エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ   作:東雲佑

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ep12.ライフル銃とファイアーボール

 選民意識と他種族への不理解は、必ずしもイコールで結びつかない。

 それはまったくその通りだが、しかしこの少年の場合、やはりそこには等号が当てはまる。

 

 エルフ至上主義者であるディミトリ・レノックスの内部に、先住種族の文化遺産を敬う気持ちなどは、もちろん一ミリも存在しない。

 それどころか、彼は自分たちの班――この私の率いる班!――の担当者がセントールであることも気に入らなかった(エルフ至上主義者たちが自意識の根拠にしている神話には『人間』という架空の種族が描かれており、同じ人類であってもこの『人間』に姿や特徴が似ている種族ほど高貴であると定められている。『人間』に最も近いのはエルフとドワーフであり、反対に可動肢が二対ではなく三対存在し半身が四足獣であるセントールはかなり『人間離れ』していることになる。言うまでも無いことだが、この価値観は現代においては極めて差別的、甚だしく時代遅れである)。

 それにゴブリンと吸血鬼も、ぶっちゃけこの二人が同じ班で対等な口を利いてくることだけでもディミトリにとっては侮辱だった。

 

 そんな屈辱にまみれながらも、表向きのスマートな態度は一秒も崩さない。

 ナンバーワンのエルフに返り咲く、その一念が彼のすべてを支えていた。

 

 

   ※

 

 

 お姉さんモービルに揺られること一時間余り、駐車場とも呼べない道路脇のスペースで下車して、そこからさらに十分弱の徒歩移動。

 赤茶けた山肌と繁茂する緑がコントラストを成す山道を進んだ先で、それは一同を待っていた。

 

「……おいおいおい、マジかよ」

 

 信じらんねえ。

 感動もあらわにそう口走った相棒に、ウィリアムも無言のまま肯く。

 

「まったく同感だ……これが不人気の穴場だなんて、信じられない」

 

 森と岩肌の隘路の先に忽然と現れた拓けた空間、そこには数百年前のレッドマンの気配が今なお息づいているようだった。

 四体の精霊の像に守られた立派な岩舞台。

 木材と石材を組み合わせた独特な建築様式の建物。

 そしてなにより、どちらに目を向けても必ず視界に入ってくる、カラフルなトーテムポールの数々。

 

「……すごい」

 

 ここまでずっと塞ぎ込んでいたヘミングウェイが、はじめて感動を声と顔に出した。

 そんな同級生の様子に思わずガッツポーズのウィリアム。ふとビアンカを見れば、相棒も彼と同じタイミングでガッツポーズをしていた。

 

 そこからようやく楽しい遠足ははじまった。

 ロデオお姉さんに案内されながら、ゴブリン寮の二人とヘミングウェイはレッドマンの村を見学して回る。

 

「ノン、厳密には村じゃないの。チャクリー族は狩猟と採集(ハント・アンド・ギャザリング)活計(たずき)にしていた部族だから、完全に定住はしないでいくつかのキャンプ地を遊牧的に移動していたの。そうしないと捕食対象の動物はどんどん減って、最後にはいなくなっちゃうから。

 ここはそのキャンプ地の一つで、そこにある建物は冬の間に祈祷師(シャーマン)が暮らす為のもの、通常はテントを張って暮らしていたのよ」

 

 お姉さんはそう教えてくれたあとで、すぐ近くのトーテムポールの前に移動してさらに続けて解説した。

 

「はい、これがテントの支柱に使われた『家柱』です。見て、巣を張って狩りをする蜘蛛が彫刻されてるでしょ? こんな風に、トーテムポールにはそれぞれ違った役割があったのね」

 

 優秀なパークレンジャーのガイドに三人は興味深く耳を傾けた。

 ウィリアムもビアンカも、それにココも。

 

「シャクだけど、認めないわけにいかねえな。こいつはジップラインより上等だ」

 

 ウィリアムは思わず吹き出しそうになった。

 ビアンカの口調はそれほどまでに言行一致したものだった。ディミトリに負けを認めることを彼女は本心から悔しがっていた。

 そこまで嫌っている相手を認めるべき時にはちゃんと認められる。

 ウィリアムのエスコートするシンデレラは、本当に、笑ってしまうほど真っ直ぐな女の子なのだ。

 

 さて、そのディミトリだが。

 彼はいま、他の面々とは別行動を取っている。

 

「……レッドマンへの敬意とか精霊に祈るとか、本気で言ってたんだな、あいつ」

 

 悔しい口調から一転、今度は反省する口調で言って、ビアンカは離れた場所にいるディミトリに視線を向けた。C班リーダーの彼はいましも、村跡(むらあと)の中央にある石舞台で祈りを捧げている。

 ただ祈るだけでなく、持参したお香を焚いて。

 

「あんなお祈りグッズまで自前で用意してるあたり、我らがリーダーの本気(マジ)は正真正銘だな。あーあ、なんか自分に対して『やれやれ』って気分だぜ」

「まぁまぁ、自らの非を真っ向から受け止められるのは君の美徳だよ。それよりほら、お姉さんとヘミングウェイが待ってるよ」

 

 祈りの儀式に集中するリーダーはそっとしておいて、C班の面々は村跡の見学を続行する。

 一人称が『お姉さん』なロデオお姉さん(担当する来園者が年上だった場合の一人称はどうなるのだろう? とウィリアムは気になった。そしてその時、お姉さんモービルはなにモービルになるのだろう?)にくっついてあちこちを回って、素人目には同じに見えるトーテムポールの意味と役割を教えてもらう。

 

 村の中と外とを隔てる領域の柱。

 獲物として狩った動物の精霊(マニトゥ)に休んでもらう為の柱(頭蓋骨を引っかける為の出っ張りがあった)。

 墓の目印の柱とその下から出土したという棺桶、この棺桶もまたトーテムポールになっていた。

 喧嘩に使う侮辱の柱なんてものまであった。

 

 こうした説明とそれに添えられる補足や余談の数々に、ゴブリンとエルフと吸血鬼はいちいち感心し、驚き、しばしばそれぞれの温度で笑った。

 ウィリアムとビアンカだけでなく、遠慮がちにではあるがココも一緒になって。

 

 そのようにして楽しい時間は過ぎていく。

 

 その一方で、時間の経過と共に立ちこめていく、煙と匂い。

 

「……なぁ、祈るのはいいけどあいつ、ちょっと焚きすぎなんじゃねえか?」

「……う、うん」

 

 ビアンカの指摘にウィリアムも肯く。

 ディミトリが焚いているのは円錐状に成形されたコーン型焚香(コーン・インセンス)なのだが、焚かれている数が尋常ではなかった。

 もくもくと煙を吐き出し匂いをまき散らすそれが、遠目から見て取れる限りでも十基以上。

 充満した白煙と香気は谷風によって上昇し拡散されているが、それでもまだ目鼻につんと来るほどだ。

 

「うーん、若い人が熱心に祈りを捧げてくれるのはレンジャー冥利に尽きるんだけど、こんなには焚かなくてもという気はするわよね。まぁ火の取り扱いには注意してくれてるみたいだし、ただのお香なら環境にも問題はないからいいけど……」

 

「――ちがう」

 

 その時、交わされる会話を黙って聞いていた一人が、強めの口調で言った。

 

「ん? ココ、どした?」

「……えと、その……」

 

 ビアンカに問い返されたココは、ちょっとだけ口ごもりながら。

 

「……あのお香、たぶん、普通のお香じゃないと思う……」

「え?」

「……そう言ってるみたいなの、わたしの使い魔が……」

 

 ココがそう言った、その時であった。

 周囲の森で、ぎゃっと一斉に鳥たちが鳴き喚いたのだ。

 鳥たちは狂乱めいて喚き交わすと、木々から、森から、我先を争うように飛び立った。

 

「お姉さん、ミズ・ロデオ。これはいったい、なにが――」

 

 なにが起きているのですか? と。

 そう問おうとしたウィリアムの言葉を、今度は唸り声と吠え声が遮った。

 

「この声は……いけない! みんなたち、お姉さんの周りに集まって!」

 

 ロデオお姉さんが切迫した声をあげた直後、森とは反対側、川と山道の方向から走ってきたのは、四頭からなるコヨーテの群れであった。

 

 お姉さんが威嚇用のホイッスルを吹き鳴らすが、コヨーテたちは止まらない。

 止まらず、真っ直ぐこちらに向かって駆けてくる。

 

「ううう……お姉さん実はほとんど撃ったことないんだけどなぁ……!」

 

 情けない声と共にライフルを構えたお姉さんは、自信なさげであったにもかかわらず向かい来る四頭のうちの一頭に見事弾丸を命中させた。

 甲高い銃声と目の当たりにした仲間の被害に怯んで、二頭のコヨーテが散り散りに森へと逃げ込む。

 

 だが、最後の一頭は。

 

「ちょっと、ウソでしょ勘弁してよ……!」

 

 お姉さんが慌てて再装填する、その隙にもコヨーテとの距離はどんどん縮まる。

 

 古エルフ語の詠唱が聞こえたのは、まさにその時だった。

 

「……これは」

 

 この場でただ一人、ゴブリンの少年だけが気づいた。

 それが炎の呪文であることに。

 

「……ディミトリ?」

 

 後方から飛来した火球が、最後のコヨーテの鼻面を焼いた。

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