【✨書籍化✨】怠惰な悪役貴族の俺に、婚約破棄された悪役令嬢が嫁いだら最凶の夫婦になりました【悪役✕結婚】   作:メソポ・たみあ

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第262話 レティシア~、ただいま~

 

 ――アルバン・オードランから逃げ切った司祭は、〝影〟の中を通ってとある薄暗い小部屋へと辿り着く。

 

 そこは謎の液体に浸された臓物や、生き物の分解に使う種々様々な道具や、ヴァルランド王国で使われる文字とは似ても似つかない不気味な文字で記された書物の数々で埋め尽くされており、まるでなんらかの研究室のようですらあった。

 

 だがその場に着いた司祭は、まるで自らの家に帰ったように心地よさそうな吐息を漏らす。

 同時に深く頭を垂れ、お辞儀の姿勢を取る。

 

「この身をお助け頂き感謝致しますわ、〝黄衣(こうい)の夜王(やおう)〟様。そして――〝紅(あか)の女王〟様」

 

「――口を慎みなさい、司祭ゼイラム(・・・・・・)。あなたを助けたのは私だけです」

 

「あらあらぁ? 嫉妬だなんて、まるで人間みたいでエッチなのねぇ、うふふ」

 

 頭を垂れた司祭を出迎えたのは、やや険悪そうな雰囲気を醸す二つの人影。

 片や片眼鏡(モノクル)をかけた執事姿の男、片や真っ黒なフードマントで全身を覆った紅い口紅の少女。

 

 執事服姿の〝黄衣(こうい)の夜王(やおう)〟は短くため息を吐き、司祭の方を見る。

 

「此度は失態だったのではありませんか。これであなたの(・・・・)信徒はほとんどいなくなりましたが」

 

「失態? まさか、あれらはもう用済みですもの」

 

〝黄衣(こうい)の夜王(やおう)〟の追及に対し、意にも介さない様子で答える司祭。

 

 ――司祭ゼイラム。

『薔薇色の黄昏(ローゼン・トワイライト)』というカルト教団の教祖にして創設者。

 より正確な言い方をすれば――そう名乗っているだけの異常者。

 

 司祭ゼイラムは部屋の中をゆっくりと歩き出し、

 

「彼らから充分な献金を頂いたお陰で、私の研究(・・)は無事完成致しましたから」

 

「ふぅん、ならあの動物を殺す無意味なお遊び(・・・・・・・)も、もうお終いなのねぇ。愚かで醜くて人間らしくて、とっても素敵だったのにぃ」

 

「無意味だなんて。生贄は人類の歴史において常に行われてきた、意義深い神聖な行為――。と思い込ませたからこそ彼らは容易に〝加護〟を信じ、なんでも捧げたのです。あの蒙昧なノワール・ゲッツのように」

 

 決して無意味ではありませんわ、と冷笑するようにノワールの名を口にする司祭ゼイラム。

 

 アル王子を巡る一連の事件。

 その首謀者の一人でもあったノワールは、自らの部下であるアンブローズ・ガルシアが〝黄衣(こうい)の夜王(やおう)〟である事実を最後まで知らなかった一方、司祭ゼイラムとは面識があった。

 

 ノワールは司祭ゼイラムに対し、多額の献金をしていた。

 その代わりに『薔薇色の黄昏(ローゼン・トワイライト)』の加護に護られ、自分は裏社会の首領(ドン)でい続けられると錯覚していた。

 肝心の〝大いなる神々〟の一体に、人間観察の箱庭扱いされていたことすら知らずに。

 

 司祭ゼイラムの方もノワールが捕まった情報を得ていたため、近々『薔薇色の黄昏(ローゼン・トワイライト)』の秘密の集会所である廃聖堂にアルベール国王が騎士を送り込んでくるだろうと予測していた。

 そのため、自らの信徒が壊滅することも想定の内であった。

 

「それでそれでぇ? 完成したとかいうあなたの研究(・・)とやらは、本当に私たちの役に立つのかしらぁ?」

 

 紅い口紅の少女は、如何にも試すように司祭ゼイラムへと尋ねる。

 

 そんな彼女の質問を受け、

 

「ええ――勿論」

 

 司祭ゼイラムはニヤリと笑みを浮かべた。

 同時に研究室の中を歩き出し、小さな水槽(・・)の前までやって来る。

 

 水槽の中では一匹の幼魚が飼われていた。

 黒く鱗のない身体を持つその幼魚は、水槽の中をゆっくりと漂う。

 

 司祭ゼイラムは水槽の傍に置いていた餌箱から、乾燥餌を指先で摘まむ。

 そして水槽へパラパラと投下し、優雅に泳ぐ幼魚へと与える。

 

 すぐに幼魚は餌に気付き、食らい付く。

 その様子を見ていた司祭ゼイラムは、どこか楽しそうに愉悦の笑みを口元に浮かべた。

 

「お二方に授けて頂いた〝大いなる神々〟の叡智。そして完成した我が研究……。その研究成果(・・・・)を、ご覧に入れましょう」

 

 そう言って、司祭ゼイラムは――一冊の〝魔導書(グリモワール)〟を手に取った。

 

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

 

「レ~ティ~シ~ア~、ただいま~」

 

 俺は学園の個別棟に帰宅するなり、間の抜けた声を出しながら愛妻の下へ直行する。

 

 すると部屋の奥からパタパタと足音が聞こえてきて、

 

「おかえりなさい、アルバン。今日もお疲れ様」

 

 世界で一番美しい、いや宇宙で一番美しく綺麗で可愛い俺の妻、レティシアが出迎えてくれる。

 天使のように優しい笑顔を浮かべながら。

 

「うお~、レティシア~会いたかったぞ~」

 

 疲労感たっぷりなヘロヘロボイスと共に、レティシアの胸へと飛び込んでいく俺。

 ぶっちゃけ疲労度は大したことないのだが、愛妻に慰めてもらいたいので下手な芝居を演じてみる。

 

「よしよし。それじゃあご飯にする? それとも紅茶を淹れて、ひと休み?」

 

 レティシアは俺の頭を優しく撫でながら、まるで子供をあやすように聞いてきてくれる。

 

 もはや天使を通り越して聖母。

 なんという圧倒的包容力……! やっぱり俺の妻って世界一……!

 

 が、俺とて一角の夫。

 妻の優しさに甘えたいのは山々だが――帰りを待っていてくれた彼女を気遣うのを忘れてはならない。

 

「いや、今日はもう寝よう」

 

「え? でもアルバン、ご飯も食べずに行ったのに――」

 

「そういうレティシアも、俺のことを寝ずに待っててくれたじゃないか」

 

 ――俺が〝薔薇教団〟の集会所(アジト)を襲撃し終え、こうして帰ってきた今、時刻はすっかり深夜の頃合い。

 外は当然真っ暗で学園の中はシンと静まり返っており、誰も彼もが寝静まっている。

 俺たちだって、普段ならとっくにベッドの中で眠りこけている時間帯だ。

 

 そんな時間になってもレティシアは個別棟の灯りを絶やさず、俺の帰りを待っていてくれた。

 先に寝てていいって俺は言ったのに。

 だから彼女だって眠いはずなのだ。

 それに――

 

「それにたぶん、心配させちゃったよな」

 

 レティシアは強い女性だ。気丈な人だ。

 今日だって俺がちゃんと帰ってくると信じて、落ち着き払って待っていてくれたはずだ。

 

 でも内心では少なからず不安で、俺の声を聞くまでは眠ろうなんて気にはなれなかったんだと思う。

 

 彼女は人前でこそ取り乱さないし、自分の不安を口には出さない。

 いつもはFクラスの奴らを牽引(リード)する聡明さを見せてくれるけど、その実心配性というか。

 

 特に一人でいると物事を考えすぎてしまうきらいがあるからな。

 気遣い屋さんなんだ、レティシアは。

 

 ましてや今回はアルベール国王直々の頼みで、あの〝薔薇教団〟の集会所(アジト)に殴り込むときたもんだ。

 彼女の性分で心配するなって方が無理だったはず。

 

 だからそういう意味で、疲れてる(・・・・)のは俺だけじゃない。

 一人の夫として、俺は彼女がなにか不安や心配を抱え込んだままにしたくない。

 

「この通りホラ、俺はなんの問題もなく帰ってきたから」

 

「アルバン……」

 

「それに、別に一晩食べなくても死にゃしない。それよりキミの睡眠不足の方が心配だ」

 

「クスッ、ありがとう。それじゃあ、一緒に軽くなにか食べてから寝ましょうか」

 

「え? でもレティシア、遅い時間はなにも食べないっていつも言ってるのに……」

 

「たまにはいいじゃない。こんな日くらい旦那様に付き合ったって、罰(・)は当たらないわ」

 

「……レティシアがそう言ってくれるなら、お付き合い願おうかな」

 

 俺だけの聖母様が、深夜の晩餐に付き合ってくれるらしい。

 こんなに嬉しいサプライズはないね。

 

 俺は腰に下げていた剣を壁に立てかけ、部屋の奥へと入っていく。

 レティシアは俺の左腕に緩く抱き着き、寄り添いながら歩いてくれる。

 

 本当に何気ない瞬間だけど、俺は凄く幸せだ。

 

「――それで〝薔薇教団〟の件は上手くいったの?」

 

「いや~それが、実はちょっとやらかしちゃって」

 

「え……? やらかしたって――」

 

「その弁明も、明日アルベール国王にしに行かなきゃなんだよな。あ~あ、面倒くさ」

 




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