エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ   作:東雲佑

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ep7.『コカトリス問題と戦う養鶏産業の現在』

 

 

 

「うーん、やっぱりちょっと……いや、だいぶ……かなり、よくない……」

「あのなウィル、こういう時は変な気を使わないでハッキリ言え。『最悪(デッドアス)』ってな」

 

 手にしていたメモ用紙をぐしゃぐしゃに丸めて放り投げるビアンカ。

 苛立ちに任せて投げられた紙くずは、離れた場所に置かれたゴミ箱に見事ホールインした。いつかのロングシュートのように。

 

 夕食後の勉強会のテーマは、この一週間ほどずっと古エルフ語に絞られていた。

 ビアンカの一番の弱点を少しでもカバーしようという、いわば強化週間である。

 

 ……なのだが、しかし、特訓の成果は惨憺たるものであった。

 

「……あんたにはごめんだけど、やっぱ、あたしには無理だよ。ほら、他のエルフと違って、あたしは子供の時に少しも古エルフ語(コイツ)に触れてないからさ」

 

 きっとそいつが原因だ。ビアンカはどこか消沈した声でそう言った。

 しかし、ウィリアムの意見は違った。

 確かにビアンカは古エルフ語の幼児教育を承けていないが、以前参照した統計によればそういうエルフもかなりの割合存在するらしい。

 それに彼女は他の外国語科目についてはちゃんと成績を伸ばしている。

 

 ビアンカが古エルフ語を習得できない最大の理由は、彼女に魔法を学ぶ意欲がないことだ。

 ビアンカは勉強が苦手だが、しかしけっして頭が悪いわけではない。学びへの意欲さえ引き出してあげれば、彼女は教えていて面白いほど知識を吸収する。

 そのことはこの三ヶ月の成績推移が歴然と証明している。

 

 ビアンカはエルフの技術を学ぶことを拒絶しているのだ。

 あるいは本人も自覚していない、無意識の領域で。

 

「……大丈夫、焦ることないよ。まだ一学期なんだしさ」

 

 ゆっくりやっていこう。そう声をかけて、今日の勉強会はおひらきとなった。

 

 それから、二人は就寝までの時間を思い思いに過ごした。

 ウィリアムは定期購読しているナショナル・ネオグラフィック誌の最新号に目を通し、ビアンカは動画配信(オンデマンド)サービスでアクション映画を見ていた。

 

 状況に動きがあったのは、ちょうどウィリアムが『コカトリス問題とたたかう養鶏産業の現在』の記事(トピック)を読み終えた時だった。

 

「なぁ、ウィル」

 

 テレビの画面に目を向けたまま、ビアンカが声だけで話しかけてきたのだ。

 

「あんたはさ、あたしの魔力のこと、羨ましいって言ったよな?」

「うん。いくら呪文が上手でも、僕には肝心の魔力がないからね」

 

 相棒の声に深刻(シリアス)なものを感じたウィリアムは、あえて軽口めかした口調で言った。

 

「そっか。でもさ、あたしにはあんたのほうが羨ましいんだぜ?」

「……え?」

 

 今度は冗談ぽく返すことができなかった。

 ウィリアムは真顔でビアンカを見る。ビアンカは続けた。

 

「たとえばこの映画を見る機械、あたしには使い方も設置方法もチンプンカンプンだったこいつを、あんたは説明書もなしにちゃっちゃと使えるようにしてくれた」

「ああ、なんだ、そんなことか」

 

 少しだけホッとして、ウィリアムは声を緩ませた。

 

「そんなの、ただ僕がこういうのに慣れてるってだけのことだよ」

「それだけじゃない。あんたははじめて見る機械や道具でもすぐに使用方法を飲み込めちまうだろ。それに雑用とか単純作業とか、そういうのも得意だろ?」

「確かにそうだけど、それがどうしたっていうんだい?」

「そいつはな、たぶんゴブリンの種族的特徴だ」

 

 ビアンカの言葉に、ウィリアムは言葉を失った。

 ビアンカはさらに続けた。

 

「あたしのママが生きてるときに教えてくれたんだ。『ゴブリンは誰にでもできるようなことを誰よりも上手にできる種族なんだよ』って。

 実際ママは『誰にでもできること』の代表格みたいな家事が大得意でさ。そんなママが、あたしにはナンバーワンに憧れ(カリスマ)だった。『いつかママみたいになりたい』ってガキのあたしはシンケン夢見て、しつこくつきまとっては料理も洗濯も仕込んでもらった。

 ……でも、どんなに頑張っても、結局あたしはママほど上手にはなれなかった」

 

 ――だってあたしはゴブリンじゃなかったから。

 

 感情を推しはかることのできない、静かで平坦な声でビアンカは言った。

 

「あんたはあたしを羨ましいと言う。委員長(レノックス)なんか(ねた)んで突っかかってきやがる。

 けどなウィル、あたしが欲しかったのは親からの遺伝なんだ。親ってのは誰かも知れねえマザファッカなエルフのことじゃない。()()()()()()()()()()()()。みんなに慕われた小さなビッグマムと、現在進行形で慕われてる下町のゴブリンチャンピオンだ」

 

 だから、あたしは――ビアンカは静かに声を(ほとばし)らせた。

 

 しかし、言いかけた言葉の続きが発せられることはついぞなかった。

 

 ビアンカはそのまま映画鑑賞に戻り、ウィリアムも黙ってナショネオのページを捲った。

 けれど次のページから始まった『生態系へのグリフォンの人為的再導入』の特集は、何度読んでも全然頭に入ってこなかった。

 

 ひどく心が乱れていた。

 

 まず第一に、相棒に対する自分の不理解が恥ずかしかった。

 ビアンカの意欲を引き出すために、ウィリアムは魔法を身につける利点を説明しようと考えていたのだ。

 だがそれによって開かれるどのような将来にも、きっと彼女はみじんも興味を示さないだろう。

 ビアンカにとってはエルフとしての巨大な成功よりも、ゴブリンとしての小さな幸せのほうがずっと価値が大きいのだ。

 

 そんなこと、わかりきっていたはずじゃないか。

 エスコート係として僕はこの三ヶ月、いったい彼女のなにを見ていたんだ?

 

 

 それから第二に、ビアンカの指摘がストレートにショックだった。

 また、そうしてショックを受けてしまっていることそれ自体が、さらにショックだった。

 

 たまたま得意なだけだと思っていた作業や仕事が、実はゴブリンの血の成せる技だったかもしれない。

 そんな指摘に、僕はどうしてこんな風に動揺してるんだ?

 

 ビアンカがエルフの血を拒絶する理由は、ちゃんとある。なぜなら彼女は心なく遺棄(いき)された捨て子で、だから、彼女にとって生物学的な親とはひたすら唾棄すべき存在だ。

 だけど、僕はそうじゃない。自分の生みの親がどんな人たちだったのかはわからないけれど、少なくとも子供を捨てるような両親ではなかったはずだ。

 

 なのに、自分の中のゴブリン性を指摘されてショックを受けるなんて、それでは。

 ……それではまるで、ゴブリンであるこの僕自身が、ゴブリンという種族を見下しているようじゃないか。

 

 

 

 

 

 翌朝、二人は何事もなかったかのようにおはようと言って一日をはじめた。

 そして何事もなかったかのように一日を送り、何事もなかったかのようにおやすみと言った。

 

 前日の夜のことは、どちらも一切話題に出さなかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

 エルフになりたいゴブリンと、ゴブリンになりたいエルフ。

 そして、吸血鬼をやめたい吸血鬼。

 三人の少年少女が抱いている悩みは、実に三者三様だった。

 

 いや、多感な十代の子供たちはきっと、十人いれば十通りの、百人居れば百通りの悩みを抱えているだろう。

 思春期の苦悩とは、星の数よりも多い種族の、その数よりもさらに多様性に満ちているのだ。

 

 ところでここにもう一人、悩みを抱えた少年がいる。

 

 この少年の悩みが他の三人と決定的に違っていたのは、彼の中に自分の種族を恥じたり疑ったりする気持ちが、まったく、一ミリも存在しない点である。

 

 

 

「……坊ちゃん、この種の薬品は、我が社の専門ではありませんので……」

 

 画面と回線の向こうで、白衣の研究員があからさまに難色を示す。

 少年はしかし、顔色一つ変えずに返した。

 

「他社製品の研究はしているのでしょう? ならば、盗用(ぬすみ)なさい。大量生産するわけでもましてや商品化するわけでもないんです、特許(パテント)など無視してしまいなさい」

 

 エルフ寮の自室から少年は――レノックス製薬御曹司のディミトリ・レノックスは、ビデオ通話で繋がった自社研究員にそう命令する。

 口調は柔らかいが、声には強権的な響きがあった。

 命じることに慣れきった話し方。

 

「しかしですね坊ちゃん。こういう薬は……魔獣の誘引剤というのは、所持するだけでも免許が必要なんです。高校生が遊びで持ち歩くようなものではありませんよ」

 

 中年の研究員は、遠回しな説得はやめて直接的に諭した。

 年長者として若者を慮る良心の説得を、ディミトリはいかにも傾聴する態度で聞いて。

 

「ありがとう研究主任。貴重なご意見大変参考になりました。ではそれを踏まえた上での私の意見を申し上げます。

 ――いいから、やれ」

 

 ディミトリは再び命じた。

 最後の部分だけ声からすべての柔らかさを消し去って。

 

 研究主任はわずかに怯んだ様子を見せたあとで、ため息と共に了解を伝えてきた。

 

「最初からそういえばいいのだ。無駄な時間を使わせやがって」

 

 通話を終了させたあとで、少しだけ苛立った声でディミトリは呟いた。

 

「だが、これですべての前準備は整った。育ちの悪さが体臭にまで染みついているような底辺エルフに、身分の違いから生じる覆せない差を見せつけてやる準備は」

 

 エルフの少年は一人呟いて、一人笑う。

 

 ディミトリ・レノックス。自らがエルフであることに悩んだことなどただの一度も無い、エルフ至上主義者。

 そんな彼の目下の悩みとは、部分的にせよエルフとして自分を上回る他者が現れたことで、『一等賞のエルフ』という存在証明(アイデンティティ)が揺るがされていることだった。

 

「いやはや、まいったなぁ! あの娘に思い知らせるついでに、『実戦で魔法を使用したエルフ』という実績(アチーブメント)まで獲得できてしまうなぁ! うふ、うふふふふ!」

 

 ご機嫌のまま、ディミトリはカントリーロックの懐かしの名曲(オールディーズ・ナンバー)『雪よ降らないで』のメロディを鼻歌で口ずさむ。

 

 

 思春期の苦悩とは、実に多様性に満ちたものなのである。

 

 

 

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