどに努力して、こうやって一つの機械を作っているお前は、俺よりよっぽど
ロドスの技術者共は、どいつもこいつも死ぬほど優秀で嫌になる。敬意がいくらあってもすぐに在庫不足だ。
前からずっと思っていたことを全部吐き出して割とすっきりした俺は、ユーネクテスの方に視線を戻した。
ユーネクテスは先ほど視線を外す前から何も変わらない驚いた表情のまま俺のことを見ていた。先ほどと違うところを挙げるとするのなら、今まで見たこともないほどに頬が真っ赤に染まっていた。ここまで感情が出ているのは、それこそアイアンハイドを完成させたときに大泣きした以来かもしれない。
そんな反応されると、こっちまで恥ずかしくて仕方ないんだが……。
「おい、なんだ照れてるのか?」
「ち、違う」
ユーネクテスは食い気味に否定を返した。
「お、お前がどれだけ私のことを好きなのか思い知って驚いているだけだ」
おい待て、それはちょっと言った覚えないんだが?????????
唐突に昨夜の話題を掘り返されて、急に恥ずかしさが返ってくる。
お前素面のままずっとそんなこと思ってたの? 俺もしかして好意を捏造されてる?
「違うからな? 今のはそういうのじゃないし、昨日のだって違うからな!」
「い、いや、別に気にする必要はない。お前が誰を好きになろうが、お前の自由だからな」
「やめろよ、ちょっと優しい顔すんなよ」
「お前の気持ちには答えられないが、お前が私のこと好きなのはもうわかった」
「分かってない。分かってないです、ユーネクテスさん。俺告白する前に振られたみたいな空気出てるけど、違うからね?」
「まあ、告白はしたからな」
「してないからね?」
こいつ絶対疲労で頭おかしくなってる。いや、そうでないと困る。
このまま放置しておけば、十中八九、俺が気になる子にちょっかいかけてる小さな男の子ってことにされる。それだけは普通に嫌だ。マジで違うんです。
「お前疲れてるから変なこと考えるんだよ、マジで一回落ち着こうぜ? ってか、今日も早い時間からいるっぽいが、昨日ちゃんと寝たのか?」
「……寝てない」
「え? マジで?」
思わず耳を疑った。
「アセンブラの告白が頭から離れなくて、眠れる気がしなかったからずっとここで作業していた」
もう答え出たじゃん。寝不足でどうでもいいことが気になってしまってるだけだよ。
俺はユーネクテスの肩をつかんだ。
「ユーネクテス先生、告白だと思ってるのは睡眠不足と疲労感をキメた俺の妄言です」
「妄言?」
「ああ。ちゃんと気のせいなので安心して寝てください」
「気のせい、なのか……?」
「そう、気のせい」
同じ言葉を繰り返しながらゆらゆらとユーネクテスを揺さぶる。
変な方向に頭使ってるから疲れているに違いない。納期自体は確かに近いが、一日くらい休んだって問題ないはずだ。
「気のせいだから、いったん部屋に戻るなり、仮眠室行くなりして寝よう。な? その方がいいよ」
「いや、でも……」
「テストは俺がやっとくし、必要なら暇してるやつ捕まえるから」
まともに頭動いてない状態で仕事したってろくなことがない。何がともあれまずは寝るべきだ。こいつがいくら優秀なエンジニアだったところで、頭が回っていなければ何の意味もない。
ユーネクテスが装着している装置を外して引きずり出す。
いつもなら俺よりも強くて、俺が引っ張ったところでどうしようもないのだが、流石に抵抗する気力もないらしい。
「ほら、とりあえず仮眠室に行こう」
「あ、ああ……」
だんだんとぼんやりした答えしかしなくなったユーネクテスを連れて仮眠室に運ぶ。少し足取りはおぼつかないが、肩を貸していればまだ歩くことができる範囲だった。
開発室にいる他の連中が心配そうにこちらを見てくるが、「大丈夫」と手で合図を返しながらすぐ隣にある仮眠室へ放り込んだ。
「ほら、とりあえず横になって、少しでもいいから寝ておけ」
「だが」
「いいんだよ」
ブランケットをかけてトントンと肩のあたりを叩く。
人を寝かしつける方法なんてよく知らないが、多分こうすればよかったんだと思う。どっかの記録で見た覚えがある。
ユーネクテスはうつらうつらと舟をこぎながら、「アセンブラ」と俺の名を呼んだ。少しだけ声が幼くなっている。眠気はちゃんと来ているらしかった。
「どうした?」
「……嬉しかったんだ」
「ん?」
何の話変わらず首をかしげる。
ベッドで横になりようやく眠気が来たのであろうユーネクテスは、そっと俺の服の裾を掴んでいた。
「私の頑張ってること、ちゃんと見てくれて」
「…………おん」
もう瞼はほぼ落ちかけていた。俺はなんだか見てられなくて、思わずそっぽを向いた。
「だか、ら」
「うん」
「アセンブラが、好きでいてくれ、たら、きっと──」
そうして、ユーネクテスはその続きを言い切る前に眠りに落ちた。ようやく眠ったのを確認すると、俺は肩を叩く手を止めて少しだけ上の方にずらした。
こいつがあの後に何を言おうとしていたのかは、何一つ分からない。でもそれは、疲労と睡眠不足のせいで変なことを口走ろうとしていただけに過ぎない。
「寝たか……」
昨日の夜から、俺達はずっとおかしくなっているだけなのだ。
乱高下を繰り返すテンションだって、妙なことを口走ってしまう思考回路だって、全部疲れて正常な思考回路が働かなくなってしまっているに過ぎない。
しばらくは離してはもらえないだろう服の裾を見つめながら、俺はベッドにもたれるようにして座り込んだ。幸い高さもないので、そこまで腕も辛くはない。
俺も一度仮眠してしまおう。
目を瞑ると、ユーネクテスの小さな寝息に合わせて、心臓がいつもより早く鐘を打っている音が聞こえてくる。
これはきっと疲労のせいだ。そうでなくちゃいけない。もしそうでなかったとしたら、それは少しだけ困る。
「…………」
だってこの気持ちが嘘じゃなかったら、あれが告白ということになってしまう。
それはちょっとだけ困る。
もし本当に誰かを好きになったのなら、その時はもっとロマンのある告白でありたい。
景色のいい浜辺とか、大きな危機を前に決意を固めながらとか、そういうのがいい。
「これは気のせいだ。そうだろう?」
あどけない表情で眠る頬を静かにを撫でる。
こいつは尊敬できるエンジニアで、いつか追いつきたいと思っている同僚に過ぎない。互いに切磋琢磨し、でも時折常識はずれな行為に小言を言うような、そんないつものままでいい。
だけど、
「ズゥママ」
この眠りの後で、俺達がしっかりと正常な思考を取り戻したその時には──
「おやすみなさい」
──ただの妄言を、俺の本当の感情へと
×あんたのことなんか、全然好きなんかじゃないんだからねっ!
〇好きだったとしたら、あまりにも締まらないからヤダ…………
片想いから始まる感じもいいと思った。
〇主人公君基礎情報
【コードネーム】アセンブラ
【性別】男
【戦闘経験】なし
【出身地】ウルサス
【誕生日】8月3日
【種族】ウルサス
【身長】176㎝
【鉱石病感染状況】メディカルチェックの結果、非感染者に認定。