【✨書籍化✨】怠惰な悪役貴族の俺に、婚約破棄された悪役令嬢が嫁いだら最凶の夫婦になりました【悪役✕結婚】 作:メソポ・たみあ
《ユーリ・スコティッシュ
……どれほど歩いただろうか。
気味の悪い洞窟の中を一歩一歩進み、レティシア夫人の影を探す。
オードラン男爵の姿は、とうの昔に見えなくなった。
彼が斬り殺したモンスターの死骸がまるでカーペットのように地面に敷き詰められているので、後を追おうと思えばできる。
だが、それでは意味がない。
オードラン男爵と同じ道を辿ったのでは、なんのためにここへ来たのかわからない。
彼よりも先にレティシア夫人を見つけねばならないのだから、彼が探していないルートを見て回る必要がある。
未だレティシア夫人がどこにいるか不明なのだし、手分けして捜索するという意味でも。
幸いと言うべきか、オードラン男爵がモンスターを片っ端から斬殺していってくれたため、私が奴らに襲われることはなかった。
……モンスター共は彼に気を取られて、私など眼中に入っていないだけなのかもしれないが。
ともかく私は、入り組んだ洞窟の中を敢えてオードラン男爵とは違う道を進んでいるのだが――
「…………」
……本音は違う。
私は、オードラン男爵を見ていられなかっただけだ。
彼は――
傍で彼が戦っている光景を見ているだけで、恐怖のあまり全身から血の気が引く。
あの覇気に当てられただけで、唇が震えてカチカチと奥歯が鳴る。
私は、あの〝
そしてもう一つ理由がある。
私は……自分が恥ずかしかった。
私は自分より凄い人間なんて、
けれど違う。私は世界を知らな過ぎただけだ。私は所詮、井の中の蛙だったのだ。
――惨めだった。
なにも知らず意気揚々とオードラン男爵に挑もうとし、その剣技を目の当たりにしただけで震え上がってしまった自分が、惨めで仕方なかった。
なにも知らずオードラン男爵へ勝負を挑もうしていたことが、恥ずかしくてどうしようもなかった。
文字通り格が違う。次元が違う。
彼は人間であれど、私と同じ存在などではない。
お兄様が敗れたのは当然だったのだ。
お兄様が彼を〝
だが私は認めなかった。認められなかった。
なにかの間違いか、偶然か、でなければお兄様が
……勝負になんてならない。
私とオードラン男爵では剣士としての――いや、生き物としての格が違う。
彼が百獣の王たる者だとすれば、私は虫ケラだ。
踏み潰されるのを待つだけの、ちっぽけで惨めで哀れな存在だ。
理解してしまった。骨の髄まで理解させられてしまった。
彼は生まれながらの覇者だと。
覇者となるべくして生まれた、本物の暴君なのだと。
そんなことすらわからず、わかろうとせず、彼に挑もうとしてた自分の姿は、なんと愚かだったことか。
オードラン男爵の傍にいると、その現実をまざまざと見せつけられている気分だった。
……私は後悔し始めていた。
ここへ来たことを。
しかし同時に、ここでオードラン男爵の
――イヴァンお兄様は、どうしてオードラン男爵の傍に立っていられるのだろう?
お兄様は、何故未だに心が折れていないのだろう?
私は――こんなにも心がへし折られてしまったというのに――と。
「……イヴァンお兄様」
ポツリ、とお兄様の名を呼ぶ。
そうして力なく洞窟の中を歩いていると――なにやら開けた空間へと辿り着く。
「……ここは?」
周囲を見渡すが、人影はない。
ここにはレティシア夫人はいないようだ。
そう思い、私は道を引き返そうとしたが――
『……ユーリ・スコティッシュ』
――
「え――?」
振り返る。
けれどやはり、どこにも人の姿はない。
『そうだ……ユーリ・スコティッシュ……。お前も……
――ドサッ、と天井からなにかが落ちてくる。
それは落下した直後はピクリとも動かなかったが……数秒後、突然立ち上がる。
そう、立ち上がったのだ。
――――
より正確に言えば、人の下半身。
真っ二つに両断されて胴体より上が消失し、腹部より下だけの
「なっ……!」
『僕が……〝
脳の奥に直接響くような、不気味な声。
次の瞬間、その下半身は切断面から緑色の肉塊を噴出させる。
『マ、ママは……聖母サマ、は………………〝母体〟ハ、
――途中から、明確に声が変わった。
まるで喋っている途中、
声はオドオドとした少年のモノから、低音の枯れた老人を彷彿させるゾッとした声質になる。
そして溢れ出るように湧く肉塊は、徐々に形を成していき――
腕や頭が生え――
それは――名状しがたき――
「な……なん、だ……お前は……!?」
私の前に姿を現した存在。
ギョロリと開いた六つの目、
水かきと鉤爪を備えた巨腕、
ヌメヌメとした体液で覆われた、どこか不定形で不完全さを思わせる緑色の巨躯。
それを見た私は――酷く精神を揺さぶられた。
恐怖で手足が震える。
今にも腰を抜かしそうで、正気を保てなくなりそうな自分がいる。
私は碌に身動きすら取れず、その名状しがたい怪物を視界に収めることしかできなかった。
『〝母体〟ハ、オ前ナンカニ、渡サナイ……!』
怪物は私へ襲い掛かってくる。
鉤爪の付いた腕を振り被り、叩き潰そうとしてくる。
だが恐ろしさのあまり足が竦み、回避もままならない。
紛うことなき〝死〟が直前に迫る。
私はもうダメだと、両目を瞑る。
けれど――その時だった。
「――なにをしている、
弟より優れた兄は、存在しまぁす!(大声)
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