【✨書籍化✨】怠惰な悪役貴族の俺に、婚約破棄された悪役令嬢が嫁いだら最凶の夫婦になりました【悪役✕結婚】 作:メソポ・たみあ
《レティシア・
バチンッ――! という甲高い音が図書館の中に響き渡る。
ジャックはよろけて後退りし、茫然とする。
「あ……――」
「わっ、私にっ、触らないで……ッ!」
酷い息切れと動悸。
まだ鳥肌が収まらない。
生理的嫌悪感のあまり僅かに手が震え、額に冷や汗が滲む。
――
他者に対して、これほど拒絶反応が出たのは初めてかもしれない。
嫌悪と恐怖がない交ぜになって、吐き気すら覚える。
私は今すぐこの場から逃げようとすら思ったが――
「…………ウフ……ウフフフぅ……」
死んだ魚のようなジャックの瞳が、ギョロリと私へ向く。
「う……嬉しいなぁ……。こんな僕なんかを、本気でぶってくれるなんて……! すっごく、気持ちいいよぉ……!」
頬を赤く腫らした顔は、さっきにも増してより一層恍惚に染まり上がる。
ぶたれたというのに、心から喜んでいるかのように。
同時に――ジャックの瞳に宿る、ドス黒い
背筋が凍る。
本能的に、私は理解する。
ジャック・ムルシエラゴという人物は、断じて正気ではないと。
ハッキリと命の危機を感じる
彼は、私を殺す気だ。
四の五の言っていられない。
このままでは殺される。
抗わなければ――。
「――ッ!」
私は体内で魔力を練り、魔法を発動しようとする。
しかし――その刹那――
「――おぉ~っとぉ~!」
そんな声と共に、私たちのすぐ傍で
同時に大量の本が宙を舞い、バサバサと床へ落下した。
「い、いやはや~、ちょっと本を持ってき過ぎたかもしれませんね~。失敗失敗~」
そう言ってムクリと起き上がるのは、
幼げな顔には大きな丸眼鏡をかけており、長く伸びた金髪をルーズサイドテールにして肩から垂らしている。
さらに身体のすぐ傍には、彼女の背丈より大きな魔法用の杖がフワフワと浮いている。
如何にも魔法使いといった格好の少女だ。
――顔にも出で立ちにも見覚えはない。
ジャックと同じ一年生で間違いないと思う。
彼女は私たちの方を見ると、
「お、おやおや~? 喧嘩ですか~? いけませんね~、図書館は喧嘩する場所ではありませんよ~」
なんともおっとりとした喋り方で、私たちに注意を促す。
その姿を見たジャックは、恍惚とした表情から徐々に
「……邪魔が入っちゃった……鬱だ……死のう……」
フラフラと身体を揺らしながら、どこかへと去っていってしまった。
な……なんだったのかしら……。
とりあえず、危機は去った……のだと思うけれど……。
「大丈夫ですか~? お若いんですから~危ない人には近付かない方がいいですね~」
丸眼鏡の少女は私の方に近付いてくると、なんとも気の抜けた朗らかな笑顔を見せてくれる。
――もしかしたら、助けてくれたのかしら……?
「え、えっと……ありがとう……? 助けてくれて……?」
「なんのことか~さっぱりわかりませんね~。でも~若い子に感謝されると~嬉しくなっちゃいますね~」
「……? 若いって、あなた一年生よね? あなたの方が若いはずじゃ……」
「へ? あっ、そ、そうでした~! 私の方がナウでヤングなバカウケちゃんなのでした~! うっかりです~」
「……???」
フワフワとした話し方をしつつも、慌てて訂正する丸眼鏡の少女。
まあ、細かいことはいいでしょう。
彼女が私を助けてくれたことは事実なのだから、しっかりお礼は言わないと。
私は改めてしゃなりとお辞儀し、
「コホン……危ないところをお助け頂き、本当にありがとう。改めてお礼申し上げますわ。あなたのお名前をお伺いしても?」
「私は~エレーナ・ブラヴァーツカヤといいますね~。よろしくお願いしますね~、レティシア・オードランさん~」
「あら、私のことをご存知ですのね」
「勿論~。あなたと旦那さんは~有名人ですから~。お知り合いになれて光栄です~」
エレーナと名乗った丸眼鏡の少女は、そう言って懐に手を伸ばす。
そしてなにやら取り出すと、
「お近付きの印に~どうぞお受け取りください~」
私の手を取り、
それは――小さな装飾の付いた首飾りだった。
装飾の部分には青い水晶のようなモノが付いており、とても綺麗。
見ていると、なんだか心が落ち着く気がする……。
「これは……」
「私特製の〝タリスマン〟ですね~。お守りのようなモノだと思ってください~」
「え……で、でも悪いわよ。私たち出会ったばかりだし――」
「いえいえ~お気になさらず~! ささ、どうぞどうぞ~。身に着けてみてください~」
「は、はぁ……」
なんだか押し付けられているような気もするけれど……まあ悪意はないようですし……。
それに〝タリスマン〟から微弱な魔力は感じるけれど、人に害を成すような魔法は込められていなさそう。
エレーナの善意を無下にするのも、気が引けるものね……。
問題はないでしょう――と判断した私は、〝タリスマン〟を首に着ける。
やはりと言うべきか、なにも起こらない。
「んん~お似合いですね~。このまましばらく着けておくといいですよ~。霊験あらたか~無病息災~さらには金運アップまで~、ご利益たくさんですよ~」
「そ、そうなのね……」
……なんでしょう、そう言われると逆に怪しく感じてきてしまうのだけれど……。
なんて思う私を余所に、エレーナは床に散らばった本の下へと戻っていく。
そして本を積み重ねて両手に抱えると、
「ではでは~、ご挨拶もほどほどに~これで失礼しますね~。またお会いしましょう~レティシアさん~」
そう言い残し、私の前から去っていった。
直後――私はふと思った。
そういえば……彼女も、いつの間に図書館の中にいたのだろう――と。