【✨書籍化✨】怠惰な悪役貴族の俺に、婚約破棄された悪役令嬢が嫁いだら最凶の夫婦になりました【悪役✕結婚】   作:メソポ・たみあ

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第90話 恐ろしい女

 

「ククク……今頃、臆病者のマティアスは部屋に籠って怯えてるだろうなぁ」

 

 ナルシスはワインが注がれたグラスを揺らしながら、ソファに座って足を組んでいた。

 

 彼が今いる場所は、ウルフ侯爵家の屋敷から遠く離れた場所にある専用の別荘。

 

 その内装は悪趣味なほど豪華で金がかかっており、ナルシスが飲んでいるワインでさえボトル一本で金貨数百枚はする代物だ。

 

 そんなナルシスの肩に、甘えるような仕草でアドリーヌが寄りかかる。

 

「マティアス派の貴族もい~っぱい買収したし、これでもうナルシス様の相続は間違いなしね! ウフフ!」

 

「応とも。金ってのはやっぱ、こういう風にばら撒かねぇとなぁ」

 

 グイッとワインを煽るナルシス。

 そして碌に味わいもせず喉の奥に高級ワインを流し込むと、

 

「所詮世の中ってのは金だよ金。金さえありゃなんでもできる。金で買えない物なんかねーんだ」

 

「ふ~ん? 例えば……人の命も?」

 

 アドリーヌはナルシスの胸に指を這わせ、クスッと笑う。

 

「ナルシス様、大金で殺し屋を雇ったんですって? ウフフ、怖い人」

 

「……さあ、なんのことだろうな。でもまぁ、近々面白いニュースが巷に流れるかもよ? 〝最低最悪の男爵と嫌われ者の公爵令嬢、暗殺される〟――ってよ」

 

 ナルシスはニタリと邪悪な笑みを浮かべ、血のように真っ赤なワインをグラスへと注ぐ。

 そしてグラスを揺らし、

 

「笑っちまったぜ。弟のクラスメイトに、丁度〝死んでもいい奴ら〟がいてくれたんだからな。友人がくたばったとなれば、あのバカ弟もいよいよ――」

 

「…………ねぇ、待ってナルシス様」

 

 愉快そうに話していたナルシスであったが、そんな彼の発言を聞いていたアドリーヌが眉をひそめる。

 

「それってもしかして……アルバン・オードラン男爵とレティシア・バロウ公爵令嬢のことじゃないわよね?」

 

「ん? ククク、流石にわかっちまうか。そうだよ、その二人だ。あの二人が始末されたとなれば、バロウ公爵家にはむしろ感謝されちまうかも――」

 

「ダ、ダメよナルシス様!」

 

 血相を変えて、バッとアドリーヌがナルシスから離れる。

 彼女は完全に焦り切った顔で口元を震わせ、

 

「し、知らないの!? レティシア嬢がバロウ公爵家を追い出されたのなんて、もう昔の話よ! それにオードラン男爵だって、今ではウィレーム・バロウ公爵に――!」

 

 

 ――ドンドン、ドンドン!

 

 

『ナ、ナルシス様! 大変でございます!』

 

 アドリーヌが言いかけた、まさにその時だった。

 部屋のドアが激しくノックされ、使用人らしき男が慌てて入ってくる。

 

「おい、テメェ! 俺は入っていいなんて一言も――!」

 

「申し訳ありません! ですが至急お伝えせねばならぬことが……!」

 

 使用人は顔面蒼白のまま言葉を続け、

 

「バ……バロウ公爵家と王国騎士団が〝ウルフ侯爵家の家督相続において、マティアス・ウルフの相続を支持する〟と表明しました!」

 

「――ッ!? なにぃ!?」

 

 その報告を聞いて、ナルシスが驚きを露わにする。

 同時に、先程までの邪悪で余裕のある笑みは瞬時に消え失せた。

 

「バ、バカな……! 王国騎士団もバロウ公爵家も、これまでウルフ侯爵家の家督争いに口を挟んだことは一度もなかっただろうが!」

 

 ――ウルフ侯爵家は、よく〝なにをするにも金に物を言わせる貴族〟だと陰口を叩かれる。

 

 莫大な資産を盾に権力を保持し続けてきた家柄であるためだ。

 

 故に、明確な〝権威〟を持つバロウ公爵家や王国騎士団とは昔からあまり仲が良好ではない。

 

 事実これまでの歴史上、ウルフ侯爵家の家督争いに両者が関わったことは一度たりともなかった。

 

 だから今回の家督争いも、どうせ関わってこないだろうとナルシスは無意識に思っていたのだ。

 

「おい、どういうことだ!? どうして今回に限って……!」

 

「――ナルシスくん、ナルシスくんはいるかね!?」

 

 使用人が報告をもたらしているところに、今度は護衛を引き連れた恰幅のいい老貴族がやってくる。

 

 他の使用人たちが制止しようとしていたが、かなり強引に別荘の中へ押し入ってきた様子だ。

 

「ロドリゴ侯爵……!? どうしてここへ!?」

 

「ナルシスくん、悪いがワシはマティアス派へ鞍替えさせてもらうよ! それからルヴァーノ伯爵とラッザロ子爵も同様にキミとは縁を切るそうだから、そのつもりで!」

 

「――!? そ、そんな……!? まさかバロウ公爵家と王国騎士団が、マティアスに組したせいだってのか!?」

 

「それもある。だが、それだけではないのだ!」

 

 ロドリゴ侯爵という恰幅のいい貴族は、ダラダラと脂汗を垂れ流しながら酷く焦った表情を見せる。

 

 そして息を荒げて――

 

「領地債券の不買運動だ! ワシら領主が発行してる債券を、商人たちが買わない動きが加速している! このままでは金利が上がる一方で、ワシらが破産させられてしまうわい!」

 

「なっ……どうして急にそんなことが……!」

 

バロウ公爵家(・・・・・・)だよ! 有力商人たちに声をかけ、とんでもない厚遇で自領に引き抜いている! それに中小の商人たちの間では、領地が財政破綻するという噂まで流れて……! あ、あ、あの家を敵に回してはならなかったのだ……!」

 

 ガタガタと震えるロドリゴ侯爵。

 

 ――ナルシスは唖然とする。

 まさか――まさかバロウ公爵家がそんなことをするとは、思いもよらなかったから。

 

 そもそもの話、他の領地の有力商人を自領に引き入れる――つまり買収するというのは、できるできない以前にやってはならない(・・・・・・・・)

 

 これは領主間の暗黙のルールだ。

 それを堂々と破るというのは、明確な宣戦布告ともなる。

 

 そんなことが何度も起これば、国の中が領地と領地で争う内乱だらけになってしまう。

 だからやってはならない。

 

 だが――〝今〟は例外だ。

 

 ウルフ侯爵家が二つに割れ、家督を巡って派閥間で既に争いが起きている。

 貴族たちが敵味方に分かれ、既に小規模な内乱(政争)が起きている状態と言っていい。

 そのタイミングを狙われた形なのだ。

 

 加えて、先に手を出した(・・・・・)のはナルシスの方だ。

 マティアス派の人間たちを多額の金で買収し、さらにはレティシアとアルバンを暗殺しようとした。

 

 だからこれは政治的報復として、少なくともバロウ公爵家側には大義名分がある。

 

 責め立てようにも「じゃあお前は身の潔白を証明できるのか?」という押し問答に発展してしまう。

 

 そうなった場合、ナルシスは圧倒的に不利だ。

 何故なら――〝権威〟がないから。

 

 ウルフ侯爵家当主としての地位も確立できていないナルシスでは、バロウ公爵家と正面切って政争ができるだけの〝権威〟がない。

 

 どれだけ財力があろうとも、〝権威〟を敵に回しては勝てない。

 大豪商が一国の王に決して勝てないのと同じように。

 

 まさか家督争いに関わってくると思っていなかったバロウ公爵家――それと敵対することになった時点で、ナルシスの優位性は崩れ去ったのである。

 

 全ては――己が権力と財力に溺れ、世間を知ろうともせず、敵対者の情報を得ることすら疎かにした結果。

 〝金さえあればなんでもできる〟と妄信し過ぎた、その報いなのだ。

 

「お、おそらく多くの貴族がマティアス派に寝返るはずだ……! ワシもすぐにウィレーム公爵と交渉の席を設けねば……! これにて失礼する!」

 

 ロドリゴ侯爵は焦りに焦って部屋を後にする。

 

 残されたナルシスは、

 

「~~~~クソッタレがあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 悔しさに溢れた怒声を奏で、ワインボトルとグラスが置かれたテーブルを思い切り蹴り飛ばすのだった。

 

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

 

「――というやり方で報復することにしたの。お父様とオリヴィア姉さんは、快く手伝ってくれたわ」

 

 クスクス、と笑いながらレティシアがマティアスに説明する。

 

 それを聞いたマティアスは頬を引き攣らせ、

 

「お……お前さん、おっかねぇことするんだな……」

 

「安心なさいな。ウルフ領(ここ)の商人には声をかけていないし、他の領地から引き抜いた商人たちも、全てが終わったらちゃんと戻ってもらうから。もっとも〝買い戻し〟をしてもらう形にはなるでしょうけれど」

 

「やってることが悪徳買収者のソレなんだよ……。改めて、レティシア・オードランって女の恐ろしさが実感できたわ……」

 

「あら、お褒め頂き光栄ですこと」

 

 




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