エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ   作:東雲佑

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ep8.二人のゴブリン・ケイブ

 朝家を出る前に見たウェザーニュースは『今日は市内でも夕方から雪が降るでしょう』と予報していた。

 それを証明するように、見上げる空はすでに灰色の雲で覆われていた。

 

「ほら、これ持って行ってらっしゃい」

 

 大きめの傘を一本押しつけて、ネコマタのお姉さんがウィリアムに行った。

 

「は、はぁ……あの、行くって、どこへ?」

「そんなのどこだっていいわよ。とにかく、ここじゃないところだわね」

 

 お姉さんはじれったそうに言ったあとで、わざとらしく声をひそめて続けた。

 

「ゴブくん、ウィリアムくん、頑張ってね! 男は度胸、だよ!」

「え、あ、は? ちょっと待って、それどういう――」

「さぁ、キッズたちはミケ姉ちゃんとビデオ借りにいこうね!」

 

 ウィリアムの質問には答えずに、お姉さんは子供たちを連れて行ってしまった。

 やれやれと肩をすくめてから、ウィリアムは相棒に視線を向けた。

 

 ビアンカは履き古したブーツのつま先で地面を小突いていた。なんだか妙に気恥ずかしそうに。

 そうしながら、エルフの少女はゴブリンの少年をチラチラと見る。

 

 相棒のその仕草が、ウィリアムの胸にまたも火事を起こしかける。

 

 とにかくそのようにして、紳士とシンデレラは行き先も決めずに歩きはじめた。

 

「え、えっとさ」

 

 歩き出してから少しして、ビアンカが言った。

 

「そ、そうだ! クリスマスカード、あんたにも届いたか?」

「え? あ、ああ! うん、届いた届いた」

 

 ビアンカがいっているのはココからのクリスマスカードのことだ。

 帰郷後に地元から送ってくれたのだろう、クリスマスから三日遅れで到着したカードにはゴシック・トーンの家々が映されたタウンフォトが印刷されていた。

 

 そのままスクリーンセーバーにでも使えそうな風景写真の隅っこには、友人からの短いメッセージが添えられていた。

 その文言はこうであった。

 

「「吸血鬼なんて最悪(デッドアス)!」」

 

 二人はまったく同じタイミングで言って、同じタイミングで笑った。

 

 変な風に強ばっていた二人の間の空気が、それで完全にほぐれた。

 

「なぁ、元気してたか?」

 

 数ヶ月、あるいは数年ぶりの近況を尋ねるような口調でビアンカが言った。

 たった一週間なのに大げさなと、ウィリアムはそう茶化すことができない。

 なぜなら彼にとってもまた、この一週間は数ヶ月であり数年であったからだ。

 

「うん。なかなか充実した日々を過ごしてるよ」

「らしいな。その格好見りゃなんとなくわかるよ」

「あ、いや、はは……」

 

 自分がまだセレモニー用のフォーマルを着たままだったことに気づいて、ウィリアムが誤魔化し笑いをする。

 

「そういう君の方はどうなんだい?」

「こっちもおんなじさ。平凡で忙しくて充実した毎日、ゴブリンらしくな」

 

 そっか、とウィリアムが言い、そうとも、とビアンカが応じる。

 

 相棒と並んでストリートを歩きながら、ウィリアムは彼女の空っぽの右手を意識せずにはいられなかった。

 その手を僕の空っぽの左手で握れたなら、それはどんなにか素敵なことだろうと、そう思わずにはいられなかった。

 

 そして、そんな自分の非紳士的に破廉恥な考えに抗う為に、右手で持っていた傘を左手に持ち替えた。

 やれやれ、本当に、僕はどうしてしまったんだろう?

 

 二人はお互いの冬休みがどのように忙しくどのように充実しているか、その具体的なエピソードを披露しあった。

 クリスマスにグレムリンが出て停電騒ぎになったとビアンカが話し、今年は大量発生してるらしいからねとウィリアムがコメントする。

 トランプルタワーには本当に金ピカのトイレがあるのかと、ビアンカが真剣な関心を示す。

 

「昨日は弟妹を映画に連れてったんだ」

「あ、その映画、おととい僕も母の付き添いで観に行ったよ」

「子供向けのアニメだぞ? ……あんたの母ちゃん、キュートな趣味してんだな」

 

 そうして二人、また声をあげて笑う。

 離れていた間の相棒の日常をウィリアムは垣間見た。

 釣りに出かける父親のためにランチボックスを用意し、弟が理科研究展示会(サイエンスフェア)に出展するマンドラゴラを鍋で茹でて、知り合いの猟師からお裾分けされたグリフォン肉の調理に頭を悩ませる、そんな日々。

 妹のベッドの下にお化けが隠れていないか確認してあげるのは毎日の日課だ。

 

 ビアンカには自分の時間があるのだろうかと、ウィリアムはふと思う。

 しかし、心に生じた疑問に対する答えは、彼自身の内側からもたらされた。

 

 もしそれについて質問したならば、ビアンカはきっとこう答えるだろう。

 こいつがあたしの時間だ、と。

 エスコート係としてビアンカの面倒を見ているウィリアムが、その時間を掛け替えのない『自分の為の時間』であると感じているのと同じように。

 

 冬休みが明けるのが、ひどく待ち遠しかった。

 

「……はやく新学期にならないかな」

「ん?」

 

 心の中身を、思わず声にして呟いていた。

 

「あ、いや、その……」

 

 ビアンカの視線を真っ向から受け止めたウィリアムは、どうにか誤魔化そうとして、しかしすぐに観念して言った。

 

「その……おかしいよね、早く冬休みが終わればいいなんて」

 

 ばつの悪い顔をするウィリアムに、ビアンカは首を横に振って。

 

「別におかしかねえさ。知ってるか? ゴブリンってのはさ、自分の巣穴でだらだらしてる時が一番幸せなんだ。つまりあのゴブリン寮はもうほとんど、あんたの……いや、あたしたちの居場所になっちまってるってことだ」

 

 ビアンカは柔らかく満ち足りた目をウィリアムに向けて、続けた。

 

「うん、早く帰りたいな。あたしらのゴブリンの巣穴(ゴブリン・ケイブ)にさ」

 

 それから、雪がちらつきはじめた。ビアンカが先にそのことに気づいた。

 ウィリアムが傘を開く。彼の身長は同年齢のゴブリンの平均よりは高かったが、しかしエルフのビアンカには負けていた。

 それでも彼は自分で傘を持った。

 

 ゴブリンの少年とエルフの少女は一つの傘に収まった。

 あたりでは多くの人々が友人、同僚同士で同じようにしているが、二人の傘にはそれ以上の意味があった。

 

 バス停までの道行きの中での話題は専ら学校や友達のことだった。

 新学期すぐに予定されているミュージアム見学について話し、きっと自分たちと同じかそれ以上に新学期を心待ちにしているココのことを話した。

 冬休み中に合宿をすると言っていた三人組について、引きこもり生活を満喫しているはずのリンドバーグについて、それからティーチ先生について話した。

 

「そういえば、冬休み前の最後の日、ティーチ先生に言われたんだ」

「ん、なにを?」

「現状で『名誉紳士』に一番相応しいのは僕だと思ってる、ってさ」

 

 ウィリアムはとっておきの打ち明け話をするように切り出した。

 

「もちろん、まだ入学から五ヶ月しか経ってないし、『名誉紳士』の授章者が選ばれるまではまるまる二年半もあるから、先のことは全然わからないけど」

 

 同じ日に自惚れの欠如を指摘された少年は、柄にもなく得意げな口調だった。

 この相棒になら多少イイ気になったところを見せても構わないと、そう思っていた。

 

「へぇ! やったじゃねえか!」

 

 ビアンカは言った。可能な限り本心から言っている風を装って。

 本当の心は、そこにある動揺は、絶対に悟らせないよう努めて。

 

「緩みきった顔しやがって。そんなに嬉しいのか?」

「うん、すごく嬉しい」

 

 ウィリアムは素直に言って、続けた。

 

「『名誉紳士』は子供の頃からの夢だったんだ。それが、一時的なものかもしれないけど、はじめて夢じゃない距離に接近して……それで、あらためて気づいたんだ」

「なにに?」

「『名誉紳士』を目指すことが、これまで僕という人間を形作ってきたんだって。だからそれは、僕にとっては単なる情熱対象以上のものなんだ」

「……そっか」

 

 エルフの少女は言った。

 ゴブリンの少年を真っ直ぐ見つめられないまま。

 

 二人の間に、ほんの少しだけ沈黙が訪れた。

 そのあとでビアンカは言った。

 

「なぁウィル」

「うん?」

「あたし、あの旦那のこと、けっこう好きだぜ」

「ティーチ先生のこと? うん、僕も好きだよ」

 

 君は彼のどういうところが好きなの? とウィリアムは聞いた。

 ビアンカは、少しだけ考えてから。

 

「あんたがあの先生を好きだから」

「僕が?」

「うん。それから」

「それから?」

「あんたをあの先生が好きだから」

 

 それから、相棒になにか聞かれるよりも先に、ビアンカは言った。

 

 

「やったなウィル! もしも夢が叶ったら、それってサイコーだな!」

 

 

 屈託なく言ったビアンカに、ウィリアムも照れたようにありがとうと返した。

 彼女の演技は大した物だった。あまりにも完璧に屈託がなさ過ぎて、シンデレラのことを知り尽くしたエスコート係すらその違和感に気づかなかった。

 

 彼女が『最高(サンダーバード)』と言わなかった違和感に。

 

 

   ※

 

 

 バス停での別れ際、ビアンカはウィリアムに言った。

 

「『名誉紳士』、あんたなら絶対なれるよ。……絶対なれよな!」

 

 ウィリアムはやはり照れたように笑って、もちろんと頷いた。

 そして扉が閉まる。そしてバスが動き出す。

 ビアンカは相棒の乗ったバスが車列の向こうに消えるのを見届けて――そこで、糸が切れるようにして限界を迎えた。

 

 雑貨屋のショーウインドウにもたれかかって、彼女は声を出さずに泣いた。

 やがて雑貨屋の主人が出てきて、大丈夫かい? と声を掛けてくれた。

 ビアンカは大丈夫ですありがとうと返事をして、それから、よかったら電話を貸してもらえませんかと頼んだ。

 

 グリーンバーグ教頭に連絡するつもりだった。

 愛するゴブリンの巣穴(ゴブリン・ケイブ)に、さよならを告げるために。

 

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