【✨書籍化✨】怠惰な悪役貴族の俺に、婚約破棄された悪役令嬢が嫁いだら最凶の夫婦になりました【悪役✕結婚】   作:メソポ・たみあ

157 / 259
第157話 〝最高最悪の男爵〟

 

 レティシアは、細い指先でそっと俺の頬に触れる。

 

「アルバン……酷い怪我だわ……。それに、あなた()が……っ」

 

「大丈夫だ。まだ左目が残ってる。キミのことはハッキリ見えてるよ」

 

 涙目になって心配をしてくれる妻に対して、俺は少しだけおどけて答える。

 

 あぁ……本当なら右目もしっかり見えて、両目でちゃんと彼女のことを見られたら、もっと最高だったのにな。

 

 でも、片目だけでも十分。

 彼女の姿が見えて、それにこうして触れることもできるんだから。

 

 だから贅沢言っちゃいけないだろうさ。

 

「それよりレティシア、一体どうやってここへ……?」

 

「バスラさんがあなたの居場所を教えてくれたの……。彼とパウラ先生に守ってもらいながら、どうにか辿り着けたわ」

 

 バスラ――って、カーラの親父さんのバスラ・フィダーイー・レクソン?

 

 そっか……いつか言ってた〝借り〟を返してくれたんだな。

 それにパウラ先生へも、来世があったら礼を言わないと。

 

 妻をここまで連れてきてくれて、最期(・・)に彼女と合わせてくれて、ありがとうってな。

 

「少し待って頂戴。今魔法で応急処置だけでも――!」

 

「レティシア」

 

 慌てて手当てしてくれようとする彼女を、俺は静かに止める。

 

「聞いたぞ? Aクラスとの期末試験に完勝したそうじゃないか……。流石は俺のレティシアだ」

 

「っ! こ、こんな時になにを言って……! あなたって人は、少しは自分の心配をしてよ……っ!」

 

 より一層眼を潤ませる我が妻。

 

 おっと、褒めたはずなのに、なんだか余計に心配させちゃったかな。

 でも――。

 

「……俺にとって、キミは全て(・・)なんだ。キミと触れられるなら、キミの声を聞けるなら、こんな怪我なんて痒くもない」

 

 俺はレティシアを抱き締める。

 もう――これが最後だと思って。

 

「レティシア……最後にキミに会えてよかった。俺は本当に嬉しい。でも……もう行く(・・)んだ」

 

「ア……アルバン……?」

 

「できるだけ遠くへ。奴らの手が及ばない場所まで逃げ延びて、キミだけでも幸せになってくれ」

 

 俺が言うと、レティシアは酷く驚いた様子でバッと抱擁を解く。

 

「なっ……なに言ってるの!? あなたを見捨てて逃げるなんて、できるワケないでしょう!? らしくないこと言わないで……!」

 

「アイツは……レオニールは、俺が最も恐れていたモノを手に入れた。レオニールは本当の〝主人公(レオニール)〟になったんだ。ここにいたら、確実にキミも殺される」

 

 ……こんなことを言っても、この世界がファンタジー小説の世界であることを知らないレティシアには、理解してもらえないかもしれない。

 

 だが確かに、レオニールは〝覚醒〟した。

 〝主人公(レオニール・ハイラント)〟として。

 

 俺の剣はもう、奴に届かない。

 

 今日この瞬間まで、今の今まで必死に足搔いてきたが――〝悪役(アルバン・オードラン)〟の命運は決したのだ。

 

 だが――。

 それでも――――。

 愛する妻(レティシア)の命運だけは、決めさせない。

 

 彼女を破滅させるなんて、絶対に許さない。絶対に認めない。

 

 俺の生きる意味――俺の生きた証――。

 この世界が俺を否定しようとも、それ(・・)だけは否定させない。

 絶対に――絶対に。

 

 たとえこの命と刺し違えてでも……妻だけは守ってみせる。

 

「だから、もう行ってくれ。キミさえ、レティシアさえ幸せでいてくれるなら、俺はそれで――」

 

 今生の別れと思って、彼女を行かせようとする。

 しかし、

 

「………………………………………………………………アルバン、私の目を見て」

 

 レティシアは両手で優しく俺の顔を抑え、穏やかな微笑を浮べると――。

 

 

 

「本当に……愛しい(バカな)人」

 

 柔らかな唇を――そっと、俺の唇へと重ね合わせた。

 

 

 

 ……それは、ほんの短い時間だった。

 温かな彼女の唇は、すぐに俺から離れる。

 

「レティ……シア……?」

 

「アルバン――勝って(・・・)

 

 さっきまでの優しい口調とは一転、意志のこもった声でレティシアは言う。

 

「諦めないで。立って。戦って。そして……私のために勝って」

 

 諭すように、励ますように、鼓舞するように――。

 愛する妻は、俺に語り掛けてくる。

 

「レティシアの……ために……?」

 

「そうよ。私のために――ううん、〝私たちの未来〟のために」

 

 レティシアはそう言って、剣を握る俺の右手に、自らの手を重ねた。

 

「あなたと私は二人で一つ。アルバンと(レティシア)は〝悪と悪との最凶夫婦〟。だから……こうして私が傍にいれば、あなたは絶対に負けないわ」

 

「――!」

 

 それは――懐かしい響きだった。

 

〝悪と悪との最凶夫婦〟。

 レティシアがオードラン家に嫁いできて、マウロへの復讐を終えた時、俺が彼女に送った言葉。

 

 俺たちは、最高の夫婦になれるって。

 〝最凶〟の夫婦になれるって。

 

 あ…………。

 ああ…………そうか…………。

 

 そうだよ……そうだよな。

 俺は、なにを弱気になってたんだ?

 

 俺とレティシアは〝大悪党〟と〝悪女〟の悪役夫婦。

 二人で手を取り合えば、最強を超えて最凶(・・)になれる。

 

 俺一人じゃ、ただの〝やられ役〟になっちまうのかもしれないが――彼女と一緒なら――――アルバン・オードランは、〝無敵の悪役〟だ。

 

「……ハ、ハハハ……。相変わらず、レティシアは強引だよなぁ」

 

「あら、そこは〝傲慢〟と言ってくださらない?」

 

「そんな言い方したら怒るだろ?」

 

「怒らないわ。だって私は〝最高最悪の男爵〟の妻ですもの」

 

 はにかんだ笑顔でそう言って、レティシアはスッと立ち上がる。

 そして俺に向けて、手を差し伸べてくれた。

 

「さあ、立って。全て終わらせましょう」

 

「――ああ、そうだな」

 

 妻の細く美しい手を取り、グッと立ち上がる。

 同時に、顔の右半分から滴り落ちる血を指先で軽く拭った。

 

「…………待たせたな、レオニール」

 

「……もういいのかい?」

 

「ああ、妻と話す時間をくれてありがとよ。お陰で――生まれ変わった(・・・・・・・)ような気分だ」

 

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

 

《レオニール・ハイラント視点(Side)

 

 ――オードラン男爵の覇気(オーラ)が変わった。

 

 さっきまでは肌を突き刺すような、激しく恐ろしい覇気を放っていたのに、それが完全に消えた。

 

 あれほどハッキリと感じられた闘志が、完璧に消え去ったのだ。

 

 ……もし、もしもオレが彼のことをよく知らず、今日が初めて立ち会った日だったなら、こんなオードラン男爵を見て落胆すらしたかもしれない。

 

 もはや戦う気がないのだと。

 敗北と死を悟り、諦めたのだと。

 

 けれど――オレにはわかる。

 オレには見える。

 

 あんなにも恐ろしく、ドロドロと煮え滾るマグマのような覇気(オーラ)ではなく――まるで透き通る〝空〟のようなオードラン男爵の覇気(オーラ)が。

 

 どこまでも続く青空と白雲。

 それが足元の水に反射し、天地が青と白に染め上げられたような……彼を見ていると、そんな光景を想起させられる。

 

 〝怒り〟がない。

 〝憎しみ〟がない。

 〝殺意〟すらも感じられない。

 

 ――恐ろしい(・・・・)

 

 さっきまでのオードラン男爵よりもずっとずっと、比べ物にならないほどに恐ろしい。

 

 オレにはハッキリとわかる。

 彼はなにも諦めてなどいないと。

 

 彼は――オレが本当に決着を付けたかった〝アルバン・オードラン〟になってくれたのだと。

 

 嬉しいよ。

 嬉しくて堪らない。

 

 オレは、これ(・・)を望んでいたんだ。

 この(・・)オードラン男爵と戦いたかったんだ。

 

 お互い〝負けられない理由〟を背に、共に100%以上の力でぶつかり合って――本当の意味での決着を付けたかったんだよ。

 

 思わず、オレの口元に笑みが浮かぶ。

 そして歓喜に震えながら――再び剣を構えた。

 

「今度こそ……決着を付けようか、アルバン・オードラン男爵」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。