エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ   作:東雲佑

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ep3.黒い羊は白くならない

 州内で初雪が観測されたのは遠足の十一日後のことだった。

 それは十二月第一週で、さらにその翌週には国立公園を含むキャシディ山脈のほぼ全域が雪化粧に覆われた。

 

 冬の季節(ウィンターシーズン)は今年もカレンダー通りにやってきた。

 ニューヤンクの冬は。

 

 冬休みが近づく頃には、例のヒーロー騒ぎもだいぶ下火になっていた。

 ビアンカが予言した通り、急速に距離を縮めようとしてきた者から順番に熱が冷めたようだった(例の三人組は彼女に対するそれまで以上の敵意という別の熱を得たようだったが)。

 

 ただし、すべてが元通りというわけではない。

 ゴブリン寮の二人はココという掛け替えのない友人を手に入れたし、ヒーロー熱に浮かされたのではなく冷静にビアンカを見直してくれた者だっているはずだった。

 その変化は一過性のものでは、けしてない。

 

 それにもちろん、ワイバーン騒動とはまったく無関係な場所で発生して発展した変化もある。

 バスケ部員たちは親しみと尊敬を込めて『長距離砲(キャノン)』とビアンカを呼ぶようになっていたし、手作りお菓子の相談をそっと持ち込む恋する女子もいた。

 急に距離を詰めてきた女子グループに恐怖を感じたドラゴニュートの女子はなぜかビアンカに保護を求め、いつの間にか彼女を『BBちゃん』と呼んで慕うようになっていた。

 

 黒い羊は白くなる。着実に黒さを手放して、白い羊たちに受け入れられていく。

 

 とりわけ印象的な出来事は、そんな平和な日々の中で起こった。

 

 ある日の放課後、ココとの談笑の中でビアンカが繰り出したジェスチャーは、近くを通りかかった無関係なクラスメイトにぶつかってあわや彼を転倒させかけた。

 教室の床に散らばったプリントや文房具を拾い集めながら、ビアンカは迷惑を掛けてしまったエルフの男子生徒に対して誠心誠意、しかしスラング混じりに謝った。

 

「すまねえ、あたしとしたことがとんだ失態(ファンブル)だ。ごめんしてくれ」

「……ファンブル? バルボア女史、もしかして君、やるのかい?」

 

 は? なにをだよ?

 ビアンカがそう問い返すと、エルフ男子は手渡されたペンケースの中から三種類のサイコロを取りだした。取り出して、期待を込めて彼女に見せた。

 これはまったく偶然のことだったが、いましもビアンカが用いた地元言葉は、この同級生が秘かに打ち込んでいる趣味の用語でもあったのだ。

 誤解が解けるに及んで眼鏡のエルフ男子はがっかりした様子を見せた。彼はそのニッチな趣味を共有できる同志を探していたらしい。ビアンカは持ち前のストレートさでそれを聞き出した。

 

「ふうん。なぁメガネくん、だったら気が合いそうなヤツを紹介してやれるぞ」

 

 翌日、ビアンカがエルフのクラスメイトを引き合わせたのは、例のオタクホビットの二人組だった(あの『無理無理無理のかたつむり』の真似っこ元だ)。

 

 お互いに『お仲間』の臭いを嗅ぎ取ってはいながらも種族の壁を意識するあまり声掛け合えずにいたエルフとホビットたちは、たちまちのうちに意気投合した。

 ひとしきり同好の話題で盛り上がった後で、彼らは自分たちが同好会結成に必要な最低人数三人をクリアしていることに気づき、次の日には申請用紙を学校に提出した。

 彼らの活動は傍目にはカルト宗教の儀式を思わせるものだったが、ダイスが彫像(スタチュー)の命運を占う卓上には種族を越えた友情の笑顔があった。

 

 それをもたらしたのは、以前は不穏分子でしかなかったウィリアムのシンデレラ。

 黒い羊は白くなって、白い羊同士の仲をも取り持ったのだ。

 

「ちょっとウィル、なに言ってるのよ」

 

 羊のたとえ話を持ち出して感動するウィリアムに、呆れたようにココが言う。

 

「まったく、あなたってば、全然わかってないんですけど」

「……はて?」

「黒い羊はね、白くなんてなってないの。いい? 彼女は黒いまま、黒い羊のままで白い羊の仲間になったの。誰かにおもねって自分のカラーを変えたりしないで、自然体のままで誰かに好かれて認められる。

 だからビッキーはかっこいいんじゃない?」

 

 離れた場所でドラゴニュートと話しているビアンカを見ながらココは言って、そのあとで「しっかりしてよねエスコート係」とウィリアムに笑いかけた。

 

 確かにその通りだ、ウィリアムは深々と納得する。

 目から鱗が落ちる思いに打たれながら、しかしゴブリンの少年を満たしていたのは相棒への不理解を恥じる気持ちではなく、相棒が最高の理解者を得たのだという事実への喜びだった。

 

 ――すべてが元通りではない。ビアンカと僕は日々、紙の月以上のなにかを。

 

「……ん?」

 

 ウィリアムの目が彼の存在を捉えたのは、そのときだった。

 ディミトリ・レノックス。一年A組の学級委員長にして遠足C班の自称リーダー。

 

 魔法でコヨーテを撃退した彼の活躍は、あまり話題にならなかった。

 しかし、その見過ごされている功績をディミトリが自分から主張することも、またなかった。

 

 遠足から帰ったあと、彼は以前とは打って変わって口数が少なくなっている。

 

「……ディミトリ?」

 

 そのディミトリの視線が、今、真っ直ぐビアンカへと向けられている。

 

 

   ※

 

 

 ディミトリはワイバーン騒動における『ヒーローの一人』ではなく『元凶』なのだという事実を、ウィリアムは知らない。

 大手製薬会社の御曹司である彼が特別に作らせて焚いた誘引香がワイバーンを呼び寄せたのだという真実を、知らない。

 

 自分という存在に迷いを抱いたことなど一度もなさそうなディミトリが、実は今まさに強烈なコンプレックスに身悶えしていることも。

 そのコンプレックスの発生源が、他でもないビアンカ・バルボアなのだということも。

 

 そして、その相棒に対して向けられたディミトリの視線にあるのが、いったいどのような感情なのかも――ウィリアム・ハートフィールドには知るよしもなかった。

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  • ウィリアム
  • ビアンカ
  • ココ
  • ディミトリ
  • その他
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