エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ   作:東雲佑

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ep4.黒い羊が白くなっても

 水曜日の三時間目と四時間目を利用して家庭料理(クッキング)の特別授業が催された。

 クラス全員で料理を作りランチにそれを食べるという、学習というよりはお楽しみ(レクリエーション)的な意味合いの強いカリキュラムである。

 成績にはほとんど響かないこの授業を馬鹿にして真面目に取り組もうとしない生徒も少なくはなかった。

 

 そんな中、最も前向きに授業に取り組んでいたのは、他ならぬビアンカだった。

 

「こっちフライパンの準備オッケーだ! パンケーキの生地(タネ)回してくれ!」

 

 最初はウィリアムも意外に感じたものだが、ビアンカは家事一般にかなり精通している。

 一番得意としているのは料理だけれど、掃除に片付け洗濯に裁縫、おおかたのことは並の高校生の何倍も手際よくこなすのだ。

 

 なんでも、彼女の血の繋がらない母親は家事(そのみち)の達人で、子供の頃から後ろをついてまわっては自分から技を仕込んでもらったのだそうだ。

 そして数年前にその母親が亡くなってからは、バルボア家の家政一切はビアンカが担っているらしい。

 

「よし、こっち焼けたぞ! ウィル、生地のおかわりまだか?」

「待って! 今必死にかき混ぜてるから!」

「急げよ! んじゃその間にリンドバーグ、焼けてるやつにトッピング頼んだ!」

「え、あーし? ……はぁい、わっかりましたぁ!」

 

 急に仕事を割り振られたドラゴニュートの女子が、戸惑いながらもビアンカの指示に従う。

 ホイップクリーム片手ににこにこ笑顔で彼女はパンケーキに突撃する。

 

 みんなが馬鹿にする特別授業を、ビアンカはとても楽しんでいた。

 そして細かいことを気にしないあけすけさをここぞとばかりに発揮して、周りの誰かをその楽しさの中に引きずり込んでいる。

 もちろん彼女のことを相手にしない者も多かったけれど、非エルフのクラスメイトたちを中心に楽しさの輪は拡大されている。

 

 その様子を、ウィリアムは感慨深く見ていた。生地をかき混ぜる手は休めずに。

 

 こんな風にビアンカがクラスの主役になるのは、これで二度目だった。

 

 一度目は二週間前、体育の授業でバスケットボールをしたときのことだ。

 片チーム六人の変則ルールで組まれた試合の最中、ビアンカには一度もパスが回ってこなかった。

 観戦席からでもわかるほどあからさまな意地悪だった。しかし、チームメイトに居ない存在のように扱われながら、それでも彼女はコートを駆けた。

 

 ビアンカの手にボールが渡ったのは、試合の終盤においてだった。

 味方の守備エリアで弾かれたボールを拾いに行ったビアンカは、試合中はじめて手にしたボールを、拾った場所から敵のゴール目掛けてシュートしたのだ。

 万全でない姿勢から放たれたロングシュートは、コートのほとんど端から端までを貫いて飛んで、遙か遠くのゴールネットを静かに揺らした。

 

 手を叩くまでに、ウィリアムですら数秒はかかった。

 しかし彼が拍手を送ると何人ものクラスメイトがそれに続いてくれた。

 歓声をあげ、口笛を吹いた者さえいた。

 

 このロングシュートは一つの重大な示唆をウィリアムに与えていたのだけれど、しかしそれはいま関係ない。

 この文脈の中で大切なのは、その時にビアンカに送られた拍手と口笛と歓声の方である。

 そしてこの一件以降は彼女にもちゃんとパスが回ってくるようになったという、その事実である。

 

 少しずつだけど、ビアンカはクラスに受け入れられている。

 そしてそれはきっと、彼女のほうから先にクラスメイトたちに歩み寄った、その結果なのだ。

 見事な料理の手際もロングシュートも、ただきっかけに過ぎない。白い羊の群れに黒い羊が馴染みはじめているのは、黒い羊が頑張って自分の黒さを手放そうとしたからなのだ。

 

 そのことが、ウィリアムには――。

 

「おいウィル! 生地はどうしたんだよ!」

「あ、いけない。手が止まってた」

 

 ごめん、ちょっと物思いに(ふけ)りすぎた。そう謝るウィリアムに、しっかりしろよ、三十六人分焼かなきゃいけねえんだぞ、と呆れたようにビアンカ。

 

 それから、彼女は周囲を見渡して、洗い物をしていた小柄な女子に声をかける。

 

「よう、コウモリ女」

 

 吸血鬼のヘミングウェイが、泡だった手元から顔をあげてビアンカを見た。

 

「洗い物はいいからさ、ウィルを手伝ってくれよ。生地が全然間に合って――」

「あのさぁ! そのコウモリ女っての、いい加減やめてほしいんですけど!」

 

 仕事を頼もうとしたビアンカの言葉を、ヘミングウェイの苛立った声が遮った。

 

「わたしにはココ・ヘミングウェイって名前があるんですけど! クラスメイトの名前も覚えられないわけ? 頭が弱いのはわかってたけどそこまでなんですか~?」

 

 あ~かわいそ! と露骨に(アオ)るヘミングウェイ。

 料理に張り切るビアンカを白けた目で見ていた数名の女子が、打って変わって楽しげなひそひそ話をはじめた。

 

 しかしビアンカは、にわかに醸成された悪意的な空気など一顧だにせずに。

 

「おお、そうか。言われてみれば確かにそうだな。わりぃ、ごめんしてくれ」

 

 自分を挑発してきたヘミングウェイに素直に謝って、それから。

 

「んじゃココ、あらためて頼むよ。ウィルの手伝いに回ってやってくれ」

「……ッ!」

 

 ヘミングウェイが声にならない声を詰まらせる。

 それから、吸血鬼の同級生は洗いかけのボウルをシンクに叩きつけて、そのまま家庭科室を出て行ってしまった。

 

「ありゃ、授業放棄させちまった……あいつ、やっぱあたしのこと嫌いなのかな」

「……そりゃまぁ、彼女と君の出会いは、思いつく限り最悪の部類だったしね」

 

 ヘミングウェイの消えたドアを眺めながら、ウィリアムは思う。

 いくら黒い羊が白くなっても、黒かった頃を忘れてくれない者はやっぱりいるのだ。

 

 

   ※

 

 

「なによ! なによ! なによ!」

 

 バンパイア寮の自室で、ココ・ヘミングウェイがジタバタしている。

 ビッグサイズのふかふか枕に顔を埋めて、なによ! の声に合わせて足でベッドを叩く。

 

「なによ! なんなのよあいつは!」

 

 そんなご主人様の様子を、子猫のサンチャゴが心配そうに眺めている。

 

「意味わかんないんですけど! なんであんな風に平然とわたしに話しかけられるわけ! わたしのことぶん殴った過去なんてなかったみたいにさ!」

 

 理解不能なんですけど! と両手を振り下ろす。

 

「あのマイペースさ、ほんとムカつく! こっちが気にしてんのに勝手に水に流しちゃうし! 他人が自分のことをどう思ってるかなんて全然お構いなしだし! なのに自分の本音は全然包み隠さないし! あいつには裏表とかないのかっての!」

 

 そしてまた、なによ! なによ! なによ! とベッドを蹴る(キック)蹴る(キック)蹴る(キック)

 

 そのジタバタが、あるとき急に、ピタッと停まる。

 

「……なによ」

 

 最後のなによに合わせて、持ち上げられていた足が静かに降ろされる。

 

「……コウモリ女から、なんでいきなりファーストネームなのよ……」

 

 

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