【✨書籍化✨】怠惰な悪役貴族の俺に、婚約破棄された悪役令嬢が嫁いだら最凶の夫婦になりました【悪役✕結婚】   作:メソポ・たみあ

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第56話 本音と建前

 

「――間合いが甘い」

 

 ヨシュアは軽やかに木剣を振るい、相手が持つ木剣を弾く。

 

 彼は今剣術の授業中で、クラスメイトたちと共に剣の鍛錬の真っ最中。

 

 爽やかに汗を流すその姿は、まさに貴公子そのものだ。

 

 ――ヨシュア・リュドアンが在籍しているのはCクラス。

 それと同時に、彼はCクラスの〝(キング)〟も務めている。

 

「よう、今日は随分と気合が入ってるみたいじゃねぇか」

 

 背後からヨシュアに話しかける男の声。

 彼はマルタン・オフェロ。

 同じくCクラスのメンバーで、やや伸びた黒髪を乱雑に後頭部で結わえているのが特徴の人物。

 

 マルタンは職業騎士の家系出身であり、ヨシュアとは気心の知れた仲だ。

 

 マルタンに話しかけられたヨシュアは汗を拭い、

 

「……そう見えるか?」

 

「見えるねぇ。やっぱ例の婚約の件か?」

 

 婚約――という単語を口に出されて、ヨシュアはジロリとマルタンを睨む。

 

「おい、マルタン……」

 

「まさかの略奪婚だもんなぁ。しかもお相手はあのレティシア・バロウときたもんだ。色んな意味でスゲーよホント」

 

「彼女を悪く言うなよ。直接会ってわかったが、あのご令嬢は噂で聞くような悪女ではない。むしろ聡明で純真……僕などには高嶺の花かもな」

 

「純真ねぇ。オードラン男爵にもう手を出されてるかもしれないってのに?」

 

 その台詞を聞かされて、ヨシュアの視線にほんのりと殺意が宿る。

 流石に言っていい冗談と悪い冗談があるぞ、と言わんばかりに。

 

「ウ、ウソウソ、そんな睨むなよ……。ってかオードラン男爵はどうすんだ? 奴さん、納得してないんだろ?」

 

「納得もなにもない。婚約は既に両家の間で決まった話だ。嫌でも身を引いてもらうさ」

 

「……フーン。なあヨシュア」

 

「なんだ?」

 

「リュドアン家が決めたことに口を出す気はねぇけどよ……お前らしくない(・・・・・・・)んじゃねーの?」

 

「……」

 

「俺とお前はガキの頃からの付き合いだからな。忠告ってワケじゃないけど、それだけは言っとくよ」

 

 そう言い残すと、マルタンはヨシュアの下を離れていった。

 

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

 

 放課後――。

 

 ヨシュアは一人、人気のない廊下を歩いていた。

 すると、

 

「――おにーさん、ちょっとお時間よろしいかしら?★」

 

 不気味なほど耳に残る猫撫で声が、ヨシュアを呼び止めた。

 

「む……?」

 

「ハロー♪ ウチのこと覚えてる?」

 

「キミは……確かFクラスにいた……」

 

「ラキ・アザレアっていいまーす☆ 以後よしなにー♪」

 

 パチッと可愛らしくウインクし、目尻の横でピースサインを決めるラキ。

 

 そんな彼女を見て、ヨシュアはすぐに警戒心を露わにした。

 彼の直感が〝信用ならざる人間だ〟と警鐘を鳴らしたからだ。

 

「……なんの用かな? 先を急いでいるのだが」

 

「そんにゃこと言わずにぃ~、ちょっとお話ししようよぉ♠ そうだなぁ、具体的に――アルバン・オードランとレティシア・バロウについて、なんてどう?」

 

「…………ほう?」

 

 ヨシュアの耳がピクリと僅かに動く。

 

 ああ、釣れた釣れた――♫

 ラキは内心で一人ほくそ笑む。

 

「ヨシュアくん、あの二人にとっとと別れてほしいんだよね? 婚約者となったレティシアちゃんのことも気に入ったみたいだし、アルく――オードラン男爵はお邪魔なんでしょ?」

 

「キミは……Fクラスの一員なのだろう? 〝(キング)〟であるオードラン男爵に忠誠を誓っているはずだ。何故そんな話をする?」

 

「利害が一致してるから、じゃ駄目かな♣ ウチもあの二人には別れてほしいと思ってるし~、もしかしたら協力できるかも~?♢」

 

「……」

 

「だけど、一応聞いておきたいんだよねぇ。バロウ家とリュドアン家にどんな取引(・・・・・)があったのか」

 

 絶対なにかあったはずなんだよね。

 でなきゃこんな突然二人を別れさせて、しかも再婚約なんてさせないはずだし。

 でも虎の尾を踏むのはゴメンだからさ――。

 

 ラキはヨシュアの出方を伺いながら、心の内でそう呟く。

 

「……なんのことかな。両家はただ婚約の縁を結んだだけだ」

 

「それじゃあ略奪愛が趣味とでも言うつもり? そんな風には見えないけど♠」

 

 からかうようにラキが言うと、ヨシュアは目頭を押さえて「ハァ」と深いため息を吐く。

 

「仮になにかあったとしても話せるワケないだろう。……だが、これだけは言えるな」

 

「! なぁになぁに?☆」

 

「アルバン・オードラン男爵は……あの〝最低最悪の男爵〟は、死すべき(・・・・)だと」

 

「え――?」

 

「彼のせいで、レティシア嬢は幾度も危険に晒されている。どうやって彼女を垂らし込んだのか知らないが、オードラン男爵がいなければ事件の数々は起こらなかったのだ」

 

「ま、待って待って、それは違うよ。逆にアルくんは、何度もレティシアちゃんを救ってきたんだよ?」

 

「いいや、彼女は利用されているだけさ。レティシア嬢はオードラン男爵と共にいる限り、永遠に不幸なままだ」

 

「え、永遠にって……」

 

「オードラン男爵がレティシア嬢を愛しているなど……嘘偽りに決まっている」

 

 断言するようにヨシュアは言う。

 アルバンへの嫌悪感を隠そうともせずに。

 

 あれ――なんでだろう?

 なんでウチ、こんなにイライラしてるんだろう?

 

 ヨシュアの言葉を聞いて、ラキは自分で自分の気持ちが整理できなくなり始めていた。

 

 当初ラキは、ヨシュアの関心がレティシアのみに向けられているものだと思っていた。

 

 アルバンのことは〝最低最悪の男爵〟という噂を聞いて、多少見下している程度だろうと。

 でなければ格下の恋敵にでも見えているのだろうと。

 

 どうせレティシアちゃんが手に入れば、それで満足なんでしょ――そう思っていた。

 

 しかし、どうやら違うらしいと気が付く。

 

 理由はわからないが、ヨシュアは激しくアルバンを嫌っている。

 それこそ殺意を抱くほどに。

 

 対するラキは、彼が知ったような口ぶりでアルバンのことを語るのが無性に腹立たしかった。

 

 あの二人を別れさせるためにここへ来たのに――という矛盾を自覚しながらも、ヨシュアの言葉を素直に受け流せなかったのだ。

 

 

 

 

 ――ラキ・アザレアはこれまで、〝男は金を生み出す道具(モノ)〟と教えられて育ってきた。

 

 元々捨て子だったラキは、高級娼婦(クルチザンヌ)の娼館を経営するアザレア家に拾われる。

 

 将来的に貴族の相手をさせるため、アザレア家は学問や男を手玉にとる所作などをラキに教育。

 

 その過程で悪女となるよう、魔性の妖婦となるよう徹底的に叩き込んだのである。

 

 だが娼婦となる前に、学力・諜報能力・権謀術数を巡らす能力などが抜きん出て高いことが判明。

 

 それがファウスト学園長の耳に入ったことで、王立学園へ入学する運びとなったのだ。

 

 ラキは育ての親から「教えたことを生かして、学園で金ヅルを捕まえて来なさい」と言われた。

 

 当人だって勿論そのつもりで、都合のいい男を捕まえて学園で地位を築き、あわよくば卒業後も金ヅルにしてやろう――なんて入学直後は考えていたほど。

 

 実際、アルバンを寝取ってFクラスの〝王妃(クイーン)〟になろうとしたのだってそういう理由からだ。

 

 だがアルバン・オードランと出会って――いや、アルバンとレティシアという夫婦を見ていて、段々こう思うようになっていた。

 

 

 ――羨ましい。

 

 ――――ウチもあんな風に愛されたい。

 

 

 ただ純粋なまでの〝羨望〟。

 しかし不思議とレティシアへの妬み嫉みはなく、なんなら「微笑ましい」とすら感じていたくらい。

 

 ま、隙あらばアルくんを奪っちゃうけどね――そんな本音と建前が入り混じった複雑な感情を抱き始めていたのが、現在のラキであった。

 

 しかし今、目の前でその〝羨望〟が全否定された。

 

 結果、とある感情が沸き上がる。

 それは――〝怒り〟。

 

 無意識的に「自分はアザレア家の女だから」と本音を誤魔化していたラキにとって、こんな胸中は初めてだった。

 

「アルくんは……アルくんは、そんなんじゃ……!」

 

 唇を震わせるラキ。

 

 ヨシュアもヨシュアでグッと拳を握り、

 

「……そうとも。彼が己の役割(・・・・)を果たさないから、レティシア嬢は王族に……」

 

 極めて小さな声で、呟くように言った。

 

「え? 今、なんて――」

 

「〝アルバン・オードランは誰も幸せにできない疫病神〟だと、そう言ったのさ」

 

「――!」

 

「それで? 僕に協力すると言っていたが、具体的には――」

 

「……なにそれ、意味わかんない」

 

 これまでの猫撫で声から一転、突き放すような低い声をラキは発する。

 

「アンタがなにを知ってるワケ? アルくんと一緒にいるレティシアちゃんは、あんなに幸せそうなのにさ」

 

「ど、どうした? なんだかさっきと様子が……」

 

「悪いけど気が変わった。ウチ、アンタには協力できない」

 

 ラキはヨシュアに背中を向け、そのまま去って行こうとする。

 だが不意に立ち止まり――

 

「ヨシュア・リュドアン……アンタさ、一度オードラン男爵とちゃんと話をしてみなよ。そしたら彼がどれだけレティシアちゃんを大事にしてるか、すぐにわかるはずだから」

 

 冷たい眼差しで流し目を送り、そう言い残して今度こそ去って行った。

 

「……」

 

 ポツンと、一人残されるヨシュア。

 

 ――この出来事から二日と経たぬ内に、彼はユーグ・ド・クラオンの仲介で〝アルバン・オードラン男爵との会談の席〟を設けられることとなる。

 

 

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